おひさしサバですわ。 多治見文化工房ギャラリーヴォイスで開催していらした 「やきものの現在」展に行ってまいりましたわ。 ここではガラスケースなしで展示された大型陶芸作品を 壷の中に吻部を入れるようにして拝見することができるのですわ。 ある中小企業の社長様が陶芸文化の発展のために 定期購入している作品を中心とした展示会でしたわ。 作者は三〇代の方が多く、まさに新進気鋭でした。 けれどもウミウシ風作品の中島晴美様や 水色釉薬の加藤委様の作品はやはり目立っていましたの。 中島晴美様に少し似た作風の長岡千陽様の作品の今後の展開が 気になりましたわ。 中島晴美様はお名前から女性と思っていたのですが 男性の陶芸家でしたわ。 作品の外側と内側の水玉模様がつながっていないことが確認できました。 粘土板の表と裏に別々の水玉模様を施してから、独特の形状に加工していらっしゃるのかしら? 黒川徹様の複雑な形状をし
あの作風に合わせて色々はっちゃけようとしたのは分かるんだよ でもあの作風のベクトルと、今のはっちゃけ方のベクトルは別物だろ? どっかが企画してるんだろうけどさ 俺が嫌いな「広告代理店のやり口」そのものなんだよね っていうか、そういうのを揶揄する方の漫画だと思ってたんだけど
ワンアイディア30頁1本勝負をひたすら繰り返すようなの。 異世界転生ってどれもワンアイディアで何千ページも引っ張りすぎてるように思うんだが
西部邁は本物の保守とかよくいわれるが、思想の根本は割とシンプルだ 要は 『人間はそれほど賢くないので、進歩に見えても必ず落とし穴がある。だから変化には慎重に』 ということだ。まあ確かに保守思想の根っこを押さえているともいえるので、本物といえば本物かもしれない その延長上に、米国を進歩的として追従する姿勢への批判があり、近代や革新への批判があるわけだが、残念ながら多くの致命的な誤算があった まず第一に、小林よしのりと組んで保守思想を広めようとしたが、結局は浅薄なカジュアル化にしかならず、保守を権威主義とマウンティングに利用するだけのネトウヨを大量に生み出すこととなった 第二に、米国追従なりが既成事実化してしまうと、変化を嫌う「保守」は簡単に逆転してしまうことを忘れていた その結果、「保守」のはずの安倍自民党は米国追従の権化になってしまった 西部の思惑は完全に裏目に出てしまったというわけだ 彼
1年ほど前、新しく会社に来た派遣さんは、社会人歴が同じ年数の、年下の男の子だった。 歓迎会の最初の一杯、ほぼ全員がビールで乾杯の準備をする中、主賓の彼が頼んだのはカシスオレンジだった。 女子力高いね〜なんて、隣に座った彼に茶化すように話しかけると、まだ甘いお酒しか飲めないのだと照れくさそうに笑った。 どのお酒が好きですかと聞かれ、日本酒だと答えた。お酒を飲み慣れていないらしい彼は興味を持ってくれたようで、すこしだけ飲んでみたいと言った。 そうして、届いたお猪口に、日本酒をがばがば注いだ。 度数がきついけれどもおいしいと言ってくれたのが嬉しかった。 おいしそうに飲んでくれるのが嬉しくて、お猪口の中身が少しでも減っているのを見つけるたびに酒を注いだ。 きついきついと言いながらも飲んでくれた。嬉しかったので自分も同じ分だけ飲んだ。 相手のお猪口が乾いたのを目ざとく見つけ、互いに注ぎあうゲームだっ
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/dot.asahi.com/aera/2018011800017.html 上智大卒、新人賞受賞作家なのに、あらゆる場面で「戦力外通告」、大人の発達障害のリアルを本人が綴る (1/9) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット) こういう記事が人気になっているのを見ると吐き気がする。 コメントしたりブックマークしてる連中の「わかるわー。俺も本当は優秀なんだけど、それに見合うポジションをジャップランドが用意してくれなくてさ―」という態度が透けて観えてくるのだ。 妄想乙!と笑うなら笑うがいい。 だが私には、「わかる。私も本当は優秀なんだけど」と言いたげなコメントがあまりにも多く散見されており、自分の口から飛び出してきたこの言葉が妄想だと断じるのは難しいように思えてならんのだ。 妄想乙!
ある日、サークルの先輩が、 「お父さんが新聞に載った」 とTwitterで言った。 私は軽い気持ちで、 「痴漢でもしたんですか?w」 とリプを付けた。 すると、 「父は医者で、インタビューが載ったの。人様の親にそんなことを言わないで」 と返信が来た。 普段はおちゃらけている先輩なので、真剣に怒っていることが文面越しでもわかった。 そこで初めて、私は自分が非常に失礼なことを言ってしまったことに気付いた。慌てて謝罪し、次に会った時にも面と向かって謝った。先輩は2回とも快く許してくださったし、それまでと変わらず接してくれた。 それからしばらくして、大学の文化祭で、先輩のお父さんを見かけた。穏やかで荘厳な雰囲気の方だった。あらためて、自分のしたことを悔いた。 私の父親は、偏差値30台の高卒で、私に対しては、セクハラか、テレビのワイドショーの、どうでもいい話しかしなかった。それくらいしかコミュニケー
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