世界大型トラック2位であるスウェーデンのボルボの子会社になってから3年。かつて日本の自動車産業で「最も先行きが見えない会社」と言われた日産ディーゼル工業はUDトラックスとなり、ボルボグループで重責を担うようになった。もともと、日本の自動車再編は1998年春、独ダイムラーが日産ディーゼルを狙ったことに始まる。その後に日産自動車が仏ルノーの傘下に入ったり、三菱自動車がダイムラーの資本参加を受けたり、様々な出来事が起きた。しかし、結局は「自動車再編における最大の勝者は日産ディーゼルだったのでは。覇権主義のダイムラーだったら、リストラばかりで大変だった」との声が業界関係者の間で根強くささやかれている。 UDトラックスの社員たちはかつての日産ディーゼルの時代、業績が厳しかったゆえに生産現場の改革などに知恵を絞ってきた。日産から天下りし、プロパーの幹部を怒鳴りつけるような連中の仕打ちにも耐えてきた。そ