その晩は瀬見温泉・喜至楼の旧館に宿泊する。 木枠のガラス窓、煤けた梁、薬缶・鍋が並ぶ流し台とどこを見ても文句のつけようのない湯治宿。 床をきしませながら増築を繰り返して入り組んだ館内を迷い歩くのも楽しい。 近くの定食屋のカツ丼が名物と聞いて、その日の夕飯は外で食べようと思っていた。 ところが現地で確認してみると、今はおばあさん一人で切り盛りしていて夜はやらないという。 さて、夕食をどうするか。 結局、宿の人がわざわざ自分の分まで併せてその定食屋に出前を取ってくれた。 感謝の意味も込めて宿に徳利を三本注文。かくして世は今日も回転する…。