ブックマーク / note.mu (3)

  • ジェンダーヤクザがジェンダー学に絶望した話|八谷リナ|note

    ※配慮に欠ける表現があったので、少し修正しました。ちなみにジェンダーヤクザという言葉は、ここでは「性差別に敏感な人」という意味で使っています。 ジェンダーヤクザだった過去 いきなりですが、私はずっとジェンダーヤクザだった。 小学生の時に男子にいじめられ、母親に相談した。母は「女の子をいじめるなんて!」と憤慨し、私はそんな母にムカついた。いじめは男子でも女子でも最悪なことなのに、なんでそんなこと言うのかと。それがヤクザの始まりだったと思う。 中学時代は周囲の女子が唱える「男はさっぱり、女はドロドロしている」という偏見にイライラしていた。私の知っている男子は陰口大好きだったから。高校でもそういう女子に囲まれ、親戚の女性たちも口々に唱える。当に嫌だった。 さらに偏った性教育は「女は被害者で男は加害者だ」と刷り込んだ。何もかもが最悪だった。ジェンダーヤクザの青春はめちゃくちゃだ。 思春期のストレ

    ジェンダーヤクザがジェンダー学に絶望した話|八谷リナ|note
    linker_b
    linker_b 2019/11/01
    本当に大学でそんなインチキくさいものを学問として提供しているのかなぁ。ろくに勉強しないまま悪意の部分だけピックアップして全体がクソって言ってる可能性。
  • 鍵括弧問題の自分の責任と自己批判について|鏡裕之|note

    「責任」とは、今回の問題について、自分がどういう過失を行い、どういう原因が自分にあったか、ということです。それをここで、きっちり自己批判しておく必要があると考えています。  今回の鍵括弧の重書きの件については、以下3つが一番の原因だったと思っています。 1.シナリオ講座を開催していることや、『鏡裕之のゲームシナリオバイブル』を書いていることなどから、ハウツーについてツイートする時には、「シナリオ講座の教室」という「場」で「先生」として受講生に話しかけるモードになっていた。 だが、そのような「場」は非常に特殊な場であり、フォロワー以外には共有されていない場である。まとめサイトに掲載されたことでさらに、その特殊な場は切断された。だが、自分が前提にしている「場」が、特殊であり、フォロワー以外には共有されておらず、まとめサイトでも共有されていないことに、自分は気づいていなかった。「~するのがプロ」

    鍵括弧問題の自分の責任と自己批判について|鏡裕之|note
    linker_b
    linker_b 2014/07/09
    もうひとつ、自分の考えを手短に的確に伝えられる文章力を付けるべきだと思う。意見は小説じゃないんだから余計な修飾が多いと話がそれる。この場合も「志望者はあまりやらない方がいいと思う。」より後は余計。
  • 鍵括弧の重ね書きについて|鏡裕之|note

    あまりにも話題になっていて、ぼくに直接コメントをしてくる子たちが多いので(毎日毎日、そういう子たちがいる)、ここで改めて書いておこうと思う。ぼくが問題にしていた(つまり、志望者に対して注意を喚起しようとしていた)のは、鍵括弧を重ねて複数の人が同じ台詞を表現する手法である。  たとえば3人が同時に同じ台詞を言ったことを表現しようとして、「「「えっ!」」」とカギ括弧の力(記号のヴィジュアル的力)を借りて表現する。  非常にヴィジュアル的な要素の強い表現(ヴィジュアル的な助けを借りた表現)である。アルファベット言語の人から見ると、日語はピクチャーに見える。つまり、ヴィジュアル的である(ぼくが日語で文章を書いている時も、「どれくらい空間を開けて……」とヴィジュアル的な計算を働かせている。対して、英語を書いている時には、そういう計算はしていない)。さらに、ラノベはアニメ・まんが的な要素を持ってい

    鍵括弧の重ね書きについて|鏡裕之|note
    linker_b
    linker_b 2014/07/07
    意図はどうであれ、乞われてもいない精神論的プロの心得の中に説教の臭いと自己肯定感が見え隠れした事に反感が出たと思うので、意図を力説しても意味はないのにまだ繰り返すと、分かってないのはどっちだ?と思う
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