宇奈月温泉事件。初めて聞く人はサスペンスドラマを思い浮かべるかもしれない。名前からは分からないが、実は法学生が最初に習うような、民事裁判史に残る重大な事件のことだ。 昭和の初め、宇奈月温泉では黒部川上流の黒薙温泉から源泉を運ぶため引湯木管が敷かれた。しかし、この木管がわずか二坪だが所有者に無断で通っていた。この土地の買い主は、時価の数十倍という値段で温泉の経営会社に買収を迫り、拒否されると木管撤去を求めて提訴した。 一九三五(昭和十)年、最高裁に当たる当時の大審院は原告の訴えを棄却。このとき、判決文で初めて「権利の乱用」という文言が使われた。その後、戦後の民法改正で「権利ノ乱用ハ之ヲ許サズ」と明文化された。事件は、権利を乱用してはならないという民法の基本原則に大きな影響を与えた。