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教育となんか気になるに関するmorutanのブックマーク (2)

  • 赤の女王とお茶を - 競争について子供に教えるべき3つのこと

    マルクスにさよならをいう前ににインスパイアされて。 結論からいうと、3つとは 1. 世界は競争に満ちている 2. 決められたルールで競争するのは既に負けである 3. 競争すべき相手を誤るのもまた負けである です。 1.世界は競争に満ちている 確かに、世の中いかなるところにも競争は存在します。子供の教育とはいえ、そのことを隠蔽するのは欺瞞というものでしょう。 しかしながら、競争について教えるべきことはそれだけではない。競争原理主義の皆さんも、実は「競争」というものについてかなりの部分を隠蔽しているのです。 それが、2.以降です。 2.決められたルールで競争するのは既に負けである 受験にしろ運動会にしろ、所詮は人の決めた一元的なルールや基準で「競争させられている」に過ぎません。しかし、グーグルや任天堂、あるいは「ホモ・サピエンス」をみれば分かるように、現実の社会、あるいは生態系においてすら、「

    赤の女王とお茶を - 競争について子供に教えるべき3つのこと
    morutan
    morutan 2007/01/22
    『決められたルールで競争するのは既に負けである』
  • 教育は自由から | A Tree at ease

    フィンランドの教育についての講演会を先日聞いてきて、いろいろと考えさせられた。講師は「競争やめたら学力世界一」(朝日新聞社刊)の著者、福田誠治さん。 福田先生は、フィンランドは学力世界一といわれて有名だが、学力が上がったというより、そもそも学力テストの内容が変わったことを強調されていた。私も、テストの形式が変わって暗記中心の日の子供では対処できていないのだろう、とは思っていたが、福田先生の話を聞いて、テストの形式というより学力観そのものが変わってきており、それは社会人になるために子供が身につけるべき力が何なのかという社会観の問題で、その変化について行けていないのはむしろ日の大人なのではないか、という印象を持った。 特に読解力のテストでは、明らかに「違法」な落書きを肯定するような意見を読ませ、その中からメッセージを読み取らせる。これは従来、立派なご意見を理解し、それとおなじように考えるの

    教育は自由から | A Tree at ease
    morutan
    morutan 2006/11/01
    「フィンランドではテストは行わず子供が勉強は自分が生きていく力をつけるためのものであることに気づくまで待ち支援する」、「教育内容は地方の裁量にまかせる」ということだけど教員人数などはどうなのだろうか?
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