思想家・吉本隆明さん(3) 忘れ得ぬ 太宰治の独演会[掲載]2011年3月27日「鼻歌でも歌ってやろうと思って」=鈴木好之撮影 このごろうちに声楽科を出た人が掃除に来るものだから、僕の歌を聞いてもらっています。うちは家族がみんな年取って、家の中が馬鹿に寂しい。それで少しは声を出して鼻歌でも歌ってやろうと思ったわけです。 音楽も文学も、創作や鑑賞の環境がどんどん便利になっています。手元のボタン一つで「一級品」と呼ばれるものが手に入る。すると人間は「これを読まなきゃおられない」といった衝動的な感覚が薄れていくことになります。せめてそうありたくないと思うなら、例えば紙と鉛筆とがあるならそこに何か、自分の手を使って「あいうえお」でもいいから書いてみる。その「あいうえお」は確かに残ります。手を動かして詩を作る。歌ってみる。そういう根底を失わずにおれば、何とかなるよってことは言えるでしょう。 特に便利