この種の逸話には事欠かない。私は30年近く、講義の試験を「自分で問題を作って自分で答える」という形式で一貫してきた。答案は原稿用紙4枚分。その答案のレベルが年を追うごとに下がってきた。80年代に「詰め込み教育」が批判され、90年代以降は「自分で考える力」の養成が目指された。だが皮肉にも以前のほうが「自分で考える力」があった。 学問の基本は武道や演奏と同じ なぜか。かつての教育は暗記全盛だった。追いつき追い越せの後発近代化国だったからだ。帝国大学出身の父も論語やルター訳聖書を諳んじていた。私もそうした教育を受けた。麻布中学に入るや「数学は暗記物、お前らが考えるなんて10年早い」と教員に怒鳴られた。暗記で引き出しを増やさなければ思考しても意味がないという考え方を叩き込まれた。 学問の基本は武道や演奏と同じだ。基本動作を反復訓練して「自動機械」のように動けるようにする。そこに意識を使わなくなる分