田中金権政治を批判する急先鋒だった石原慎太郎氏が、『天才』というタイトルで上梓した新刊は、田中角栄の人生を一人称で書くというまさかの“霊言”だった。幼少期の吃音コンプレックスから政界入り、角福戦争やロッキード事件の内幕、家族との軋轢までが、すべて「角栄目線」で描かれている。なぜいま角栄なのか。石原氏に聞いた。 * * * 政治から引退した直後に、森元孝さんという早稲田大学の教授が、『石原慎太郎の社会現象学──亀裂の弁証法』という本で、俺の小説について緻密に評価してくれた。日本の社会は狭量だから、著名な政治家が良い小説を書くということを認めないんだ。だから、この本で自分の文学が浮かばれたと思った。 その感謝を込めて食事に誘った席で、森さんが「石原さん、あなた実は田中角栄という人物が好きなのではないですか?」と聞くから、「たしかに、現代にあんな中世期的でバルザック的な人物はいないので、とても興