はじめに 昭和27(1952)年1月18日、韓国による李承晩ラインが不当に設置され、2月11日には日本船が韓国側から銃撃され船員1人が死亡、3月2日には最初の拿捕船が出た。『日韓漁業対策運動史』によると日本の拿捕漁船328隻、抑留船員3,929人、死傷者44人が李ラインによる日本側の被害総数である。昭和40(1965)年日韓漁業協定により李承晩ラインが消滅するが、同年11月6日付け「島根新聞」は、李承晩ラインによる島根県関係の被害は抑留121人、捕獲された船11隻と記している。今年は李承晩ライン設置の年から60年目にあたる年である。 竹島問題研究会委員の藤井賢二氏が『第2期竹島問題問題研究会中間報告書』(平成23年2月刊行)にこれまでご本人が発表されて来た論文、島根県東部の漁業者からの聞き取り、朝日新聞等中央紙、島根新聞、