並び順

ブックマーク数

期間指定

  • から
  • まで

1 - 11 件 / 11件

新着順 人気順

R.I.Pの検索結果1 - 11 件 / 11件

  • R.I.P 鳥山明さん - artfrontworld

    初代アシスタントのひすわし君につぎ、二代目アシスタントをさせていただいたのは40年も前の話なのですが、偉大な漫画家さんのお手伝いをさせていただき光栄でした。 「Dr.SLUMP」の連載が少年ジャンプに掲載された頃、その画力にショックを受け大ファンになりました。 まもなく日本デザイナー学院の友人の伝手で、ご本人に会える事になり数人で自宅に伺いました。 その頃、自分はタミヤ模型の「人形改造コンテスト」で何度か受賞をしていたので、模型好きの鳥山さんから「おーっ!君かよ」って言ってもらい感激しました。 その後、自分ひとりで遊びに行くようになった頃に「田中久志くん(ひすわし)が漫画家デビューで辞めるので、良かったらうちに来てくれないかな」と白羽の矢が立ち、もちろん二つ返事で引き受けました。 クルマ、バイク、映画、模型制作と共通の趣味だったので、仕事以外にも楽しい時間を過ごした事を思いだします。 とに

    • R.I.P. Tadashi Yabe | ele-king

      去る7月25日夜明け前、DJ・プロデューサーの矢部直氏が心筋梗塞のためこの世を去った。周知のように彼は日本のクラブ・ジャズ・シーンを切り拓いたひとりで、その功績はとてつもなく大きい。また、彼は日本で暮らしながらも、その窮屈な制度や慣習に囚われないラディカルな自由人というか、まあとにかく、破天荒な男だった。世界の人間を、なんだかんだと社会のなかで労働しながら生きていける人と、アーティストとしてでなければ生きられない人とに大別するとしたら、彼は明白に後者に属する人だった。青山の〈Blue〉で、あるいは〈Gold〉や〈Yellow〉で、最初期の新宿リキッドルームで、めかし込んだ大勢の若者たちがジャズで踊っていた時代の立役者のひとり、90年代という狂おしいディケイドにおける主要人物のひとりだった。 ともに時代を生きてきたDJがいなくなるのは、とても悲しい。以下、矢部直氏とは違う立場で、日本のクラブ

        R.I.P. Tadashi Yabe | ele-king
      • R.I.P. Damo Suzuki | ele-king

        「今」だけを生ききった旅人 松山晋也 昨日(2024年2月10日)の深夜にダモ鈴木さんの訃報をツイッターで知った時、まっさきに思ったのは、やっぱりダモさんの最新インタヴューもとっておくべきだったな、ということだった。2020年秋に私の編集・監修で出た『カン大全――永遠の未来派』には、本人の回顧録『I Am Damo Suzuki』の紹介記事(崎山和弥)と、セレクテッド・ディスコグラフィ(小柳カヲル)、そして私が96年にやったインタヴュー原稿を掲載したが、総ページ数に制限があったため、最新情報までは載せられなかった。まあ、ガン治療で大変そうだと聞いていた上、インタヴューしても肝心なポイント(言葉)はだいたい予想できるという思いもあったわけだが。 ダモさんには過去4回インタヴューした。「日本でのちゃんとしたインタヴューは初めて」だと言っていた最初の取材はたぶん88年だったと思う。70年代後半か

          R.I.P. Damo Suzuki | ele-king
        • R.I.P. Shane MacGowan | ele-king

          野田努 2002年の日韓ワールドカップのときのことだ。抽選でチケットの買えた試合が、横浜国際総合競技場(現・日産スタジアム)で行われたアイルランド・サウジアラビア戦だった。緑色のユニフォームを着た大勢のアイルランド人たちのほぼひとりひとりが、缶ビール500mlの6缶入りのパックを手にぶら下げて、あるいは、スタジオ周辺の道ばたで試合開始の数時間前から座って飲んでいる。道中にあった立ち食いそば屋も缶ビールを手にしたアイルランド人たちで占拠され、なかばパブと化していた。こうなれば頭のなかはザ・ポーグスだ。このバンドからはいくつかのアイルランド民謡を教えてもらった。“ウイスキー・イン・ザ・ジャー”、それから“アイリッシュ・ローバー”。初めてロンドンを訪れたときは、ソーホーを歩きながら“ソーホーの雨の夜”を思い出した。映画『ストレート・トゥ・ヘル』も忘れられない。ご多分に漏れず、クリスマスには何回も

            R.I.P. Shane MacGowan | ele-king
          • R.I.P. Steve Albini | ele-king

            5月7日、スティーヴ・アルビニが心臓発作で死去。享年61歳。バンド、シェラックの10年ぶりの新作『To All Trains』の発売を今月に控えたあまりにも急で早すぎる死だった。 80年代、学生時代にシカゴでジャーナリズムを学び、ファンジンのライターと並行して最初のバンド、ビッグ・ブラックの活動を開始。リズムマシーンとギター×2、ベースという編成。ドライなマシン・サウンドと金属的でノイジーなギター・サウンドをもってアンダーグラウンド・シーンで頭角を現した。 彼のバンドとしての活動は、ちょうどCDの登場する時期と重なっていた。ジャケットで日本の劇画『レイプマン』の引用がされていることでも知られるアルバム『Songs About Fucking』の裏ジャケットには「The future belongs to the analog loyalists. Fuck digita」(未来はアナログ支

              R.I.P. Steve Albini | ele-king
            • R.I.P. Wayne Kramer(1948 - 2024) | ele-king

              Home > News > RIP > R.I.P. Wayne Kramer(1948 - 2024) - 追悼:ウェイン・クレイマー ぼくの世代でMC5といえば、たとえばザ・KLFの大ヒット曲 “What Time is Love” でサンプリングされた “Kick Out the Jams” の冒頭のMCだったりする。「キック・アウト・ザ・ジャムス、マザーフ**カー!」。もっともこれは、ザ・KLFの前身ザ・JAMsにひっかけた洒落でもあるわけだが、それはそれとて、このフレーズが60年代カウンター・カルチャーのもっとも威勢が良く、もっともぶっ飛んで、もっとも有名な掛け声であることは間違いない。だいたいこれは、音楽史上最初に録音された「マザーフ**カー」であり 「フ**ク」であるという名誉から、リリースからしばらくして問題の部分は「ブラザーズ&シスターズ」に差し替えられている。いまspo

                R.I.P. Wayne Kramer(1948 - 2024) | ele-king
              • TVアニメ『アークナイツ【冬隠帰路/PERISH IN FROST】』ノンクレジットエンディング映像 ver.α / ReoNa「R.I.P.」

                TVアニメ『アークナイツ【冬隠帰路/PERISH IN FROST】』のノンクレジットエンディング映像 ver.αです。 ▼エンディングテーマ「R.I.P.」 歌:ReoNa 作詞:ハヤシケイ(LIVE LAB.) 作編曲:毛蟹(LIVE LAB.) ブラスアレンジ:宮野幸子(SHANGRI-LA INC.) ▼放送情報 【テレビ放送】 テレビ東京  2023年10月6日(金)25:23~ テレビ大阪  2023年10月6日(金)26:10~ BS11     2023年10月8日(日)23:30~ アニマックス 2023年11月4日(土)22:30~ ※放送日時は変更となる場合がございます。 【配信サイト】  2023年10月7日(土)10:00以降、順次配信開始!

                  TVアニメ『アークナイツ【冬隠帰路/PERISH IN FROST】』ノンクレジットエンディング映像 ver.α / ReoNa「R.I.P.」
                • R.I.P. Damo Suzuki | ele-king

                  「今」だけを生ききった旅人 松山晋也 昨日(2024年2月10日)の深夜にダモ鈴木さんの訃報をツイッターで知った時、まっさきに思ったのは、やっぱりダモさんの最新インタヴューもとっておくべきだったな、ということだった。2020年秋に私の編集・監修で出た『カン大全――永遠の未来派』には、本人の回顧録『I Am Damo Suzuki』の紹介記事(崎山和弥)と、セレクテッド・ディスコグラフィ(小柳カヲル)、そして私が96年にやったインタヴュー原稿を掲載したが、総ページ数に制限があったため、最新情報までは載せられなかった。まあ、ガン治療で大変そうだと聞いていた上、インタヴューしても肝心なポイント(言葉)はだいたい予想できるという思いもあったわけだが。 ダモさんには過去4回インタヴューした。「日本でのちゃんとしたインタヴューは初めて」だと言っていた最初の取材はたぶん88年だったと思う。70年代後半か

                    R.I.P. Damo Suzuki | ele-king
                  • R.I.P. Shane MacGowan | ele-king

                    野田努 2002年の日韓ワールドカップのときのことだ。抽選でチケットの買えた試合が、横浜国際総合競技場(現・日産スタジアム)で行われたアイルランド・サウジアラビア戦だった。緑色のユニフォームを着た大勢のアイルランド人たちのほぼひとりひとりが、缶ビール500mlの6缶入りのパックを手にぶら下げて、あるいは、スタジオ周辺の道ばたで試合開始の数時間前から座って飲んでいる。道中にあった立ち食いそば屋も缶ビールを手にしたアイルランド人たちで占拠され、なかばパブと化していた。こうなれば頭のなかはザ・ポーグスだ。このバンドからはいくつかのアイルランド民謡を教えてもらった。“ウイスキー・イン・ザ・ジャー”、それから“アイリッシュ・ローバー”。初めてロンドンを訪れたときは、ソーホーを歩きながら“ソーホーの雨の夜”を思い出した。映画『ストレート・トゥ・ヘル』も忘れられない。ご多分に漏れず、クリスマスには何回も

                      R.I.P. Shane MacGowan | ele-king
                    • R.I.P. Amp Fiddler | ele-king

                      デトロイトが生んだ偉大なミュージシャンのひとり、アンプ・フィドラーことジョセフ・アンソニー・フィドラーの訃報が12月17日に届いた。1958年5月17日デトロイト生まれの享年65才。巨大なアフロ・ヘアとヒゲがトレードマークのキーボード奏者/シンガー/作曲家だが、2022年より原因不明の病に罹って闘病生活を送っており、地元デトロイトでは12月10日より治療費を賄うためのクラウド・ファンディングが開始されたばかりだったが、その矢先のことだった。 彼の訃報はジョージ・クリントン(Pファンク)やクエストラヴ(ザ・ルーツ)などのSNSで伝えられたのだが、誰もが知る著名なミュージシャンというわけではなく、ソロ・アーティストとして活躍するよりも、スタジオ・ミュージシャンとかバック・ミュージシャンといった仕事で力を発揮するタイプだった。デトロイトにはモータウンの昔からそうした裏方仕事をするミュージシャンが

                        R.I.P. Amp Fiddler | ele-king
                      • 塚本浩司(PRINCE R.I.P) on X: "今年になり、外国人の来店者が増えてから、ペットボトルや缶(中身が入ったままも含めて)が捨てられることが事実として増えてきた。が、今日のこれはあまりにもひどい。もちろん外国人がやったとは限らない。日本人だって道端にポイ捨てする人はいる。ただ事実として、去年までは記憶にない出来事だ。 https://t.co/4C44zJJiWP"

                        1