戻りました。プライベートモード時に表示していた文章(↑)は割と気に入っているので残しておきます。上に綴ったことは偽らざる僕の本心で、なんか思ってることそのまま垂れ流しでblogに書いちゃうと、明らかに誰にも伝わってないのになんか世界と交信できた気になっちゃって安易に満たされすぎちゃって良くないなーと思って、しばらく口を塞いで生きようとしてみたら効果は覿面、最近はなんか常にウズウズしっぱなしで毎晩虹裏に入り浸ってました。で昔を思い出しながら楽しく匿名ライフを送ってたんですが、どうもあんまり空気読めてなかったみたいで、けいおん!を見てボロ泣きした勢いでけいおん!のスレに俺、今、ボロ泣きしてるんだぜ・・・おかしいだろ・・・ハハ・・・ 俺もなんで泣いてるのかわかんないんだけど音楽って魔法だと思うんだこの四人が素敵な縁でくっついてけいおん部になってこれから素敵な魔法使いになっていくんだと思うともうボ
世界的な不況は、神奈川の端に本社を置く、普段は世界からまったく相手にされていない僕の会社も見逃してはくれなかった。直撃。バカボンのオープニング、月が地球にストライクするあのイメージで、社を賭けた部長渾身の一大事業「フィリピンにフィリピンパブ出店」は潰れた。 今年最初の月次定例営業会議は、延期につぐ延期で難産だった。部長の、「わりい。俺は先のことを考えて2010年版の手帳を使っている。先取りしすぎて日付間違えたわ」「私用」「俺は鳥インフルエンザかもしれない」といういたしかたない理由によって月曜日へと延期になった。おそらく、部長は、カレンダーも時計も読めない。部長に公私の区別はつけられない。部長は風邪のたびに鳥インフルエンザだと騒ぐ。諦めの境地に立っている僕は、なにも感じない。白けた空気の流れる会議は、フィリピンパブ出店計画中止の詳細な報告が無念そうな表情をした部長から語られてしまうと、「セ・
今はあまり、うるさくないようだが、小学生のころ、好き嫌いなく残さず食べるよう厳しく言われた。かなりの偏食だった私は、給食の時間が終わり、昼休みも残されて食べていた。特に4年生の時の先生は厳しく、給食の時間がすごく憂うつだった。 厳しく言われても結局、偏食が直ることはなかった。給食の思い出というと、「何が好きだった」という話になるが、私は憂うつな時間だったことを思い出す。好き嫌いなく、残さず食べるということも大切だが、給食は楽しく、おいしく食べる時間であってほしい。(読売新聞神奈川版) 今はあまりうるさくないんですか。まあ、そうでしょうね。モンペアとか、厄介ですもんね。「ウチの子は不味い食事にアレルギーがあるんだ」「あんたという存在自体がオレのアレルギーだ」って感じですよね。 自分が小学生の頃もこの方と同じように、給食とは残さず食べなければならないものでした。僕は、偏食というほどでもなかった
夏になる前からあれこれ考えてたんだけど考えがまとまんないんで考えるのやめた。どうするのが正しくてどうしたら悪いのかもうよくわかんないんだ。ただ結果的に『なにもしない』を選択するのは本意じゃない。明日がどっちだろうと足が千切れるまで走るんだよ。 とはいえ、こっから先に受けるダメージは僕自身を超えて会社にも降り注ぐわけだから、わけのわかんない連中を呼び込むような真似はできない。だから期待している人はそこから飛んで欲しい。このケモノミチを歩ませるのは、このまえの日記にヌクモリのあるリアクションを返してくれたみんなだよ。うまいこと世界が広がったらみんなで飯食いにいこうぜ。 世の中にはいろんな奴がいて物事をいろんな見方をしていろんなことを言う。その一つ一つに腹を立てたり怯えたり言い訳を考えるぐらいなら黙ったほうがいいかなって思った。だから今はまだ会社と繋げないようにしようとダラダラと言い訳を書いてみ
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