1800年代半ばの絵画「ポンペイ最後の日」は、西暦79年のベスビオ火山噴火の様子を描いたもの。(Painting Karl Brullov, The Artchives, Alamy Stock Photo) 西暦79年に起きたベスビオ火山の大噴火により、周辺の古代ローマ帝国の都市とその住人は一夜にして消滅した。大量の火山灰がポンペイの町に降り注ぎ、建物はその重みで崩落した。その後激しい火砕流が山肌を駆け降りて町を焼き尽くし、さらに近くの港町ヘルクラネウムや近隣の町をも襲った。 2000年近く前の噴火がもたらした甚大な被害に疑問を呈する専門家はいないが、多くの犠牲者がどのようにして死んでいったかについては、意外にもまだ多くの論争がある。(参考記事:「古代都市ポンペイは、現代社会にそっくりだった」) イタリアの専門家チームは、ヘルクラネウムでもとりわけ残酷な死を迎えた人々の遺骨を再調査し、そ