はじめに 「沖縄は本土のためにある」。 安倍政権の幹部たちの腹の底を覗いてみれば、きっと潜んでいるに違いないこの言葉。これは、岡本喜八監督が映画『激動の昭和史 沖縄決戦』(1971年)のなかで、大本営参謀・宮崎周一中将に言わしめた言葉である。沖縄は沖縄のためにあるのではなく、本土のためにある――この意識こそ、明治初めの「琉球処分」から沖縄戦、米国施政権下への沖縄の切り捨て、そして沖縄返還から今日に至る基地の押しつけまで、近代日本を貫く沖縄に対する植民地主義的態度、沖縄差別を凝縮したものと私には感じられる。 沖縄のあらゆる抵抗を力で押し潰しても、辺野古の新基地建設、高江のヘリパッド建設を強行する安倍政権の行き方には、この態度がこれ以上なく露骨に表われている。そもそも、面積・人口とも全国の1%前後に過ぎない沖縄県に在日米軍専用施設の約70%が集中する現状そのものが「構造的沖縄差別」の最たるもの