タグ

ブックマーク / d.hatena.ne.jp/aureliano (10)

  • おかげさまで『小説の読み方の教科書』がAmazonで売り切れたこととK氏について思うこと - ハックルベリーに会いに行く

    ぼくの近著『小説の読み方の教科書』が、おかげさまでAmazonで売り切れました。最初に何冊仕入れていたのかは知りませんが、少なくとも数十冊はあったはず。自分で言うのはなんだけれど、ぼくがここで地道に記事を書き続けていることも、少なからず売上げに貢献したと思います。それはもちろんAmazonの売上げだけにではなく、他の場所においてもです。このブログの記事をきっかけに、ぼくのを他の通販サイトで買ってくれた方もいれば、街の書店で買ってくれた方もいらっしゃいました。ブログというのは、そういう意味で当にありがたい。昔は、何かを発信するとなったらいわゆる大手マスコミに頼る以外方法がなかったけれど、今はこうして自分で手軽にブログを書けるということは、インターネットの力と恩恵には当に大きなものがあります。ぼくはそれを、心からありがたいと思う次第です。小説の読み方の教科書作者: 岩崎夏海出版社/メーカ

    popolonlon3965
    popolonlon3965 2011/10/18
    アメブロにでも移ればいいのではなかろうか。
  • 「小説の読み方の教科書」を書き、それを伝えていくのがぼくの使命 - ハックルベリーに会いに行く

    ところで、id:yaneuraoさんという人が、ぼくの書いた『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(以下『もしドラ』)についての記事を書いてくれている。せっかく書いてくれたので、それらについてぼくの考えを述べさせて頂こう。ちなみに3つ記事を書いてくれたので、順次ご紹介していく。最初はこの記事だ。 もしドラの作者は思い込みが激しすぎるのではないか - やねうらお−よっちゃんイカをべながら、息子語録を書き綴る当にもしドラの作者の言うように、「そういう人が少数ながらもいる」(全体の数%ぐらい?)程度ならば、その人達の読解力が不足しているのかなとは私は思うのです。(もちろん、作者としてそういう人たちにもわかりやすく伝わる努力はするべきですが。)ところが、私が今回の記事を書いて、1日でこの記事に1万PV程度あったわけですが、誰ひとりとして、「この書店員はこれ

    popolonlon3965
    popolonlon3965 2011/08/12
    そして「『小説の読み方の教科書』の読み方の教科書」とかいうブログエントリーを上げるんだろうか。/この人、早くはてなとは縁切って“一般”の人だけ相手に商売すればいいのにと本気で思う。
  • 『エースの系譜』と『もしドラ』義援金 - ハックルベリーに会いに行く

    ぼくが生まれて初めて小説を書いたのは、今から13年前の29歳の時でした。その時、物語の舞台に選んだのが、ぼくが中学1年から高校3年までの6年間を過ごした、第二の故郷ともいえる茨城県つくば市でした。 その13年前に書いた処女作『エースの系譜』が、『もしドラ』がヒットしたことをきっかけとして、13年の時を経てようやく出版されることになったのは、2011年3月18日のことでした。ところが、そのちょうど一週間前の3月11日に、東日大震災が発生したのです。 ぼくは、これはどういう運命の巡り合わせだろうと思いました。ぼく自身は、地震が起きた時はたまたま香川県の高松にいて、地震や津波の被害には遭いませんでした。しかしながら、今も茨城に住む両親は、幸い怪我はなかったのですが、家財道具が軒並み倒れたり、屋根の瓦が落ちたり、水がしばらく出ないなどの被害に遭いました。もちろん、東北に比べると、茨城の被害は小さ

    popolonlon3965
    popolonlon3965 2011/04/11
    実家は茨城なんだ。へー。と思ったら「茨城県は、だだっ広い平地がどこまでも広がる、けっして風光明媚なところではありません」…おい(^^;) /どうもあのしかめっ面に「ぼく」呼称は自分の中で噛み合わない。
  • ぼくが今日はてな東京本社にお邪魔して一言申し上げたこと - ハックルベリーに会いに行く

    ぼくは今日はてな東京社にお邪魔してこの前みたいにまた川崎さんとお話しさせて頂いた。何を話したかというと、それはもう色々話した。今日は結局ぼくが喋ってる時間の方が長かった。そこでぼくは今ぼくが思ってることを忌憚なく申し上げた。腹蔵なく、率直に申し上げた。すると川崎さんも、それを聞いてくれた。また川崎さんも話してくれた。川崎さんも、今思っていることを忌憚なく、腹蔵なく、率直に話してくれた。 それで結局ぼくは川崎さんから聞いた話をブログに書いていいかどうかの了解を得ることを忘れたので、ここにはぼくが言ったことしか書けない。書けないが、ぼくが言ったことをここに責任を持って書こうと思う。それはある一つのことについてだ。ぼくは川崎さんとの2時間にも及ぶ話し合いの中でもそのことを申し上げたし、その後はてなの東京社にお勤めの皆さんを前にお話しさせて頂く機会もあったので、そこでも一言申し上げた。あるいは

    popolonlon3965
    popolonlon3965 2009/06/12
    そーですね(棒 /そんなことより「面白い、ということについての何か」をよろしくお願いします。私はそちらを心待ちにしておりますので。
  • タケルンバさんについて、少し。 - ハックルベリーに会いに行く

    @y_arim 答えを出して、正しいかどうかを検討する場ではないからセクハラではないよ。絶対的に正しい正答はないという状況下でないとGDは成立しない。価値観が問われるのは確かだが、ビジネスではもっと厳しい選択を迫られるのが常なので、これでハラスメントなら働けないよ。Twitter / Lord TAKERUNBA: @y_arim 答えを出して、正しいかどうかを検討す ... これはタケルンバさんのTwitterでの発言だが、彼の大きな誤りは、議論というものに考えなしに価値を置いているところである。そのことが、状況を見誤らせ、彼の発言をおかしなものにしてしまっている。タケルンバさんは、「ここはとにかく議論の場なのだから、議題そのものはさして重要ではなく、話し合うという行為そのものに重きを置くべきだ」ということを言いたいのだろう。議論を一種の神聖なものとして、その聖域を守ろうとしているのであ

    popolonlon3965
    popolonlon3965 2009/01/27
    文章が本当に(ハックルベリーにしては)「少し」だった!/この件は遠巻きにしか見ていないので何とも分かりませんが、3つの指摘が文面やtwitterから感じられちゃうのは確か。
  • 他人の気持ちを慮れないことが蔑まれた原因だ - ハックルベリーに会いに行く

    「勉強ができる」というのは別に蔑称でもなんでもない。蔑まれたと感じるのは、そう思い込んでいるだけだ。被害者意識をこじらせた結果である。 こういう記事があった。「勉強ができる」という蔑称 - 理系兼業主婦日記それ以来、私には「頭のいい子」という称号がついて回った。賞賛の意味でそう呼ばれることが多かったが、「変わってる」「すかしてる」という意味での蔑称として呼ばれることもあった。だから、私は「頭がいい」と言われることが、どうしても好きにはなれなかった。「まじめ」「いい子」という呼び名も、同じ意味で嫌いだった。 そう言って、この人は「頭がいい子」というのが蔑称であったと主張する。そうしてそれは、勉強ができる子に特有の問題だとする。日には、勉強ができる子を蔑むような風土があって、それで自分は苦しい思いをさせられてきたし、また他にもさせられている「勉強のできる」人々がいると。 確かに、そういう場合

    popolonlon3965
    popolonlon3965 2008/12/26
    体育が出来る人は「もっと勉強しろ」と言われるかもしれないけど運動能力自体は否定されない。勉強が出来る人は勉強が出来ること自体をネガティブに捉えられたりする。この差を分かってるんだよね?
  • 普遍的な美というものを考える - ハックルベリーに会いに行く

    id:y_arimさんから以下のようなコメントを頂きました。y_arim id:aureliano ちょっと言葉が足りませんでした。普遍的な美的感覚というものは存在しうるとお考えなのか、美的感覚というものをどの程度まで個人的あるいは相対的なものとお考えなのか、というあたりをお聞きしたいですhttp://b.hatena.ne.jp/y_arim/20081215#bookmark-11307294 ですので、普遍的な美について、ぼくの考えるところ書きます。 まず「美」というものも、他のあらゆる概念の同じように「矛盾した存在」である。なぜなら「醜いまでの美しさ」「美しいまでの醜さ」というのもまた存在するからだ。そうして真の美しさの中には、これも他のどの概念とも同じように、適度な醜さというものが含まれていて、それが隠し味になっている。両者は極めて不可分性が高く、メビウスの輪のような循環構造にな

    popolonlon3965
    popolonlon3965 2008/12/18
    某増田経由で。/なるほど、これだと「第九」がかなり浮いてる(つーか他に疎いだけ)。せっかくバッハ(ってJ.S.だよね?)を挙げてるならそっちを例に出した方が合うと思う。「シャコンヌ」とか。
  • TBSが「発見」したイノベーションのアイデア - ハックルベリーに会いに行く

    友人Mから聞いた話。テレビ局のTBSは、前年度の視聴率が民放各社の中でも際立って悪く、特にゴールデンはさんざんだったらしい。レギュラー番組はおしなべて低調で、スペシャル番組もちっとも当たらなかった。それに伴って売上げは落ち込み、テレビ全体の売上げが落ちていたこととも相まって、深刻な状況に陥っていた。そのためTBSは、局としての大きな改革を必要としていた。そこで経営陣は、編成局を新たな体制に移行させ、色々と施策を打ったらしい。そのうちの一つに、スペシャル番組の大きな改革というのがあった。そこでTBSが打ち出したのは、「4時間番組」という新たなコンセプト=アイデアだった。 テレビのスペシャル番組というのは、これまでは2時間が一つの単位であった。通常は、7時から9時までの枠と、9時から11時までの枠というふうに、この時間を2つの2時間番組枠ととらえていた。そうしてこの7時から11時までを横断する

    popolonlon3965
    popolonlon3965 2008/11/04
    感謝祭は初めの頃しか見てなかったなぁ。結局飽きた。/いつだったか亀田戦中継でのダラダラ引き延ばしも、2時間以上待ってくれると踏んでのことだったのだろうか?
  • 戸田恵梨香よりむしろPerfumeの踊りの方がきつい - ハックルベリーに会いに行く

    戸田恵梨香さんの踊りが正直きつい - おれはおまえのパパじゃない という記事があったけれど、ぼくはこの戸田恵梨香のダンスは全然ひどいとは思わない。 むしろパッショナブルな素晴らしいダンスだ。振り付けも踊り子の良さをよく引き出している。CM全体の雰囲気は確かにアナクロだが、それもまたそこはかとない味となっている。 このダンスは当に価値のあるものだ。よく見れば分かるんだけど、始まってすぐの、手を振り上げて降ろしてくる瞬間のところで、それまで無表情だったのが、口がパカッと開いて花が咲いたような笑顔に変わっている。こういうのがセンスなんだよね。こういうのが見る者に力強く訴えかけるんだ。もちろんコレオグラファーの指導かも知れないけれど、これはやれと言われてそう簡単にできるものじゃない。これをできること自体、彼女にセンスがあるという証拠だ。 それから、右腕を閉じた時に少し俯き、開いた時にまた顔がパッ

    popolonlon3965
    popolonlon3965 2008/09/08
    戸田恵梨香のCM、初めて見たけど私には何の違和感も無かった。/PerfumeにこのCMみたいなことさせたらどうなるかってのはまだ誰もやってないので、結論はまだ早いんじゃないだろうか。/私はどっちも好きですよ。
  • 子供に「どうして人を殺してはいけないの?」と尋ねられた時の母の答 - ハックルベリーに会いに行く

    母の教え「殺したっていいのよ。人に迷惑をかけなければね」

    popolonlon3965
    popolonlon3965 2008/06/27
    殺される人に迷惑がかからない状況ってほとんど無いよね。
  • 1