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短歌に関するluvlifeのブックマーク (7)

  • 薫らない - ウタ日記

    冷気刺す罪深き空目の前に鉄の扉(と)降りるがごとし綿吹雪 薄皮を剥がすがごとく落ち着きを手に入れられたのは泥の涙より 膨らみし蕾ようやく開けども薫る隙さえ与えぬ雪よ

    薫らない - ウタ日記
  • 『胞子文学名作選』について

    2019年12月(2) 2019年10月(2) 2019年07月(1) 2019年05月(1) 2019年04月(1) 2019年02月(1) 2019年01月(1) 2018年10月(1) 2018年09月(1) 2018年08月(1) 2018年07月(1) 2018年04月(1) 2018年03月(1) 2018年01月(3) 2017年12月(1) 2017年11月(8) 2017年09月(3) 2017年08月(4) 2017年06月(2) 2017年03月(1) 2017年02月(1) 2017年01月(2) 2016年12月(2) 2016年11月(1) 2016年09月(1) 2016年08月(1) 2016年07月(1) 2016年05月(1) 2016年04月(1) 2016年03月(2) 2016年02月(1) 2016年01月(1) 2015年12月(1) 2015

    『胞子文学名作選』について
    luvlife
    luvlife 2013/11/12
    読んでみたい。
  • 野村望東尼 - Wikipedia

    野村望東尼像 平尾山荘 野村 望東尼(のむら もとに[1]、ぼうとうに[2][3])、文化3年9月6日(1806年10月17日) - 慶応3年11月6日(1867年12月1日))は、幕末の女流歌人・勤王家。贈正五位。 生涯[編集] 文化3年(1806年)9月6日、筑前国御厩後(現福岡県福岡市中央区赤坂)に生まれる。福岡藩士・浦野重右衛門勝幸の三女で、幼名は"モト"[2][3]。幼少時より二川相近[4]に和歌や書道を学んだとされる[2]。 文政元年(1818年)、13歳の時に林五左衛門家に行儀見習いとして仕え、学門や裁縫手芸など多芸な趣味を覚える。 文政5年(1822年)、17歳の頃に20歳年上の福岡藩士郡甚右衛門に嫁ぐものの半年ほどで離縁、生家に戻って和歌・書道などに加えて尊皇思想を学んだ[2]。 文政12年(1829年)、24歳で二川塾同門の福岡藩士・野村新三郎貞貫と再婚[2]。野村も再

    野村望東尼 - Wikipedia
    luvlife
    luvlife 2013/11/10
    高杉晋作の「おもしろきこともなき世におもしろく」に「すみなすものは心なりけり」の下の句をつけた人。
  • 穂村弘インタビュー

    Q:穂村さんが『短歌という爆弾』(短爆)を書いてみて、いろんな人、歌壇の人や一般の人の反響があったと思うのですが、書いてみて感じたことをお聞かせください。 穂村:僕は、だいたい書いたものを読んでもらえば分かると思うけど、コントロールのきかないタイプなんです。歌もそうだし、文章も、どこにどういくか自分でも分からない。特に見通しのないまま書けるものを書いていったんだよね。一番最初は、後半の、すごく短歌についてねちねち書いているところがあるでしょ。あそこだけをずっと書いていて、難解なものになっていましたね。一気に書いたらそうなってしまって。でもやっぱりなるべくたくさんの人に読んでほしいっていう気持ちがあるのと。あとは、多少まとまりが悪くなってもいいから、自分のいろいろな要素というか、キャラクターを全部とにかくだそうと、それで入門書の形にしたわけです。 やっぱり核になっている短歌について書いている

  • 作家の読書道:第83回 穂村弘さん | WEB本の雑誌

    第83回:穂村 弘さん (ほむら・ひろし) チャーミングな口語短歌、トホホ&ニヤリな散文で人気を博している穂村弘さん。あの作風は、どんな読書体験から生まれてきたのでしょう。思春期の膨大な読書歴の背景には、実はとてつもなく切実な思いが託されていました。世界に対する思い、作品に対する思い。たっぷりと語ってくださいました。 (プロフィール) 1962年北海道生まれ。歌人。1990年に歌集『シンジケート』(沖積舎)でデビュー。2008年、『楽しい一日』で第44回短歌研究賞、『短歌の友人』(河出書房新社)で第19回伊藤整文学賞(評論部門)を受賞。また石井陽子とのコラボレーション『It's fire,you can touch it』(「火よ、さわれるの」)でアルスエレクトロニカ・インタラクティブアート部門honorary mention入選。短歌のみならず、近年はエッセイなどの散文でも幅広い人気を集

  • 春雨庵だまされることのしあわせ/穂村弘「現実入門」を中心に

    穂村弘「現実入門」 光文社 (2005) お風呂で「あははは」と声を出して 乗り換えのホームで肩をふるわせて とりあえず笑いながら読みました このの帯を読んで、そういえばあったなー、と思い出したのですが 数年前、mixiで流行った、 さまざまな項目が羅列され、それを体験済みかどうかで◯×をつけていく 「経験値リスト」のバトン。 あれは、ほむらさんのエッセイがもとになっているのだそうです。しらなんだ。 執筆当時42歳、独身、実家住まい。 会社員を続けながら広く執筆活動する中で 自分が著しく「現実が怖い」「経験値が低い」と自覚していたほむらさんが 美人編集者・サクマさんの導きで一念発起、 いい大人であれば大半の人が当たり前に経験済みの諸々に 1つずつチャレンジしていった模様をつづった抱腹絶倒エッセイ のふりをした、 です。 体験レポートの体裁をとってはいますが 巧妙にフィクションが混入され

  • 怒り - ウタ日記

    ふと声に出す誰かの名 意味のない音の羅列に 顔も浮かばず 短歌をブログに載せるなら、文はおちゃらけるな〜かあ・・・ 私は、作家の円上塔の作品が好きだけど、読んでるとまったく読者をあざ笑うかのような挑戦的な遊技をしているようにしか思えないんだけれど。それを、不快な人が多いらしい、「純」文学を舐めるなということか。伊藤計劃を引き継いだ「屍者の帝国」なんか、読んでて笑っちゃうようなパロディの連続で、恐らく私には理解出来ていない部分も膨大なパロディで、「小説」というかたちをもってどれだけ人を怒らせることができるかの、壮大な実験のようだった。 短歌も純文学のような死に体のようなジャンルになって、詠んでいる人のマスターベーションみたいになってる気がして、やっぱりそんな頑迷なのは不自由で、発展性がないと思う。どんなジャンルの創作も、プロダクトも、裾野が広がって初めて高みへも進むのだと思うから。そして裾

    怒り - ウタ日記
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