忘れられない記憶 1983年10月下旬の、肌寒い快晴の土曜日。二極化した超大国間の水爆戦争が現実味を帯びてきたことで、ロンドン中心街に25万人が繰り出した。 そのなかに、初めての小説を出版したばかりのカズオ・イシグロという若き作家がいた。イシグロの母は、1945年の長崎の原爆を経験している。したがって、彼がこの日のデモ行進に参加することは、いわば息子の務めのようなものだった。 彼は友人たちととともに、西側諸国の核放棄を要求するスローガンを唱えて歩いた。西側が放棄すれば、東側もただちにそれにならうだろうという見込みにもとづいていた。 プラカードを掲げ、旗を振る群衆は、ビッグベンを過ぎてハイドパークへ向かう間、多幸感に酔いしれた。抗議活動は全ヨーロッパで同時多発的に行われており、束の間、本当に事態は変えられるのではないかと信じてもよさそうだった。 だが、もしこのすべてが、おそろしい間違いだった