2019年7月3日のブックマーク (1件)

  • 親密さの設計 - 傘をひらいて、空を

    二十歳のとき、「作戦を立てずに生きていたらいずれ人間関係がなくなるな」と思った。わたしは基的にひとりでいたかった。自分の家族を持つにしてもひとりでいる時間はほしいと思った。昔の村社会みたいなところに所属するのはいやだった。でも完全にひとりになるのがよいのではなかった。 個人としてぶつかるあらゆる問題のもっとも身近な対処例は親だ。わたしの親はたがいにいくらか親密に見えて、あとは数名の親戚があった。母親には年に二度ばかり会う友人が一人いて、ほかにも少しは知り合いがいるようだった。父親は会社の人間関係と自分のきょうだい以外に親しく口を利く相手はいないようだった。会社の人間関係は退職したらそれきりだろうというのもよくわかった。両親にももちろんその両親がいたが、いずれもすでに亡かった。 わたしは思った。この人たちみたいなのは、無理だ。両親のたがいの親密さもさほど強くないように思われるのに、近所づき

    親密さの設計 - 傘をひらいて、空を
    rerereira
    rerereira 2019/07/03
    死ぬほどわかるので、この話がわかる人と私は話がしたい。(これは自然に人と仲良くなって離れられる人にはわからない話だし、1人でも平気な人にはわからない話だ)