あの男と出会わなければ、人生はもっと違うものになっていただろうと思う。 いまもその考えに変わりはない。あの男は、やっぱりろくでなしだったのかもしれないと。 杉谷美和は化粧品売り場の販売員をしていた。 女性客の相談にのり、メイク指導を施すことから“ビューティーアドバイザー”と呼ばれてもいる。 接客にはとかく気を遣う。マナーやエチケットに関する講習会を定期的に受講するのもそのためだった。ときには異業種間の勉強会に出席することもある。実際のところは勉強会という名の人事交流会だったり、ちょっとしたパーティーだったりすることのほうが多いが。 その勉強会で知りあったのが、あの男だった。 立食形式の懇談会で名刺を交換し、自己紹介をした程度だったが、連絡をよこしたのは彼からだった。そして、何度か食事に誘われるうちに恋に落ちた。 そのとき、美和は32歳。短大時代に母親を亡くし、2年前に亡くなった父親