タグ

フクヤマに関するsealeのブックマーク (3)

  • 【寄稿】民主主義は今も「歴史の終わり」=フランシス・フクヤマ氏 - WSJ

    25年前、私は「ナショナル・インタレスト」という小さな雑誌に「The End of History?(歴史の終わり?)」と題する論文を書いた。時は1989年春。それまで冷戦について大きな政治論争、イデオロギー論争に夢中になっていた私たちにとって、それは信じられないような瞬間だった。論文が掲載されたのはベルリンの壁が崩壊する数カ月前のことで、北京の天安門広場でちょうど民主化を求める抗議運動が起きていたころだ。東欧、ラテンアメリカ、アジア、サハラ以南のアフリカでは民主主義への移行の波が起きていた。  当時私は、(大きな哲学的な意味での)歴史が左派の思想家の想像とは大きく異なる方向に進んでいると主張した。経済と政治の近代化を進めた結果、行き着いたのはマルクス主義者やソ連が主張していたような共産主義ではなく、ある種のリベラルな民主主義と市場経済だった。私はこう書いた。歴史は最終的に自由、つまり選挙

    【寄稿】民主主義は今も「歴史の終わり」=フランシス・フクヤマ氏 - WSJ
  • フランシス・フクヤマ - Wikipedia

    フランシス・ヨシヒロ・フクヤマ(Francis Yoshihiro Fukuyama、日姓:福山、1952年10月27日 - )は、アメリカ政治学者、政治経済学者。著書『歴史の終わり』で自由民主主義と自由市場を文化的進化の終着点かつ政府の最終形態として説明したが、後続の『「信」無くば立たず』ではその立場を修正し、文化は経済から完全には分離不可能であるとの認識を改めた。新保守主義(ネオコン)の代表的な理論家であったが、現在はネオコンとある程度距離を置く。 1952年にイリノイ州シカゴに生まれる。父方の祖父は日露戦争を逃れ、第二次世界大戦に伴う強制収容の前に西海岸で商店を開業した。父は会衆派教会の牧師で、後にペンシルベニア州立大学の宗教社会学教授となる二世の福山喜雄。母の河田敏子は、京都帝国大学経済学部の創設に関わり、旧制大阪商科大学の初代学長となった河田嗣郎の娘で、1950年に戦後初の女

    フランシス・フクヤマ - Wikipedia
  • 歴史の終わり - Wikipedia

    この項目では、フランシス・フクヤマの著作について説明しています。その他の歴史には終わりがあるという思想については「終末論」をご覧ください。 この記事には複数の問題があります。改善やノートページでの議論にご協力ください。 出典がまったく示されていないか不十分です。内容に関する文献や情報源が必要です。(2010年3月) 独自研究が含まれているおそれがあります。(2010年3月) 出典検索?: "歴史の終わり" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL 『歴史の終わり』(れきしのおわり、原題:The End of History and the Last Man)は、アメリカ合衆国の政治経済学者フランシス・フクヤマの著作。1989年にナショナル・インタレストに発表した論文「歴史の終わり?」からさらに具

  • 1