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2024年4月1日のブックマーク (5件)

  • 「息吹」と『エンジン・サマー』とボイジャーの旅 - セミになっちゃた

    はじめに 2019年12月4日、満を持してテッド・チャンの第二短編集『息吹』が発売された。今回は「物語が語られるということ」を焦点に、周辺の作品や情報を追いながら表題作の短編「息吹」を読み解いていきたい。 「息吹」の基情報 息吹 作者:テッド・チャン早川書房Amazon テッド・チャンによる短編小説。原題は「Exhalation」で、そのまんまの意味だと「発散・蒸発」あるいは呼気(息をはき出すこと)といった感じ。 すべてのものが超高圧の貯蔵槽(reservoir)との気圧差を利用した空気圧駆動で動いていて、チタン製外殻の歯車で動く人々が生活しているというスチーム・パンクめいた世界が舞台。 2008年に出たアンソロジー「Eclipse 2: New Science Fiction and Fantasy」が初出。邦訳の初出はSFマガジン2010年1月号で、その後『SFマガジン700 創刊7

    「息吹」と『エンジン・サマー』とボイジャーの旅 - セミになっちゃた
    murashit
    murashit 2024/04/01
  • 志村貴子『おとなになっても』1-10巻 - 紙屋研究所

    志村貴子『おとなになっても』が完結した。 おとなになっても(10) (Kissコミックス) 作者:志村貴子 講談社 Amazon 休職に追い込まれて家にいる間よく読んでいた。 たまたま飲みに入ったお店で知り合った平山朱里と大久保綾乃は一夜で恋に落ちてしまうが、綾乃には夫がいた。しかし、綾乃と朱里は惹かれ合い、結局離婚をして二人で同棲を始めることになる。 いや別に不倫をして離婚がしたいわけでもない。同性に好きな人がいるわけでもない。 何がそんなに面白くて読んでいたのだろうか。 惹かれたシーンに付箋を貼ってみる。 綾乃の大胆かつ勇敢な行動 一つは、おとなしく見えるけども、いざというときは大胆で勇敢な行動に出る綾乃だ。人生の決断というときに、どこに潜んでいたのかと思うような意思の力を発揮する。『放浪息子』の似鳥修一のようだ。 離婚をする、という決断をすることは相当エネルギーが要ることに違いない。

    志村貴子『おとなになっても』1-10巻 - 紙屋研究所
  • モモンガ風のモディリアーニ - 楡男

    仕事の出張で、ある県へ来た。知らない土地のバスに揺られながら、なぜか高校生の頃の〈あの感じ〉がよみがえっていた。脈絡はない。私は曇り空の下、自転車をこいでいる。高校入学を機に父親に買ってもらった自転車だ。定期的に雑巾などで拭いてメンテナンスするんだぞと言われて、面倒臭そうな顔をしたら何か失望したというようなことを言われた気がする。具体的には覚えていないが、それなりにショッキングな出来事、それなりに不愉快な出来事であったという感触のみが手元に残っている。高校の頃のことを思い出すときはいつも曇り空である気がする。そして自転車。通学路の、あの水路沿いの長い直線の道。それを走るときの、次々と未来をつかみ取るようなはやる気持ち、何もなくて何もない日の繰り返しだったあの頃の、ときめきに似た、いやときめきそのものだったかもしれない、生きることそのものを覆う全体のトーン。それとなんの関係もない、当時行った

    モモンガ風のモディリアーニ - 楡男
  • XZ Utilsの脆弱性 CVE-2024-3094 についてまとめてみた - piyolog

    2024年3月29日、Linux向け圧縮ユーティリティとして広く利用されているXZ Utilsに深刻な脆弱性 CVE-2024-3094 が確認されたとして、研究者やベンダがセキュリティ情報を公開しました。この脆弱性は特定の条件下においてバックドアとして悪用される恐れがあるものとみられており、当該ソフトウエアのメンテナのアカウントにより実装されたソフトウエアサプライチェーン攻撃の可能性が指摘されています。ここでは関連する情報をまとめます。 脆弱性の概要 xzとは主要なLinuxディストリビューションに含まれる汎用的なデータ圧縮形式で、今回問題が確認されたのはその圧縮・解凍ユーティリティであるliblzma(API)を含むXZ Utils。CVE-2024-3094が採番されており、Red Hatによって評価されたCVSS基値はフルスコアの10。影響を受けたライブラリをリンクしているssh

    XZ Utilsの脆弱性 CVE-2024-3094 についてまとめてみた - piyolog
    murashit
    murashit 2024/04/01
  • 「窓ぎわのトットちゃん」と1%の寓話|江波光則

    こんな話がある。 某バイクメーカーが「あなたのところのオートバイユーザーは【悪い人たち】ばかりが乗っている」と言われた。それにバイクメーカーはこう返した。 「そういう【悪い人たち】はユーザー全体の1%に過ぎない」 それを知った【悪い人たち】は自らを「1%er(ワンパーセンター)」と称して、そういうパッチを造り、メーカーへの面当てとして背中に貼ったりした。【悪い人たち】なりの意趣返しであり諧謔を含んだ皮肉である。 1%という言葉に、統計的な意味は無い。 そもそも統計など取っていないだろうし、取れない。 【悪い人たち】の線引きが判らないからだ。 だからといって迂闊な線引きをすれば差別とも受け取られかねない。というかもう、これは露骨さを回避しただけの「差別」の領域だろう。 メーカー側がユーザーをこのように「差別」するのは、当に【悪い人たち】の占有率が高く、ブランドイメージの払拭・反論として「1

    「窓ぎわのトットちゃん」と1%の寓話|江波光則