長野県大町市で先月から行方不明になっている女子高校生が、自宅に家族宛ての 書き置きを残していたことがわかりました。警察が引き続き情報提供を呼びかけています。 行方不明になっているのは、大町市八坂の高校1年生・仁科日花さん16歳です。 先月29日午後10時ごろ、自宅の居間で家族が見たのを最後に行方がわからなくなっています。 家族が届け出てから3週間がたち、警察は20日、事件や事故に巻き込まれた可能性もあるとして顔写真などを公開しました。 警察によりますと、仁科さんは家族宛ての書き置きを自宅に残していたということです。 これまでに数件の情報が寄せられましたが、有力な手がかりにつながるものはないということです。 大町警察署が引き続き情報提供を求めています。
長野県大町市の16歳の女子高校生が8月下旬から行方不明になっている。警察は顔写真などを公開し、情報提供を呼びかけている。 8月29日夜を最後に…朝には姿なく 行方不明になっている仁科さん 提供:県警 この記事の画像(4枚) 行方不明になっているのは大町市八坂の高校生1年生・仁科日花(にしなはるか)さん16歳。 警察によると、8月29日午後10時ごろ、自宅の居間で家族が見たのを最後に行方がわからなくなっている。翌30日朝、家族が起こしに行ったところ、部屋におらず、警察に届け出たという。 ショートボブで丸顔…情報提供呼びかけ 行方不明になっている仁科さん 提供:県警 身長167センチ、体重58キロ、黒髪のショートボブ、丸顔で色白、コンタクトレンズかメガネを使用しているという。 行方不明時に身に着けていたのは、白の長袖シャツ、紺色のふくらはぎキュロット、水色のリュックサック、白いスニーカー、白い
長野・大町市の16歳の女子高校生が、8月29日から行方不明になっている。 警察は、顔写真などを公開し、情報の提供を呼びかけている。 行方不明になっているのは、大町市の高校生1年生・仁科日花さん(16)。 8月29日午後10時ごろに自宅で確認したのを最後に、行方がわからなっている。 仁科さんは身長167cm、体重58kg、黒髪のショートボブ、丸顔で色白、コンタクトレンズかメガネを使用しているという。 行方不明時に身に着けていたのは、白の長袖シャツに、紺色のふくらはぎ丈のキュロット、水色のリュックサックに白いスニーカー、白い二つ折り財布だという。 情報提供は、「0261-22-0110(長野・大町署)」まで。
Published 2023/09/20 19:07 (JST) Updated 2023/10/30 12:09 (JST) 長野県警は20日、同県大町市の高校1年仁科日花さん(16)が8月29日夜以降に行方不明になっていると発表した。事件や事故に巻き込まれた可能性もあるとして顔写真などを公開、情報提供を求めている。 県警によると、仁科さんは8月29日午後10時ごろ、自宅にいるのを家族が確認しており、翌30日午前、いないことに気付いた家族が不明届を提出した。 身長167センチくらいで黒髪ショートボブ。不明になった際には白色長袖シャツと紺色のふくらはぎ丈キュロットを着用し、白色スニーカーを履いていたとみられる。 情報提供は大町署生活安全課、電話0261(22)0110。
【続報】行方不明の大町市の女子高校生 宮城・仙台市内で無事発見 長野県警が保護 けがなく問いかけにも応じる 県警は未成年者誘拐の疑いも視野に捜査【長野】 8月29日から行方が分からなくなっていた大町市の16歳の女子高校生が29日朝、宮城県内で無事に見つかり警察に保護されました。 29日午前7時過ぎに無事に見つかったのは大町市の16歳の女子高校生です。 女子高校生は宮城県仙台市内にいるところを長野県警が保護しました。 けがはなく、元気に自分の名前など警察官の問いかけにもしっかり応じているということです。 携帯電話は所持していましたが、服装は行方不明時とは異なっていました。 女子高校生は8月29日の午後10時ごろ、大町市内の自宅にいたのを最後に行方が分からなくなっていました。警察にはこれまで70件ほどの情報が寄せられていましたが、有力な手掛かりはありませんでした。 県警は未成年者誘拐の疑いも視
最近では、マイバックの普及や包装の仕方も簡易的になるなど買い物も変化していますが、きょうは松本市の百貨店の包装紙の話題です。そこには、老舗百貨店のこだわりがありました。 松本市大手の六九商店街。かつてここにはアーケードがあり買い物客で賑わっていました。その中心にあったのが井上百貨店です。 昭和31年には県内で初めてエスカレーターを設置するなど、時代の先駆け的な存在だった井上。 高度経済成長期の昭和47年(1972年)には地下1階、地上6階にリニューアル、当時の松本を代表する大きな建物でした。 (大正時代の呉服店外観写真) 創業は明治18年(1885年)。今から140年前に初代井上與作さんが呉服店としてのれんを上げました。当時、看板などに使われて井上の象徴となっていたのは“カネヨ”と呼ばれるロゴでした。 井上裕社長 「商売のきっちりしたカネジャク(ものさし)意味をとってきっちりした商売をやろ
最近では、マイバックの普及や包装の仕方も簡易的になるなど買い物も変化していますが、きょうは松本市の百貨店の包装紙の話題です。そこには、老舗百貨店のこだわりがありました。 松本市大手の六九商店街。かつてここにはアーケードがあり買い物客で賑わっていました。その中心にあったのが井上百貨店です。 昭和31年には県内で初めてエスカレーターを設置するなど、時代の先駆け的な存在だった井上。 高度経済成長期の昭和47年(1972年)には地下1階、地上6階にリニューアル、当時の松本を代表する大きな建物でした。 (大正時代の呉服店外観写真) 創業は明治18年(1885年)。今から140年前に初代井上與作さんが呉服店としてのれんを上げました。当時、看板などに使われて井上の象徴となっていたのは“カネヨ”と呼ばれるロゴでした。 井上裕社長 「商売のきっちりしたカネジャク(ものさし)意味をとってきっちりした商売をやろ
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