母親の葬儀で涙を流さない人間は、すべてこの社会で死刑を宣告されるおそれがある、という意味は、お芝居をしないと、彼が暮らす社会では、異邦人として扱われるよりほかはないということである。(A・カミュ 『異邦人』) 例の尼崎の脱線事故当日に、JR西日本の非番の社員が宴会やボウリングに出かけたことを批判する論調があったのだけれども、その報道を受けて真っ先に僕はこの『異邦人』の主人公ムルソーを非難した検事を思い出してしまった。 ムルソーが死刑に処せられたのは殺人を犯したが故にではない。母の葬式で涙を流さず、コーヒーを飲み、タバコを吸い、そしてその翌日に恋人と海へデートに出かけたからだった。 「母親の死の翌日、最も恥ずべき情事にふけった、その同じ男が、つまらぬ理由から、何ともいいようのない桃色事件のけりをつけようとして、殺人を行ったというわけです」 「事故の当日、最も恥ずべき宴会に興じた、そういう社員