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2022年8月9日のブックマーク (7件)

  • 農協月へ行く (角川文庫) | ダ・ヴィンチWeb

    催涙雨 「人類はみな平等。愛。性善説(中略)こういうものはみんな嘘であり〜」この理屈自体は理解できるしブラックユーモアも嫌いではないのだが、なんだろう、単に胸糞の悪くなる話を下ネタと混ぜたようなものはあえて読みたいと思うほど好きではないみたいだ。表題作や「信仰性遅感症」は有り体に言って嫌いだった。綺麗事をぶっ壊そうとする姿勢そのものにはいくらか共感を呼ぶものもあるのだが、あまりに対極的すぎると綺麗事と同じくらいわざとらしい代物になるよなあ、と思ってしまう。「経理課長の放送」と「自殺悲願」はわりと好きな作品。 2019/06/06 おいしゃん パロディ短編集。どれもドタバタ劇ながら、場面が全く違うので、色んな味わいを楽しめる。久しぶりの筒井作品だったが、他のも読みたい。 2018/05/21 NADIA うーん、久々の昭和のパワーに圧倒された(^^;; この頃の世界から見た日のイメージは今

    農協月へ行く (角川文庫) | ダ・ヴィンチWeb
    mayumiura
    mayumiura 2022/08/09
    筒井康隆の傑作短編集『農協月を行く』でゲラゲラ笑い転げてる夜。1979年初版ながら、月面旅行・異星人とのファーストコンタクト・炭酸ガス過排出による地球沈没…と今読むとリアルな予言SF。2017年復刊も納得。
  • カズオ・イシグロ × 大江健三郎 対談レポート ~前篇~ - Ranun’s Library

    カズオ・イシグロのインタビュー集成 ”Conversations with Kazuo Ishiguro ”(2008 )を読みましたが、中でも唯一の日人、大江健三郎との対談が極めて圧巻だったので、拙訳ですが紹介したいと思います。 といっても、対談が行われたのは1989年、今から32年も前のことです。 大江健三郎54才、カズオ・イシグロ35才。 各々がノーベル文学賞を受賞する前ですから、そう考えると、かなり刺激的ではないでしょうか。 お二人の思い描く未来が、過去になっているという、 まさに今『バック・トゥー・ザ・フューチャー』(1985, SF映画 ) を見ているような、不思議な感覚になります。 まずはそれぞれの作家について簡単に紹介してから、題に入ります。 (1989年当時) 大江健三郎(日小説家) 1935年、愛媛県生まれ。 東京大学で仏文学を学ぶ。独特の文体と想像力が評価され

    カズオ・イシグロ × 大江健三郎 対談レポート ~前篇~ - Ranun’s Library
    mayumiura
    mayumiura 2022/08/09
    “対談が行われたのは1989年”
  • バルサミコ酢と手羽元で!バルサミコチキンのレシピ [簡単スピード料理] All About

    バルサミコ酢と手羽元で!バルサミコチキンのレシピ今回ご紹介するのはバルサミコチキンの人気レシピ。バルサミコ酢はお好み&手持ちの酢にかえて、鶏手羽元は鶏もも肉やレッグ(骨付きもも肉)、手羽先としてもオッケーです。酢の種類、使用部位で雰囲気をかえて、何度でも楽しんでくださいね!

    バルサミコ酢と手羽元で!バルサミコチキンのレシピ [簡単スピード料理] All About
    mayumiura
    mayumiura 2022/08/09
    今日の夕食♪(鶏の日)密封性が高くて湯気が漏れないストウブで、ほとんど蒸し焼き。暑い日は助かる〜!
  • オーブントースターで簡単!ししとうの焼きびたし レシピ・作り方 by gahirusan|楽天レシピ

    mayumiura
    mayumiura 2022/08/09
    今日のおかず♪
  • 【休学する東大生】1年休学して漁村の町おこしに従事(朝日新聞EduA) - Yahoo!ニュース

    休学する東大生が急増しています。東大が保存している2009年以降のデータでは、学部生の休学者は年を追って増え、2022年の休学者(5月1日現在)は09年に比べて85%も増えていることがわかりました。なぜでしょうか。東大生に聞くと、「休学して自分のやりたいことをする人が増えている」と言います。かつては4年でストレートに卒業して、官僚や有名企業を目指した東大生の意識が大きく変化していることがわかります。 東大大学院農学生命科学研究科修士課程1年の岩永淳志さん(23)は、経済学部3年だった2019年8月から1年2カ月休学し、和歌山県の漁村にあるゲストハウスに住み込みで仕事を手伝いながら、地元NPOの町おこしの活動に携わった。 「僕は大阪府で生まれ、幼稚園の時に東京に来たので、都会の生活しか知りませんでした。田舎の生活がいかに大変で、いかに楽しいか、その実感を得たいと思っていました」 日比谷高校か

    【休学する東大生】1年休学して漁村の町おこしに従事(朝日新聞EduA) - Yahoo!ニュース
    mayumiura
    mayumiura 2022/08/09
    ふふふ、東大がようやくワセダの伝統に追いついてきたか…二留三留あたりまえ〜♪(違
  • こうして僕の起業は終わった〜それでも人生は続く〜|たいし_エンジニア

    記憶と感情2018年6月、僕は大学時代のラグビー部の先輩と会社を起こした。 商社で働いていた先輩とゲーム会社で働いていた自分が合わされば最強で、自分達の成功は疑う余地もないように当時は感じていた。 会社の運命を何に賭けるか、ホワイトボードに色々と書き殴りながら議論していた起業前の5月、OculusGoが発売になった。ゲーム会社でOculusRiftDK2を触っている人を少し訝しげに見ていた僕も、体験してすぐVRの魅力に取り憑かれた。二人ともずっとスポーツをやっていたこともあって「VRを使って世の中全ての人を健康にする」僕らはそれに人生を賭けることにした。 プロトタイプを作ってはターゲットユーザや投資家に見せて検証し、ボツにしてはまた作った。まだ前の会社にも籍があった(しかもリリース前プロダクトの担当だった)僕には体力的にしんどかった、でも疲れを感じたことはなかった。成功が約束された未来に向

    こうして僕の起業は終わった〜それでも人生は続く〜|たいし_エンジニア
    mayumiura
    mayumiura 2022/08/09
    こうしてきちんと終わらせることのできる人には、きっと次がありそうな気がする。貴重な起業体験談。
  • ジョルジュ・ブラック - Wikipedia

    ジョルジュ・ブラック ジョルジュ・ブラック(Georges Braque, 1882年5月13日 - 1963年8月31日)は、フランスの画家である。パブロ・ピカソと共にキュビスムの創始者のひとり。ピカソよりも画家としてのキャリアでは劣ったが、絵画における発明の才はピカソも一目を置いた。第一次世界大戦を挟んで画風は一変するが、生涯に渡って絵を書き続けた画家である。 生涯[編集] セーヌ川沿いの町アルジャントゥイユで生まれル・アーヴルで育った。少年時代は家業のペンキ屋・装飾画家の見習いをしながら、1897年頃から1899年までル・アーヴルのエコール・デ・ボザールで夜に絵を学んだ。 1900年にパリに出て、モンマルトル界隈のトロワ・フレール通りやルピック通り周辺に居住した。兵役についた後の1902年(22歳)から美術学校に通う。初期の頃はアンリ・マティス[1]の影響を受け、野獣派に近い作品を制

    ジョルジュ・ブラック - Wikipedia
    mayumiura
    mayumiura 2022/08/09
    “ピカソがアフリカ芸術への取り組みからキュビスムへ発展したと言われているのに対し、ブラックはセザンヌへの取り組みからキュビスムへ発展したのである。"