前田智16年ぶりサヨナラ打!勝負どころで大仕事 9回広島1死満塁、中前にサヨナラ打を放ち、緒方コーチ(右)に祝福される代打前田智 Photo By 共同 【広島4−3中日】広島が今季2度目のサヨナラ勝ち。9回1死から2安打と四球で満塁とし、代打前田智が中前打した。前田は「何とかしたいという気持ちだった」と語った。先発小松は6回3失点。7回以降を継投でしのぎ、4番手の高橋が2勝目。高橋はこの日が41歳の誕生日。中日は6回以降毎回走者を出しながら、好機をつぶした。 3―3の9回1死一、二塁。広島の背番号「1」がネクストバッターズサークルに姿を現した。球場のボルテージは一気に上がり、打席の梵は右前打でつないだ。満塁。舞台は整った。観客の大声援を受け、最後は期待通りに前田智が決めた。 151キロの初球をファウルし、次は変化球に体勢を崩されて空振り。追い込まれたが、3球目のチェンジアップに食らい付
◆ 自身4本目 ◆ <広島4−3中日>侍のバットが試合を決めた。広島・前田智徳外野手(38)のバットが接戦に終止符を打った。同点の9回1死満塁で浅尾から、実に自身16年ぶり4本目となるサヨナラ打。開幕から低空飛行を続けてきた赤ヘル軍団だが、コイのぼりの季節に向け、ここから上昇気流に乗っていく。 ◆ 同点の9回、浅尾から中前打 ◆ 集中力は極限だった。9回1死満塁。大歓声に背中を押され、3番・末永の代打で送り込まれた前田智はゆっくりと左打席へと向かった。初球151キロをファウル、2球目142キロフォークに体勢を崩された空振り。2ストライクと追い込まれての3球目、やや甘く入ったフォークを逃さなかった。巧みなバットコントロールでとらえた打球は、前進守備の二遊間を破った。 「ああいう速い球はオープン戦でも見ていない。適当に、破れかぶれでいきました」 照れくさそうな笑みをたたえた試合後のお立
<阪神1-7広島>◇12日◇スカイマーク 広島に「必殺仕事人」が登場した。広島前田智徳外野手(38)が約2年ぶりの本塁打を放ち、復活ののろしをあげた。2点リードの6回1死一、三塁、阪神の新人二神一人投手(22=法大)から右翼席へ代打3ラン。本塁打は08年5月25日以来で、その仕事ぶりに野村監督もうなった。昨季は1、2軍とも出場はなし。今季は代打の切り札としてチームに力を尽くす。 久々の感触だった。1点を追加してなおも6回1死一、三塁。前田智は代打で登場した。ルーキー二神の初球、内角への135キロの直球をバットが確実にとらえた。高く舞い上がった打球は、右翼席最前列へ飛び込んだ。オープン戦とはいえ、本塁打は08年5月25日の交流戦(対ロッテ)以来の1発。「チャンスだったので、最悪外野フライで最低限の仕事をしようと思っていた。初球から行くつもりでした」と、さび付いてないバットコントロールをアピー
<中日8−7広島>広島の“天才打者”前田智が完全復活を予感させる一振りを見せた。6−6の同点で迎えた9回無死満塁、代打で登場した今季初打席で中日の守護神・岩瀬の137キロ内角直球を、きっちり中犠飛。2008年9月23日巨人戦(広島市民)以来、551日ぶりの打点だ。 「彼はウチのジョーカー。ああいう場面での起用が増えるだろうし、岩瀬に対して“顔”で負けない。そういう打者が控えているのは大きいね」。持ち味の勝負強さに内田打撃統括コーチも脱帽だった。 昨年はキャンプ中に腰痛を発症し、その後も下半身の不安などでプロ入り20年目で初の試合出場なしに終わった。勝ち越し犠飛も一瞬。チームはサヨナラ負けを喫し、試合後の前田智は無言のまま、帰りのバスへと乗り込んだが、野村監督は「今季初打席で打点を挙げたし、チームとしては最高の粘りだった」と称えた。最高の切り札がカープには控えている。 試合結果 [ 20
“V犠飛”幻も…前田智復活! 9回、前田智は中犠飛を放つ(撮影・市尻達拡) 「中日8-7広島」(28日、ナゴド) 頼りになる男が帰ってきた。広島の前田智徳外野手(38)が九回、代打で今季初出場。球界を代表する守護神・岩瀬から中犠飛を放ち、初打席で初打点を挙げた。勝負強い打撃を見せた侍だが、チームは逆転負けを喫し、開幕カードの中日3連戦は負け越し。決勝打は幻に終わった。それでも“代打の神様”がきっちり仕事をしたカープ。30日から地元開幕となる阪神戦で仕切り直しだ。 ◇ ◇ 侍が打席に戻ってくる日をファンは待っていた。同点で迎えた九回無死満塁。三塁ベンチ前に前田智が現れると、左翼席の鯉党から地鳴りのような大歓声がわき起こった。「マエダーッ!」「マエダーッ!」。鳴りやまないコール。「バッター梵に代わりまして前田」の場内アナウンスに、勝ち越しを確信したかのような鯉党はメガホンを打ち鳴らし、その
熱く、言葉が交わされた。 「本当にお疲れ様でした」 「ずっと見ているからな」 2日、神宮球場での試合後だった。グラウンド上でヤクルトの福地が花束を手渡す。広島の緒方が表情を緩めて受け取った。緒方は何かを託すように、福地の肩をポンと軽くたたいた。 今や、ヤクルト打線に欠かせないスイッチヒッターは、広島時代、緒方の姿にあこがれ、練習に打ち込んだ。2日はその先輩の、最後の神宮だった。「まだまだ頑張らないといけないなあ」。緒方からの心にしみるメッセージを受けた福地は、改めて誓った。 他球団に移った後輩から今でも尊敬される存在。それが緒方孝市だ。1日、体力の衰えを理由に球団に引退を申し入れ、了承された。広島一筋、プロ23年目、40歳での決断だった。 走攻守、三拍子そろった赤ヘル野球の象徴的な選手だった。 打席に立ち、腰を少し揺らして戦闘態勢に入る。得意は右打ちだ。糸を引く
(セ・リーグ、広島1−0巨人、最終戦、巨人14勝7敗3分、10日、マツダ)広島の緒方が本拠地で現役最後の試合に臨んだ。「力の落ちた自分を見せるのは恥ずかしいという気持ちもある」。試合前にそう漏らしていた40歳の体は、すでに限界を超えていた。 先発起用の打診を断り、出番は八回の守備から。その裏の打席で魅せた。ゴンザレスの初球をとらえ、打球は右中間を破った。勢いよく二塁ベースをけったが、体はもう言うことをきいてくれなかった。 「二塁で足が動かなくなった」。倒れ込むように頭から突っ込んで三塁打にした。続く大竹の打席で捕手が球をそらす間に本塁を狙ったが、頭から滑り込みながら精いっぱいに伸ばした腕は、本塁に届かなかった。 プレーに一切の妥協を許さず、その代償が度重なる故障だった。福永トレーナー部長は「まるでスーパーカー。ただ高性能の車はよく故障もするけどね」と冗談交じりに緒方を評していた。1995年
緒方 万感!涙の三塁打&本塁突入 八回、三塁走者・緒方は、ゴンザレスの暴投で本塁にヘッドスライディングもタッチアウト 「広島1-0巨人」(10日、マツダ) 今季限りでの引退を表明していた広島・緒方孝市外野手(40)が10日、マツダスタジアムでの今季最終戦(対巨人)で23年間の現役生活に別れを告げた。八回の守備から出場。その裏の最後の打席でプロ通算30本目の三塁打を放ち、涙のヘッドスライディング。万雷の拍手に包まれた。今後は、広島球団から2軍守備コーチ就任の打診を受けているが、試合後の会見で受諾する意向を明らかにした。 ◇ ◇ 最後は足がもつれた。緒方は二塁をけり、迷いなく三塁を狙った。だが、2度ほど、転びそうになった。ヘッドスライディングで滑り込むと万来の拍手喝さいの中、痛み?と感慨に浸り、目にはうっすら涙を浮かべた。 「正直足が動かなくなって…」と照れ笑い。さらに三塁打後の大竹の
前田智、来季も現役!21年目の復活へ 前田智はノックで軽快な動きをみせる=大野練習場 広島の前田智徳外野手(38)が11日、来季以降への現役続行へ意欲をみせた。今季は左右両太ももの強い張りなどで一度も1軍に出場する機会はなかったが、この日も打撃、守備と熱のこもった練習を行い周囲を驚かせた。球団は来季も必要な戦力として計算している。孤高の侍が来季の復帰へ黙々と歩む。 ◇ ◇ 不完全燃焼で終わるわけにはいかない。まだまだ現役でやれる。リハビリ選手が集まる大野練習場。前田智はマシン打撃を行い、快音を響かせた。ノックを受けては、軽快なグラブさばきを披露。今季一度も1軍に上がれなかった悔しさを振り払うように黙々とバットを振った。 「シーズンは終わったけど、これから。しっかりとリハビリはしないと」。このままでは終われないとばかりに来季へのリベンジに燃えていた。 10日に全日程が終了。今季は一度
広島前田智徳外野手(38)が11日、廿日市市内の大野室内練習場で「気持ちとしては1打席でも打席に立ちたい」と話し、来季復活への意欲を見せた。 今季の前田智は、開幕前から腰痛のため3軍(リハビリ組)で調整。なかなか実戦復帰するまでのコンディションに戻らず、結局、1度も1軍に登録されずに終わった。これまで数々の故障と戦ってきた前田智だが、1シーズン1度も1軍出場がないのは、プロ20年目で初めてのことだった。 10日には、先輩緒方の引退試合で花束のプレゼンターとしてマツダスタジアムに登場。ファンから大歓声を浴びた。前田智は「(緒方の引退に)とても感傷的になった」と話すと同時に「今季は試合に出られず申し訳なかった」と、ファンの期待に応えられなかったことを悔やんだ。 この日はランニングやノック、マシン打撃などのメニューをこなした。まだ全力でプレーできないといい「今後については分からない」と不安も見せ
<広島1-0巨人>◇10日◇マツダスタジアム 23年間の野球人生を凝縮させた走塁だった。今季限りで現役を引退する広島緒方孝市外野手兼野手コーチ(40)が、巨人戦で「惜別三塁打」を放ち、引退試合に花を添えた。 8回のプロ最終打席。巨人ゴンザレスから右中間を破る三塁打を放ち、頭からベースに飛び込んだ。「サードまでまともに走れない。2回くらい、転びそうになった」と振り返った。試合後のセレモニーでは万感の思いを口にする。「常に全力で、試合が終わったらユニホームが真っ黒に汚れている、そんな選手でありたいと、最後の最後まで思ってきました」。泥だらけのユニホームは本望の幕引きだった。 ナインからの胴上げでは背番号と同じ9回舞った。「10月10日。この日が野球人生で一番思い出に残る試合になりました」。来季は2軍コーチ就任予定。屈指のスピードスターが、さわやかにグラウンドを去った。【酒井俊作】 [2009年
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く