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  • 水玉消防団ヒストリー第15回 1985年『満天に赤い花びら』、天鼓メールス・フェスティバル|K&Bパブリッシャーズ

    取材・文◎吉岡洋美 協力◎松永もうこ 2ndアルバム『満天に赤い花びら』 演奏も活動も「自分たちのやり方でしかできない」(カムラ)し、「あくまでも自分たちの面白いこと」(天鼓)を重ね続け、必然的に大手レコード会社からのリリース話を断った水玉消防団は、’84年秋、自身のレーベル「筋肉美女レコード」からリリースする新アルバム制作に入る。翌’85年3月、『満天に赤い花びら』のタイトルで発表されたこのセカンド・アルバムは難産の末に完成したという。 カムラ「セカンドは本当に産みの苦しみだった。1枚目と違って立派なスタジオも借りて、サウンド・クラフトにレコーディング、ミキシングをやってもらったんだけど、荒削りでも1枚目にあったライブ感、ドライヴ感がどうしても出なくて、ミキシングを何回もやり直してもらったんだよね」 天鼓「それでも結局、私がミキシングにどうも納得いかなくて、プロデュースを別に頼み直したん

      水玉消防団ヒストリー第15回 1985年『満天に赤い花びら』、天鼓メールス・フェスティバル|K&Bパブリッシャーズ
    • NAPALM DEATHとINDUSTRIAL MUSICの関係性|MIASMA ZINE

      序文 EXTREME MUSICはお好きだろうか。ならば書を捨て街に出よ。そしてクラブで硬く冷たい死の香りのするノイズに身を任せるのだ—————。 事の起こりは1981年英国バーミンガムであった。CRASSに触発されANARCHO PUNKバンドとして始動したNAPALM DEATHは数多の国内外の名バンドのメンバー巻き込みながら後にCRUST~GRINDCORE~DEATHMETALと、また94年作FEAR,EMPTINESS,DESPAIRからはSOUNDGARDENやHELMETといったオルタナ(好きな表現ではないがあえて使わせて頂く)に影響を受けてジャンルを変遷していった。 NAPALM DEATHの音楽性が変遷していく中、理由は様々であれども脱退したメンバーは新たにバンドを始動しEXTREME MUSICの歴史に名を残してきた。ジムホワイトリーはRIPCORD、NAPALM DE

        NAPALM DEATHとINDUSTRIAL MUSICの関係性|MIASMA ZINE
      • 伝説復活、80年代に駆け抜けたハードコアバンドたちにフォーカスした『関西ハードコア』刊行 | SPICE - エンタメ特化型情報メディア スパイス

        1980年代にさしかかろうとしていた時代に突如として生まれたパンクムーブメント。このシーンの中でとくに異様なまでに独特な雰囲気を放っていたのが関西ハードコア、4月30日に発売となる本誌『関西ハードコア』はそんな80年代を駆け抜けたハードコアバンドたちにフォーカスして、当時起きた関西ハードコアシーンを深く掘り下げる。 ライターにはハードコアバンドのFORWARD / DEATH SIDEでも活躍しているISHIYA、インタビュアーには当時の関西シーンから現在まで活躍しているRAPESのSHINTANIを迎えて、世に出ることがなかったであろうエピソードや秘蔵写真が盛りだくさんの内容となっている。 収録 WESTERN HARDCORE / Cherry & Shintani / SxOxB / Nightmare / OUTO / M.O.B.S / K-YAN / CHARMY & PON

          伝説復活、80年代に駆け抜けたハードコアバンドたちにフォーカスした『関西ハードコア』刊行 | SPICE - エンタメ特化型情報メディア スパイス
        • 水玉消防団ヒストリー第8回 1980年1月 新宿ロフト|K&Bパブリッシャーズ

          取材・文◎吉岡洋美 協力◎地引雄一 女性パンクバンドとの邂逅 楽器未経験のバンド結成から約2ヶ月足らずで初ライブ、1年も経ずして野外フェスに参加。カムラ曰く「無知蒙昧、傍迷惑をものともせず」、天鼓曰く「今さらながら、その厚かましさに脱帽、脱力」するほど、何の躊躇も迷いもなく突き進む水玉消防団。そのパワーは身内以外の耳にも止まり、79年末のある日、パンク・ミニコミ誌「CHANGE2000」の編集長、チホこと小嶋さちほのJORA訪問を受ける。 丁度、東京のライブシーンでは同年の夏、東京、名古屋、関西のパンク、ニューウェイヴの24バンドが登場する6日間連続のライブイベント「DRIVE TO 80s」*が新宿ロフトで開催され、連日満員の大成功をおさめていた。前年に東京ロッカーズらが起こしたストリート・ライブシーンが、より大きなうねりになっていたときである。 こうした流れのなかで水玉消防団は、チホか

            水玉消防団ヒストリー第8回 1980年1月 新宿ロフト|K&Bパブリッシャーズ
          • パンクと映画、演劇衣装。名バイプレイヤー・松重豊のファッション遍歴| メルカリマガジン - 好きなものと生きていく

            好きなものと生きていく#42 映画、ドラマ、舞台、CMと幅広く活躍する俳優の松重豊さん。ラジオ番組『深夜の音楽食堂』(FMヨコハマ)ではゲストを招いてディープなトークを繰り広げるなど音楽への造詣も深い松重さんですが、その原点には高校生時代にリアルタイムで経験したパンク・ムーブメントがあります。 イギリス・ロンドンで生まれたパンクが、松重さんのファッションや生き方に与えた影響とは? スタイルの遍歴や今挑戦してみたいファッションについても伺いました。 (執筆/小川智宏、撮影/西田香織、スタイリスト/増井芳江、ヘアメイク/林裕子、編集/メルカリマガジン編集部) ――松重さんが最初にファッションに興味を持たれたのはいつ頃でしたか? 中学高校の頃、僕らの時代はみんな制服のズボンは太いのを履く時代だったんですね。ボンタンっていう。それがものすごく自分の中で嫌だったんです。 田舎は福岡だったんですけど、

              パンクと映画、演劇衣装。名バイプレイヤー・松重豊のファッション遍歴| メルカリマガジン - 好きなものと生きていく
            • GASTUNKのボーカリスト・BAKIが脱退、バンドは活動を継続(コメントあり)

              8月中旬にGASTUNKは、12月4日に京都・磔磔で開催予定だった怒髪天とのツーマンライブへの出演をキャンセルすることをアナウンス。3カ月以上先のライブ出演がキャンセルになったことにGASTUNKファンは状況をつかめないままでいた。本日のBAKIの脱退発表に合わせて、代表であるBABY(B)とバンド一同がコメントを発表。「突然ではありますが、VoのBAKIより脱退の申し出がありました。BAKIの決めた事なので、今後のBAKIを応援してあげて下さい。GASTUNKは今後BABY、TATSU、KEIの3人で活動を継続して参ります」と述べつつ、メンバー脱退を理由に未発表分を含む4公演への出演をキャンセルしたことを明かしている。 GASTUNKは1983年に結成されたロックバンド。1988年に解散するも1999年以降、一時的な再結成を複数回経て、2017年に本格的な再始動を果たす。2019年には1

                GASTUNKのボーカリスト・BAKIが脱退、バンドは活動を継続(コメントあり)
              • リンダ・リンダズが語る「成長するってこと」 パンクと多様性、愛する音楽との繋がり | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

                2022年春に1stアルバム『Growing Up』を発表し、SUMMER SONIC 2022で初来日を果たして以降もリンダ・リンダズ(The Linda Lindas)は(学業にも追われながら)精力的に活動を続けてきた。 まずは2022年末にクリスマス・ソングの「Groovy Xmas」をリリース。2023年は「Too Many Things」「Resolution/Revolution」と2つの新曲をリリースしつつ、レイ・チャールズのバージョンが有名な「Drown In My Own Tears」や、ミュージック・エクスプロージョンのバージョンが有名な「Little Bit 'O Soul」といった気の利いたカバー曲もリリース。ゴーゴーズの「Our Lips Are Sealed」とバングルスの「Manic Monday」のコピーから始まったというリンダ・リンダズのカバー・バンドとし

                  リンダ・リンダズが語る「成長するってこと」 パンクと多様性、愛する音楽との繋がり | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
                • 「パンクとは単なる反逆ではなく自由であること」──74歳の吟遊詩人、パティ・スミス。【世界を変えた現役シニアイノベーター】

                  「もう若いころのエネルギーや、怖いもの知らずの蛮勇は持ち合わせていないけれど、ステージに立っているときに失礼なヤジを飛ばされたら、きっちりやり返す。パンクのスピリットはいつも私の中にあるんです」 言わずとしれた70年代ニューヨークのカウンターカルチャーの女王、パティ・スミスは、2020年8月、イギリスの月刊誌『アンカット』にそう語った。60年代末に無一文で故郷のニュージャージーからマンハッタンに移り住み、書店員として働きながら、写真家ロバート・メイプルソープや劇作家のサム・シェパードをはじめ同世代の才能と出会い、やがて自らも詩人、シンガーとして独自の芸術を築き始める。当時パートナーであったメイプルソープがカバー写真を撮影したアルバム『ホーセス』(1975)でブレイク後は、ポエジーとロックンロールを融合させた唯一無二のスタイルで「パンクの桂冠詩人」とも呼ばれ、U2のボノからマドンナ、ソニック

                    「パンクとは単なる反逆ではなく自由であること」──74歳の吟遊詩人、パティ・スミス。【世界を変えた現役シニアイノベーター】
                  • The Stalin | ele-king

                    70年代にJamやHEAVENといった雑誌をサポートしていた群雄社という出版社があり(84年に倒産。ニューアカで有名な冬樹社が表なら、こちらが仮に裏とでも思って下さい)、そこで出版部長を務めていたYさんから「ミチロウがテクノに興味を持っていて、彼のスタッフから連絡が行くと思う。電話があったら相談にのってあげてくれ」と言われたことがある。ラフィン・ノーズのYOSU-KOとPONがCOW COWというハウス・ユニットを始めた頃で、パンクからハウスへの変化は必然だったと彼らから聞いていたこともあり、ミチロウがテクノというのもありえない話でもないのかなとは思ったものの、結局、スタッフから電話がかかってくることはなく、次の年にはテクノどころか「遠藤ミチロウがギター一本で全国ツアー」みたいな告知文を目にすることとなった。ザがつかないスターリン解散直後のことで、ミチロウが次に何をやろうか迷っていたなかに

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                    • 「烈波壊虐音群突入911」再び、G.I.S.M.の貴重映像集めた映画ついにソフト化

                      「烈波壊虐音群突入911」は横山SAKEVI(Vo)が原案および主演を務めた「GEOTROPISM」をはじめ、オーディエンスに大きな衝撃を与えた「エッグプラント ラストライブ」、リハーサルスタジオで演奏する様子を収めた初公開映像など、ライブ映像を中心に複数の素材を約1時間にまとめた作品。G.I.S.M.の公式映像作品を長年にわたって手がけてきた、安田潤司が監督を務めた。 本作は2018年9月11日に東京・立川シネマシティにて一夜限定で公開。以降上映が行われなかったが、6年の時を経てソフト化が実現した。

                        「烈波壊虐音群突入911」再び、G.I.S.M.の貴重映像集めた映画ついにソフト化
                      • 水玉消防団ヒストリー第13回 1981年 全国ツアー、すぺーすJORA閉店|K&Bパブリッシャーズ

                        取材・文◎吉岡洋美 協力◎地引雄一 ハイエースに機材を積み、26箇所のライブツアー ‘81年5月、1stアルバム『乙女の祈りはダッダッダッ!』を自分たちのレーベル「筋肉美女レコード」からリリースした水玉消防団。これと同時に、バンドはレコ発ツアーを行う。彼女たちのツアーは、毎回、機材を積み込んだ白いハイエースにメンバーたちが乗り込み、運転も自分たちで行う。そうして各地のライブハウスをまわる。 天鼓「と言うか、運転してたのは結局、免許と一番体力のある私(笑)。あとは可夜さんが時々。その頃はナビがないから地図を見ながら、メンバーともう1人マネジャー役の女性の6人でトヨタのハイエースに乗ってね。全員があまりにぐっすり寝てるのを見るとちょっとイラッとして運転席から『起きろー!』みたいな(笑)。‘81年のツアーは、割とLPが売れちゃってたから、その余波で色々な地方から声がかかったり、大きなフェスティバ

                          水玉消防団ヒストリー第13回 1981年 全国ツアー、すぺーすJORA閉店|K&Bパブリッシャーズ
                        • EVERYONE HAS THEIR PRICE――シチュアシオニストからパンク/ポストパンクへ 文:佐藤守弘(視覚文化研究)|Column|AMeeT

                          AMeeTは、一般財団法人NISSHA財団が運営しています。 © 2009 Nissha Foundation. All Rights Reserved.

                            EVERYONE HAS THEIR PRICE――シチュアシオニストからパンク/ポストパンクへ 文:佐藤守弘(視覚文化研究)|Column|AMeeT
                          • くっきー!や小峠が登場 パンクバンド・The Swanky'sの映画、予告編公開(動画あり)

                            瀬下黄太が監督を務める「バカ共相手のボランティアさ」は、1981年に福岡で誕生したThe Swanky'sの結成から解散、21世紀に入ってからの再活動、そして現在の彼らを記録した作品。綾小路翔(氣志團)、TOSHI-LOW(BRAHMAN、OAU)、ミハラヤスヒロといった面々も参加し、The Swanky'sについて証言する。予告編にはくっきー!や小峠がThe Swanky'sの思い出を語るシーンが収められた。 LOODS(The Swanky’s) コメントメンバーたちとの出会い、バンドの結成、初のスタジオレコーディング、GAIへの改名、解散、再結成...…。長期インタビューの中で語るうち、なんだかとても懐かしくなってきた。この映画からは、80年代の博多パンクロックと俺たちのエキサイティングな息遣いが伝わってくる! 「バカ共相手のボランティアさ」予告編

                              くっきー!や小峠が登場 パンクバンド・The Swanky'sの映画、予告編公開(動画あり)
                            • セックス・ピストルズ「最後のライブ」から振り返る、パンクという夢の終わり | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

                              セックス・ピストルズ、ラスト・ライブの模様(Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images) 1978年1月14日に開催された、セックス・ピストルズのラスト・ライブを振り返る。空回りするステージ。「騙された気分はどうだい?」と言い放ったジョニー・ロットン。バンドが終焉を迎えるまでの過程を、当日のライブ映像を交えながら、音楽評論家の小野島大に解説してもらった。 ロック史上最大級のスキャンダルにまみれたバンドのひとつであり、パンク・ロックという概念を確立・普及させた最大の功労者でもあるセックス・ピストルズ。彼らの登場は英国のみならず世界のロックの歴史を塗り替え、ロック・ファンの意識を大きく変えた。彼らによって人生を変えられたファンは世界中に数多く存在する。ピストルズ以前/以降で、世界の様相は一変したのである。 だがそのように世界を変えた彼らの実質的な活動

                                セックス・ピストルズ「最後のライブ」から振り返る、パンクという夢の終わり | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
                              • ISHIYA × TOSHI-LOWが語る、ハードコアパンクのつながり 「本当はみんな、自分の心の中にある大事なものでつながりたい」

                                ISHIYA × TOSHI-LOWが語る、ハードコアパンクのつながり 「本当はみんな、自分の心の中にある大事なものでつながりたい」 『ISHIYA私観 ジャパニーズ・ハードコア30年史』(blueprint) FORWARD/DEATH SIDEのボーカリスト・ISHIYAの著作『ISHIYA私観 ジャパニーズ・ハードコア30年史』が、1月10日の発売以降、各所で話題を呼んでいる。重版を記念して、過日に掲載した後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)によるレビューに続き、今回は著者ISHIYAと本書の帯コメントを書いたTOSHI-LOW(BRAHMAN/OAU)の対談記事を掲載。さらに、同書の特設サイトも公開した。 TOSHI-LOWはハードコアシーンをどのように見つめ、ISHIYAにどんな影響を受けてきたのか。また、本書を通じてなにを感じたのか。ビールを酌み交わしな

                                  ISHIYA × TOSHI-LOWが語る、ハードコアパンクのつながり 「本当はみんな、自分の心の中にある大事なものでつながりたい」
                                • 西村 明 (SMASHWEST.COM の投稿者)

                                  実録 関西パンク反逆の軌跡 Vol.21 Akira Nishimura 西村 INU「メシ喰うな!」のリマスターLPが10月4日にアメリカのMesh-Key recordsからリリースされました。 […]

                                    西村 明 (SMASHWEST.COM の投稿者)
                                  • J・リード氏死去 英アーティスト、「セックス・ピストルズ」のアルバムをデザイン

                                    ジェイミー・リード氏(英グラフィックアーティスト)英メディアによると8日死去、76歳。死因は明らかになっていない。英パンクバンド「セックス・ピストルズ」のアルバムデザインを手がけた。 1947年、ロンドン生まれ。アートスクールで学んでいた際、後にセックス・ピストルズのマネジャーとなるマルコム・マクラーレン氏に出会い、ポスターなどのデザインを担うようになった。シングル「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」のジャケットは、エリザベス英女王(昨年9月死去)の目と口を隠したデザインで、パンク時代の象徴とされた。プロモーションの中には、女王の唇に安全ピンが刺さった作品もある。(共同)

                                      J・リード氏死去 英アーティスト、「セックス・ピストルズ」のアルバムをデザイン
                                    • 【公式】ザ・ブルーハーツ「リンダ リンダ」【1stシングル(1987/5/1)】THE BLUE HEARTS / Linda Linda

                                        【公式】ザ・ブルーハーツ「リンダ リンダ」【1stシングル(1987/5/1)】THE BLUE HEARTS / Linda Linda
                                      • 赤痢 | ele-king

                                        文:水越真紀 久しぶりに赤痢を聴いて思うのは、なんと楽しいバンドなのかということだ。ドラムとベースの、乗るものを決してうらぎらないおもったい確かさの上で好きなように不機嫌になり、照れ、言葉を駆使し、頭を痺れさせる赤痢の楽しさったらない。赤痢が何度も何度も発売され続けるのは、このリズム隊の心地よさと歌詞の古びなさのためだろう。 ユーモアと切なさに満ちた歌詞はほとんど1分から2分という短い一曲でも同じフレーズの繰り返しが多い。つまり言葉を尽くして、言葉を駆使してストーリーや心情を語ったり、描写をするのではなく、ときには、あるいは多くは、メロディやサウンドに呼び覚まされたたとえば「死体こぼれ死体こぼれ」(“ベリー・グウ”)のような唐突な、「音」優先のフレーズは、それでも何かのイメージを映しながら、身体と心を揺さぶる。 「うまいよこれほら食べてみて 愛してやまない理由がある 笑えない口で、はい、ど

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                                        • V・ウエストウッドさんが死去、81歳 英ファッションデザイナー:朝日新聞デジタル

                                          英国のファッションデザイナー、ヴィヴィアン・ウエストウッドさんが29日、ロンドンで死去した。81歳だった。ウエストウッドさんのブランドの公式ツイッターが同日、発表した。「家族に囲まれて安らかに亡くなった」と記した。 1941年、イングランド中部ダービーシャー生まれ。英公共放送BBCによると、70年代にパンクやニューウェーブといった当時の先駆的なファッションで注目を浴びた。 パートナーの故マルコム・マ…

                                            V・ウエストウッドさんが死去、81歳 英ファッションデザイナー:朝日新聞デジタル
                                          • 水玉消防団ヒストリー最終回 天鼓1988年—現在 |K&Bパブリッシャーズ

                                            取材・文◎吉岡洋美 水玉消防団活動休止後、ヴォイス・パフォーマーとしてヨーロッパはじめ海外でのライブ活動が多くなっていった天鼓。常に自分の直感と興味にブレることなく歩み続け、表現の可能性を広げてきた彼女だが、連載最終回は天鼓の水玉消防団休止以降から、ここ最近目を見張るほどライブ活動を行っている現在までを話してもらった。 日本の即興ミュージシャンたちの台頭 ——‘88年に水玉消防団が活動休止になった頃は、子育てと海外ツアーで多忙を極めていたと話されていました。 天鼓「その頃はヨーロッパのツアーでNYのメンバーばかりとライブしていて、NYに行ったら行ったで、たまたま出くわす友人のミュージシャンに『テンコ、NYに来てるんだったら明日レコーディングするから、ちょっと1曲やってくれ』とか、そんなのはお互いしょっちゅう。そうした、ちょっとだけ参加している作品も私には結構あるんですね。皆、いいものを作り

                                              水玉消防団ヒストリー最終回 天鼓1988年—現在 |K&Bパブリッシャーズ
                                            • Hi-STANDARD ドラマー オーディション

                                              こんにちわ、Hi-STANDARD の横山です。 ナンちゃんといろいろ考えた末に...... 我々 Hi-STANDARD はドラマーを公募いたします! 「オーディション」を開催します! なんと「ハイスタがメンバー募集」です!! このオーディションで次の Hi-STANDARD の ドラマーが見つかるのかどうかはわかりません。 でもチャレンジさせてください! ボク達の周りに、 実は立候補してくれている人もいるんですが...... ナンちゃんが「どうしてもやってみたい、 こんなことはこのタイミングでしかできない」 って言うんですよ。 「まだ見ぬ猛者に出会いたい」って!www それはボクも同意します!! 当然ボク達と新曲も作っていくわけですから、 ドラムのコピーだけ上手でも困ります。 一緒に楽曲制作できる方、ドラムアレンジができる方 に限らせていただきます。 「自分が入って次のハイスタを作って

                                                Hi-STANDARD ドラマー オーディション
                                              • センチメンタル・バス「Sunny Day Sunday」OFFICIAL MUSIC VIDEO

                                                「Sunny Day Sunday」楽曲配信はこちら https://aldelight.lnk.to/SunnyDaySunday 「Sunny Day Sunday」 1999年8月4日発売 作詞:赤羽奈津代/作曲:鈴木秋則/編曲:センチメンタル・バス、ホッピー神山 39度のとろけそうな日 炎天下の夢 Play Ball! Play Game! 「せーの」で走り出す デートならデーゲーム 遊びたい年頃なんて訳じゃないけど 君の笑顔はいつの日も 小麦色した球児みたい 豪快なため息で 苛立つ汗を拭いながら 芝生の上を転がるボール ただ目で追うよ Sunny Day Sunday いつもの日曜日 君をただ見つめてる ゲームの行方よりずっと君が気になる はたから見れば子供すぎて 馬鹿げた二人かもなぁ でもね、えっとねえ、うまく言えないけど… しあわせだ!! 大切な休日を君に使おう

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                                                • 「反戦平和×パンクの精神」伝える コザゲート通りで無料のDIY路上パンクフェス!  国内外13バンドが出演 | 沖縄エンタメDEEP | 沖縄タイムス+プラス

                                                  モヒカン野郎や鋲(びょう)入り革ジャンなど、これでもかとパンクスが集い、地域の人たちも交えて盛り上がる。沖縄の軍事基地やパレスチナ・ガザ地区についての会場展示は「反戦平和」の精神をひしひしと訴えかけるー。 3月23日。沖縄市のコザゲート通りの一部を歩行者天国状態にし、無料で参加できるDIYの路上パンクフェスティバルが行われた。その名も「AFTER LAND」。県外はもちろん、台湾からもパンクバンドが参加し、計13組が出演。県内外から約20店が出店した。 準備期間はなんとたった2カ月間。中心運営メンバーの一人であり、バンド「アルカシルカ」のボーカルUは言う。音楽を通した交流で、横のつながりを強めて「遠い場所を少しだけ身近に感じてほしい」。開催への思いをインタビューした。(ライター・長濱良起) 一口メモ:パンク文化とDIY パンクロックは1970年代に生まれた音楽ジャンルで、激しい演奏、シンプ

                                                    「反戦平和×パンクの精神」伝える コザゲート通りで無料のDIY路上パンクフェス!  国内外13バンドが出演 | 沖縄エンタメDEEP | 沖縄タイムス+プラス
                                                  • Otoboke Beaver: Tiny Desk Concert

                                                    Lars Gotrich | May 10, 2024 Mannie Fresh bum rushed the crowd and mugged for the camera. Soul Glo's Pierce Jordan stunted on office furniture. Moses Sumney played our window-side piano. Some moments were staged and others spontaneous, but sometimes an artist just needs to "break the frame" of Tiny Desk. Case in point: Our puny shelves and cluttered junk could not contain Otoboke Beaver's Yoyoyoshi

                                                      Otoboke Beaver: Tiny Desk Concert
                                                    • THE STALIN「trash」のこと - WASTE OF POPS 80s-90s

                                                      買うわけですよ、おっさんだから。ディスクユニオンで。 THE STALINの再発アルバム「trash」が7月5日(日)付のオリコンCDアルバムチャートの1位になったのを見て笑った。 1981年、まだ日本では「インディーズ」という言葉も使われていなかった頃の「自主制作」盤。これの再発盤がデイリーとはいえ1位になった理由にはいくつかあるわけです。 遠藤ミチロウの活動での初のオリジナル・アルバムにして、1981年のオリジナル・リリースとその直後の追加プレスの約3,000枚以外今に至るまで正規の再リリースがなかったこと 歌詞等の内容が内容なので、ストリーミングには解禁されず、CDのみでのリリースであったこと 再リリース日は7月1日ですが、そもそもCD販売に力を入れるミュージシャンももう多くなく、現状でCDでアルバムを買う層はそのミュージシャンの熱烈なファンが多くその販売数がフラゲ日に偏る一方、TH

                                                        THE STALIN「trash」のこと - WASTE OF POPS 80s-90s
                                                      • 僕たちは、ニューロティカに育てられちゃった芸人です。ハチミツ二郎、小峠英二、まちゃまちゃwithアツシ「武道館大丈夫?座談会」 - QJWeb クイック・ジャパン ウェブ

                                                        ニューロティカ ふざけたピエロメイクのおじさんがいますが、今年で結成37年目の超ベテラン・パンクバンド。80~90年代のバンドブームからスカパンクブーム、日本語青春パンクブームなどに次々と乗っかってサバイブしてきたレジェンド。2022年1月3日に初の日本武道館ライブを控えている。 カブキロックスと一緒にしてはほしくなかったけど…… ──皆さん、中学生ぐらいでバンドブームにガッツリ直撃した世代ですよね? まちゃまちゃ(以下、まちゃ) ウチは千葉の田舎でヤンキーが多いせいか、みんなBOØWY聴いていた印象があって。BOØWY解散前後(1988年)から、バンドというものがメジャーになっていきましたよね。 小峠英二(以下、小峠) あのころ、BOØWYとTHE BLUE HEARTSは全員聴いてたんじゃないかな。 ハチミツ二郎(以下、二郎) カセットテープでね。そしてやっぱり『三宅裕司のいかすバンド

                                                          僕たちは、ニューロティカに育てられちゃった芸人です。ハチミツ二郎、小峠英二、まちゃまちゃwithアツシ「武道館大丈夫?座談会」 - QJWeb クイック・ジャパン ウェブ
                                                        • 実録 関西パンク反逆の軌跡 第1回 - SMASHWEST.COM

                                                          実録 関西パンク反逆の軌跡 第1回 2021.01.01 COLUMN FROM VISITOR 初めまして。関西パンク史家の西村明と申します。私は雑誌DOLLにこのコラムと同名の連載を持っていました。関西パンク・ムーブメントの当事者にインタビューする内容でした。ところが同誌は2009年8月号で廃刊。新しい発表場所が見つからないまま11年が過ぎました。此度スマッシュウエストの南部裕一ボスのご厚意で企画が復活する事に。感謝の気持を込めて初回は南部氏との出会いを書いてみます。 1979年、私はスーパーミルク(写真 1979年京都大学11月祭 軽音茶屋にて)というパンク/NWバンドのベーシストだった。バンドは京都大学軽音楽部に所属していて西部講堂に向かって右側にあった部室で週に2回6時間は練習していた。部室は木造で音は外に漏れ放題だった。 10月のある日、私達が練習しているとアーミー・ジャケット

                                                            実録 関西パンク反逆の軌跡 第1回 - SMASHWEST.COM
                                                          • Sex Pistols - God Save The Queen Revisited

                                                            To celebrate this year’s Platinum Jubilee, the new video Sex Pistols God save the Queen combines footage from the performance video shot by Julien Temple at the marquee in May 1977, with footage of the Thames river boat party on the Silver Jubilee day in June that same year. 45 years later and coinciding with the worldwide launch of the TV series ‘Pistol’ it features exclusive footage of some of

                                                              Sex Pistols - God Save The Queen Revisited
                                                            • 香村かをり(Hyang) on X: "G.I.S.M.の横山茂久くんが亡くなったと聞いた。 ギズムができる前からの友だちで、ドラマーが決まらない時にG.I.S.M.で叩いた時もあった(1980.11.28日大文理gig)。次の新宿ロフトでギズムを辞めた。その辺のことを改めて書いてみようと思ってたのに😱 R.I.P. 写真は日大文理gig #GISM #横山Sakevi https://t.co/my26F5qhzp"

                                                              • Otoboke Beaver - I Am Not Maternal (Glastonbury 2024)

                                                                Warning: Contains flashing images Otoboke Beaver perform I Am Not Maternal at Glastonbury 2024. Watch more highlights on BBC iPlayer: https://www.bbc.co.uk/iplayer/episodes/b007r6vx/glastonbury Listen to sets and highlights on BBC Sounds: https://bbc.co.uk/sounds/brand/p0j3v0wz

                                                                  Otoboke Beaver - I Am Not Maternal (Glastonbury 2024)
                                                                • 1978年からの国内パンクロックのチラシが1冊に!アンダーグラウンドの歴史を辿る日本初のチラシ本発売

                                                                  1978年からの国内パンクロックのチラシが1冊に!アンダーグラウンドの歴史を辿る日本初のチラシ本発売 2022年3月31日 20:18 1042 81 音楽ナタリー編集部 × 1042 この記事に関するナタリー公式アカウントの投稿が、SNS上でシェア / いいねされた数の合計です。 263 546 233 シェア

                                                                    1978年からの国内パンクロックのチラシが1冊に!アンダーグラウンドの歴史を辿る日本初のチラシ本発売
                                                                  • ザ・クラッシュ『Combat Rock』40年目の再検証 崩壊寸前だったバンドの進化に迫る | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

                                                                    2022年はザ・クラッシュのデビュー45周年、初来日40周年、そしてジョー・ストラマーの没後20年。そんな節目のタイミングで、黄金期メンバーによるラスト・アルバムの40周年記念スペシャルエディション『Combat Rock / The People’s Hall』が5月25日に日本盤リリースされる。新しい世代からも再発見されてきた本作の意義、今回のリイシューにおける聞きどころを、荒野政寿(「クロスビート」元編集長/シンコーミュージック書籍編集部)に解説してもらった。 ザ・クラッシュが1982年5月にリリースした通算5作目のアルバム『Combat Rock』は、彼らにとってアメリカで最も売れたシングル「Rock The Casbah」(全米8位)を収録、アルバム・チャートでも英2位、米7位を記録した大ヒット作。しかしトッパー・ヒードン(Dr)、ミック・ジョーンズ(Gt, Vo)在籍時最後のア

                                                                      ザ・クラッシュ『Combat Rock』40年目の再検証 崩壊寸前だったバンドの進化に迫る | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
                                                                    • 4:プロトパンクの「傑物」たち——『教養としてのパンク・ロック』第25回 by 川崎大助|光文社新書

                                                                      第3章:パンク・ロックの「ルーツ」と「レシピ」とは?4:プロトパンクの「傑物」たちヴェルヴェット・アンダーグラウンド プロトパンクの「プロト(Proto-)」とは、「初期のもの」という意味だ。だから試作品や原型という意味の「プロトタイプ(Prototype)」同様、パンク・ロックとして世に認知される前の段階にあった「パンクの直接的なご先祖様」がプロトパンクとなる。この「プロト」の流れのなかで、「これぞ」と呼ぶべき大物を、いくつかご紹介したい。順番として、まずは「最も古い」アーティストというと――。 パンク・ロックの「直系のご先祖様」の出発点は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドだということになっている。1964年にニューヨークで結成され、アンディ・ウォーホルに「発掘」された彼らは、言うなれば「闇の帝王」みたいな存在だ。エルヴィス、ビートルズ、そこからたとえばレッド・ツェッペリン、アメリカな

                                                                        4:プロトパンクの「傑物」たち——『教養としてのパンク・ロック』第25回 by 川崎大助|光文社新書
                                                                      • マンチェスターの音楽シーンに火をつけたセックス・ピストルズの歴史的ライヴ 参加したピーター・フックが当時を語る - amass

                                                                        史上最も影響力のあるライヴのひとつと言われている、セックス・ピストルズ(Sex Pistols)が1976年6月4日にマンチェスターで行ったコンサート。マンチェスターの音楽シーンに火をつけたこのライヴには、後にバズコックス(Buzzcocks)、ジョイ・ディヴィジョン(Joy Division)/ニュー・オーダー(New Order)、ザ・スミス(The Smiths)、ザ・フォール(The Fall)のメンバーとなる人物や、ファクトリー・レコードを設立したトニー・ウィルソン(Tony Wilson)も参加していました。 参加していたピーター・フック(Peter Hook)とバーナード・サムナー(Bernard Sumner)は、ピストルズのパフォーマンスに衝撃を受け、すぐに自分たちもバンドを結成することを決意。イアン・カーティスらと共にジョイ・ディヴィジョン(Joy Division)を

                                                                          マンチェスターの音楽シーンに火をつけたセックス・ピストルズの歴史的ライヴ 参加したピーター・フックが当時を語る - amass
                                                                        • セックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!』全曲解説(前編) ・・・パンクの思想の元になっているのはフランスの状況主義という思想

                                                                          セックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!』全曲解説(前編) ・・・パンクの思想の元になっているのはフランスの状況主義という思想 2019年11月17日 17時01分 カテゴリ: 全曲解説 タグ : Sex Pistols ギャング・オブ・フォーの『エンターテイメント』の全曲解説をやったので、このアルバムに一番影響を与えたであろうセックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!』の全曲解説をやります。 現在の音楽、ヤング・カルチャーに、今も一番影響を与えているアルバムです。音楽というより思想、アティチュードの基本になっているものです。 邦題はジャン・リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』と同じタイトルで、ピストルズにヌーヴェルヴァーグの代表作の名前をつけるなんて、彼らの本質がよく分かっておられる。 今は、パンク=ガサツでうるさい、頭悪そうというイメージがあるかもしれませんが、実はパンクってフレンチな

                                                                            セックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!』全曲解説(前編) ・・・パンクの思想の元になっているのはフランスの状況主義という思想
                                                                          • ずっと不安定なミャンマーで。10代から14年間続けたパンクバンド、クーデター後の会話と発信【XVoices—今日それぞれのリアル】 | HEAPS

                                                                            半世紀にわたる軍事政権を経て、2015年、民主化運動の活動家アウンサンスーチー氏が率いる与党・国民民主連盟(NLD)*が勝利し、多くが民主化への希望をもったが、数ヶ月前のクーデターにより国軍が政権を掌握、軍による市民への弾圧で犠牲者は増えている。 一方で、クーデター後のミャンマーの民主化運動では、香港などアジアでおこっている一連の民主化運動に合流しながら、若者世代を中心にしたソーシャルメディアでの活動やアートピースを用いた主張などがさかんにおこなわれている。 一度、HEAPSが別の記事のために取材していたミャンマーのパンクバンド「The Rebel Riot(ザ・レベル・ライオット)」も、誰よりもミャンマーの民主化や自由を願い活動を続けた一人で、今回のクーデターでも積極的に声を上げている。 バンド結成は、2007年に発生した反政府デモ運動「サフラン革命**」の直後、旧首都であるヤンゴンにて

                                                                              ずっと不安定なミャンマーで。10代から14年間続けたパンクバンド、クーデター後の会話と発信【XVoices—今日それぞれのリアル】 | HEAPS
                                                                            • ハイスタ、ライブアルバムを突如投下。音に滲む進化の過程を解説 | CINRA

                                                                              2020.04.28 Tue Sponsored by Hi-STANDARD『SOUNDS LIKE SHIT : the story of Hi-STANDARD』『Live at YOKOHAMA ARENA 20181222』 4月22日、Hi-STANDARD(通称:ハイスタ)の全楽曲が主要ストリーミングサービスにて開放された。1990年代からのリスナーはもちろん、2011年の再始動後にハイスタを体験したリスナー、あるいは2016年に再始動後初の作品をリリースして以降にハイスタを知ったリスナーまでーー多くの人が、より一層ハイスタの楽曲へアクセスしやすくなったことに歓喜しただろう。 しかしさらに驚いたのは、そこでもサプライズが用意されていたことだ。全楽曲の配信と同時に、2018年に行われた『THE GIFT EXTRA TOUR 2018』の横浜アリーナ公演が丸ごと収められたライブ

                                                                                ハイスタ、ライブアルバムを突如投下。音に滲む進化の過程を解説 | CINRA
                                                                              • 『ANOTHER JUST ANOTHER』──the原爆オナニーズが語るパンクの歩み、“バンド”と“生活” 第2回

                                                                                1982年に名古屋で結成、日本のパンク黎明期から現在まで活動を続けるthe原爆オナニーズに迫った初のドキュメンタリー映画『JUST ANOTHER』公開にあわせ、先日よりスタートしたバンドのフロントマン、TAYLOWへの全3本立てとなるロング・インタヴュー『ANOTHER JUST ANOTHER』。第2回となる今回は日本のパンク黎明期のエピソードから、“ハードコア”としての根源的な考えなどについてなど、今回も濃厚な内容でお届けします。 第1回はこちら 第1回目のインタヴューでは、今回の映画に入る前などについて触れてきた。第2回目となる今回のインタヴューでは、映画の内容に触れながらも、さらに内容を掘り下げるインタヴューとなっている。the原爆オナニーズが結成された1980年代初期に、世界中の音楽シーンで起きたとしか思えない「何か?」とは? プロとしてではなくバンドを続けるための、仕事とバン

                                                                                  『ANOTHER JUST ANOTHER』──the原爆オナニーズが語るパンクの歩み、“バンド”と“生活” 第2回
                                                                                • GAUZEが解散

                                                                                  昨年7月に13年7カ月ぶりのアルバム「言いたかねえけど目糞鼻糞」をリリースしたGAUZE。突然の解散の理由について「現メンバーになって以来、一人でも脱退したら解散と決めていましたが、この度それが現実となってしまった為」とTwitter公式アカウントで説明している。 GAUZEは1981年に結成されたハードコアパンクバンドで、結成以来ライブイベント「消毒GIG」を主催。日本のハードコアシーンを代表するバンドとして海外のリスナーからも熱狂的な支持を集めており、近年はフグ(Vo)、シン(B)、モモリン(G)、ヒコ(Dr)の4人でライブ活動を行っていた。

                                                                                    GAUZEが解散

                                                                                  新着記事