4月下旬、岩手県の三陸海岸被災地を数日かけて訪ねた。 驚いた。ついにその時が来た。この地域全体がうなりをあげてまちづくり土木工事まっさかりである。こんな広域の国土改造は久しく見たことがない。 復興構想会議議長であった私が、「率直に言って遅すぎる」と時の総理に申し上げたのは、大震災の起こった2011年の秋であった。政変に2、3カ月を空費し、被災地が冬を迎える前に槌(つち)音高く再建を始めることは不可能になったとの抗議である。問題は避難所から仮設住宅への移行であり、がれき処理であった。一体いつになれば、本格的なまちの再建が始まるのか。 遠かった春の到来 津波に流された元の地は危険地域に指定され、住居とまちを動かさねばならない。1軒の家に地権者が100人以上いることもある。適当な高台の地は容易に得られない。2年間が原則の仮設住宅暮らしが、その2倍、3倍になりかねない。気が遠くなりそうな気分にとら

