口裂け女とは、1979年に小学生を中心に広まり、社会現象にまでなった噂話である。下校中の子供にマスクをした女が「わたしきれい?」と訊ねてくる。正しく答えなければ殺されるという話だ。 私が生まれたのは70年代後半。小学校に入学した頃にはとうに騒ぎは収まっていたが、子供の間で、口裂け女という妖怪の存在は定着していた。 通っていた小学校では、トイレの花子さんのように「決まった場所に出る妖怪」として語られていた。 小学校の校舎裏に大きな桜の木があった。 桜の季節の放課後に、一人で木の下へ行くと扉があらわれる。扉の向こうには長い黒髪の女がいる。その女は口裂け女だ。 校舎裏と呼ばれていた場所は、グランドと昇降口がある方角を正面――表とした場合の反対側で、ヘチマや朝顔といった教材の植物を育てる花壇と、駐車場があるだけのスペースだった。休み時間になれば生徒で賑やかになるグランドとは違い、人気の少ない場所だ