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ブックマーク / 1000ya.isis.ne.jp (12)

  • 1558夜 『シェルタリング・スカイ』 ポール・ボウルズ − 松岡正剛の千夜千冊

    先週、小耳に挟んだのだが、リカルド・コッキとユリア・ザゴルイチェンコが引退するらしい。いや、もう引退したのかもしれない。ショウダンス界のスターコンビだ。とびきりのダンスを見せてきた。何度、堪能させてくれたことか。とくにロシア出身のユリアのタンゴやルンバやキレッキレッの創作ダンスが逸品だった。溜息が出た。 ぼくはダンスの業界に詳しくないが、あることが気になって5年に一度という程度だけれど、できるだけトップクラスのダンスを見るようにしてきた。あることというのは、父が「日もダンスとケーキがうまくなったな」と言ったことである。昭和37年(1963)くらいのことだと憶う。何かの拍子にポツンとそう言ったのだ。 それまで中川三郎の社交ダンス、中野ブラザーズのタップダンス、あるいは日劇ダンシングチームのダンサーなどが代表していたところへ、おそらくは《ウェストサイド・ストーリー》の影響だろうと思うのだが、

    1558夜 『シェルタリング・スカイ』 ポール・ボウルズ − 松岡正剛の千夜千冊
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    nstrkd 2018/08/29
  • 0663 - 松岡正剛の千夜千冊

    孤独な散歩者の夢想 ジャン・ジャック・ルソー 岩波文庫 1960 Jean Jacques Rousseau Les Reveries du Promeneur Solitaire 1782 [訳]今野一雄 ルソーの『社会契約論』(岩波文庫)冒頭は、「人間は生まれつき自由だが、いたるところで鎖につながれている」と始まっている。「ある者は他人の主人であると信じているが、事実は彼ら以上に奴隷である」と続く。 この文言とその主旨はルソーが六六歳で亡くなった十一年後のフランス革命のスローガンとなり、一七七六年のジェファーソンのアメリカ独立宣言にも、一七八九年のフランス人権宣言にも採り入れられた。 シモン・ボリヴァルは南米の人と地をスペイン支配から解放するために、禁書扱いだった『社会契約論』やルソーの著作を密かに読むように勧め、フランス支配の仏領インドシナを解放させようとしたグエン・アン・ニンは『社

    0663 - 松岡正剛の千夜千冊
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    nstrkd 2017/02/28
  • 0752 - 松岡正剛の千夜千冊

    というものは知的なファッションなのではなく、ファッションそのものである。またべ物なのだ。モードであってフードなのである。実際にも着たりべたりするものだ。そのように実感するには、ひとつはマラルメやラングあたりを読むのもいいのだが、もうひとつはをつねに複数の組み合わせで見たり、何冊もまたいで接したりするようにしておくとよい。 ジーンズのようなパスタのような、戦闘服のような、携帯電話のような、ワイングラスのような……。こういうものはいくらでも屋に並んでいる。ところがこのようなを組み合わせて遊んだり、読んだりすることがない。ジーンズの上に毛皮を着て戦闘帽をかぶった女性が、ワインを飲みながらイカ墨のパスタべていて、そこにケータイがかかってきた……なんてことはあるのに、それをの組み合わせに転換できないのである。 を「組み合わせファッション」や「皿に盛った料理」にするには

    0752 - 松岡正剛の千夜千冊
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    nstrkd 2016/09/06
  • 松岡正剛の千夜千冊

    先週、小耳に挟んだのだが、リカルド・コッキとユリア・ザゴルイチェンコが引退するらしい。いや、もう引退したのかもしれない。ショウダンス界のスターコンビだ。とびきりのダンスを見せてきた。何度、堪能させてくれたことか。とくにロシア出身のユリアのタンゴやルンバやキレッキレッの創作ダンスが逸品だった。溜息が出た。 ぼくはダンスの業界に詳しくないが、あることが気になって5年に一度という程度だけれど、できるだけトップクラスのダンスを見るようにしてきた。あることというのは、父が「日もダンスとケーキがうまくなったな」と言ったことである。昭和37年(1963)くらいのことだと憶う。何かの拍子にポツンとそう言ったのだ。 それまで中川三郎の社交ダンス、中野ブラザーズのタップダンス、あるいは日劇ダンシングチームのダンサーなどが代表していたところへ、おそらくは《ウェストサイド・ストーリー》の影響だろうと思うのだが、

    松岡正剛の千夜千冊
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    nstrkd 2016/07/16
  • 1586夜 『ネット・バカ/オートメーション・バカ』 ニコラス・G・カー − 松岡正剛の千夜千冊

    2013年のTEDカンファレンスでのセルゲイ・ブリンのトークは、わざとらしかった。 グーグル社の二人の創業者のうちで、いつも居心地が悪そうな顔付きを見せるこの男は(ジーンズを穿いたITベンチャーのトップたちはたいていそんな面倒くさそうな空気をつくるのが得意なのだが)、発表まもないグーグルグラスの宣伝をするのに、その引き合いに「スマートフォンを使うのって、ある種の去勢でしょ」と言ったのだ。ついで、「立ったままこの味気ないガラスをこすっていると、ほら、みんな孤立するばかりか、世界に対する感覚的なかかわりまで弱まってしまうよね」と付け加えた。 スマホはいうまでもなく、グーグルがアンドロイド・システムで主流に押し上げたデバイスである。それを自嘲的に槍玉にあげて去勢扱いするという嫌味なジョークで(勝ち組がこの手の口調が好きなのだが)、グーグルグラスを使えば情報は向こうから適確にやってきて、めんどうな

    1586夜 『ネット・バカ/オートメーション・バカ』 ニコラス・G・カー − 松岡正剛の千夜千冊
  • 1608夜 『タネが危ない』 野口勲 − 松岡正剛の千夜千冊

    このに書いてあることはたいへん端的で、あまりに一途のことなので、この世の野菜市場的な事態があらかた著者が言っているようになっているのかどうか、ぼくには敷延のしようがないのだが、しかし数年前にこのを読んだときの印象は、かつてレイチェル・カーソン(593夜)の『沈黙の春』やデボラ・キャドバリー(1073夜)の『メス化する自然』を読んだときとほぼ同質の共感に抉られた気分だった。 話題はひたすら野菜と果物のタネのことに徹している。メッセージはただひとつ、世に出回っている野菜や果物がF1(一代雑種)になっている問題を問うことだ。そうではあるのだが、話は手塚治虫(971夜)からミトコンドリアにまで及ぶ。 手塚が出てくるのは著者の野口さんの若い頃の最初の仕事が虫プロで、手塚のライフワーク『火の鳥』の完成に向けての道程やメディア化などにかかわったからだが、なぜミトコンドリアに及ぶのかは説明ぐあいによっ

    1608夜 『タネが危ない』 野口勲 − 松岡正剛の千夜千冊
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    nstrkd 2016/05/11
  • 0141 夜 | 松岡正剛の千夜千冊

    すごいタイトルである。日質は中空構造にあるのではないか、中心はカラッポなのではないかというメッセージを直裁に突き出したタイトルである。 このタイトルを見たとき、この手の日論に関心がある者は、誰もがロラン・バルトの『表徴の帝国』を思い出した。バルトは日に関する乏しい知識にもかかわらず、東京のど真ん中に皇居があることを見て、ただちに日の中心が穿たれていることを喝破したものだった。もっともたいした説明はしていない。 しかし、河合隼雄はロラン・バルトに触発されたのではなかったようだ。日人の子供に自殺が多いこと、親子の関係が歪んでいること、父性の失墜がはげしいこと、そうしたさまざまな社会病理に悩んでいるころ、マーク・ヴォネガットの『エデン特急』とハイゼンベルクとパウリの『共時性をめぐる対話』を読んで、現代人の病理が「科学の知」とはあいいれないはずの「神話の知」と深い関連をもっているので

    0141 夜 | 松岡正剛の千夜千冊
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    nstrkd 2015/12/29
  • 1296 夜 | 松岡正剛の千夜千冊

    理解の秘密 マジカル・インストラクション リチャード・ワーマン NTT出版 1993 Richard Saul Wurman Instruction Anxiety 1993 [訳]松岡正剛/訳:杉俊雄・前田啓子 知識と情報。予測と戦略。仕事と市場。 編集とデザイン。説明と納得。理解の秘密。 80年代、これらを一緒に語れる者がいなかった。 そこに一陣の風を吹かせたのが リチャード・ワーマンだった。 アンダースタンディング・ビジネスを提唱し、 新たなソーシャル・キャピタルが 「理解」にこそあることを早くに指摘した男だ。 ぼくにとっても、ワーマンは懐かしい師であった。 いま、約15年ほど前の書を紹介するのは、 今日こそインストラクション能力が 日社会に蘇生するべきだと思うからである。 世界の半分はインストラクションで成り立っている。これがワーマンの口癖だった。ということはコミュニケーショ

    1296 夜 | 松岡正剛の千夜千冊
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    nstrkd 2014/08/06
  • 0482 夜 | 松岡正剛の千夜千冊

    ノスタルジアの社会学 フレッド・デーヴィス 世界思想社 1990 Fred Davis Yearning for Yesterday, A Sociology of Nostalgia 1979 [訳]間場寿一・荻野美穂・細辻恵 子 タルコフスキーの『ノスタルジア』の映像が忘れられない。なぜ忘れられないのだろうか。 ノスタルジアは必ずしも過去への郷愁を意味しない。過去ではないとはいいきれないが、たとえば「元いた故郷」にたいする郷愁は、実際にはその「元いた故郷」がどこかわからなくともノスタルジアが生ずることがある。こういうばあいは故郷といわないで、しばしば原郷という言葉が用いられる。 もっというなら、最初から特定の場所にかかわりない場所に向かってそこを無性に肯定したくなり、しかもその「ありえないところ」としての原郷がなんとなくあるような気がして、胸かきむしられる思いになることもある。タルコフ

    0482 夜 | 松岡正剛の千夜千冊
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    nstrkd 2014/01/09
  • 1503夜 『ピーター・パンとウェンディ』 ジェームズ・バリ − 松岡正剛の千夜千冊

    先週、小耳に挟んだのだが、リカルド・コッキとユリア・ザゴルイチェンコが引退するらしい。いや、もう引退したのかもしれない。ショウダンス界のスターコンビだ。とびきりのダンスを見せてきた。何度、堪能させてくれたことか。とくにロシア出身のユリアのタンゴやルンバやキレッキレッの創作ダンスが逸品だった。溜息が出た。 ぼくはダンスの業界に詳しくないが、あることが気になって5年に一度という程度だけれど、できるだけトップクラスのダンスを見るようにしてきた。あることというのは、父が「日もダンスとケーキがうまくなったな」と言ったことである。昭和37年(1963)くらいのことだと憶う。何かの拍子にポツンとそう言ったのだ。 それまで中川三郎の社交ダンス、中野ブラザーズのタップダンス、あるいは日劇ダンシングチームのダンサーなどが代表していたところへ、おそらくは《ウェストサイド・ストーリー》の影響だろうと思うのだが、

    1503夜 『ピーター・パンとウェンディ』 ジェームズ・バリ − 松岡正剛の千夜千冊
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    nstrkd 2013/10/03
  • 松岡正剛の千夜千冊

    先週、小耳に挟んだのだが、リカルド・コッキとユリア・ザゴルイチェンコが引退するらしい。いや、もう引退したのかもしれない。ショウダンス界のスターコンビだ。とびきりのダンスを見せてきた。何度、堪能させてくれたことか。とくにロシア出身のユリアのタンゴやルンバやキレッキレッの創作ダンスが逸品だった。溜息が出た。 ぼくはダンスの業界に詳しくないが、あることが気になって5年に一度という程度だけれど、できるだけトップクラスのダンスを見るようにしてきた。あることというのは、父が「日もダンスとケーキがうまくなったな」と言ったことである。昭和37年(1963)くらいのことだと憶う。何かの拍子にポツンとそう言ったのだ。 それまで中川三郎の社交ダンス、中野ブラザーズのタップダンス、あるいは日劇ダンシングチームのダンサーなどが代表していたところへ、おそらくは《ウェストサイド・ストーリー》の影響だろうと思うのだが、

    松岡正剛の千夜千冊
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    nstrkd 2012/07/03
  • 松岡正剛の千夜千冊

    先週、小耳に挟んだのだが、リカルド・コッキとユリア・ザゴルイチェンコが引退するらしい。いや、もう引退したのかもしれない。ショウダンス界のスターコンビだ。とびきりのダンスを見せてきた。何度、堪能させてくれたことか。とくにロシア出身のユリアのタンゴやルンバやキレッキレッの創作ダンスが逸品だった。溜息が出た。 ぼくはダンスの業界に詳しくないが、あることが気になって5年に一度という程度だけれど、できるだけトップクラスのダンスを見るようにしてきた。あることというのは、父が「日もダンスとケーキがうまくなったな」と言ったことである。昭和37年(1963)くらいのことだと憶う。何かの拍子にポツンとそう言ったのだ。 それまで中川三郎の社交ダンス、中野ブラザーズのタップダンス、あるいは日劇ダンシングチームのダンサーなどが代表していたところへ、おそらくは《ウェストサイド・ストーリー》の影響だろうと思うのだが、

    松岡正剛の千夜千冊
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    nstrkd 2012/07/01
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