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体力トレーニング
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9月20 満薗勇『消費者と日本経済の歴史』(中公新書) 8点 カテゴリ:社会8点 副題は「高度成長から社会運動、推し活ブームまで」。 本書は「消費者」という概念の捉え方の変化、特に消費者がいかに社会を変えられるのかという認識の変化を追うことで、消費とその消費を行う人々を取り巻く環境の変化を浮き上がらせようとしています。例えば、「「消費者主権」とは何なのか?」、「企業はある時期から「消費者」から「お客様」へのと呼称を変えていくのですが、それはなぜなのか?」といった具合です。 また、本書は消費を取り巻く社会運動を追い、その難しさを指摘した本でもあって、社会運動に興味がある人にもお薦めできます。さらに、一時期の「消費者=主婦」という言説の強さからは戦後社会のジェンダーというものも見てきますし、多面的な楽しみ方ができる本に仕上がっています。 目次は以下の通り。序章 利益、権利、責任、そしてジェンダ
9月14 上村剛『アメリカ革命』(中公新書) 9点 カテゴリ:政治・経済9点 アメリカ合衆国の独立は世界史の教科書などでも「独立革命」という名称で書かれています。一方、例えば、インドの独立を「インド独立革命」と記載するケースはほぼ見ません。なぜ、アメリカの独立は「革命」なのでしょうか? 本書はこれを「成文憲法の制定」こそアメリカ独立革命の最大の功績とした上で、その憲法がいかにしてつくられ、そして以下に運用されて政治が定まっていったかを比較的長いスパン(ジャクソン大統領の登場あたりまで)で見ていきます。 煩雑にならないようにわかりやすく書かれていながら、それでいて今までの一般的な見方を覆す刺激的な議論が行われているのが本書の特徴で、「新書らしい」新書です。 入門書としても、それなりに知識がある人が読む本としても面白い内容で、フランス革命に比べて教科書の記述としては「わかりやすい」アメリカ独立
9月7 南川文里『アファーマティブ・アクション』(中公新書) 8点 カテゴリ:社会8点 賛否両論の的になりつつ、2023年6月にアメリカ連邦最高裁で違憲判決をくだされたアファーマティブ・アクション。そのアファーマティブ・アクションのアメリカにおける誕生から終焉までを追ったのが本書になります。 アファーマティブ・アクションというと、「差別是正のために必要か?逆差別か?」というようにディベートのテーマのような形で扱われることが多いですが、本書はアメリカでの歴史、そしてその語られ方を丁寧に追っており、非常に勉強になります。 日本でも大学の理系学部での「女子枠」の導入が進んでいますが、本書でアファーマティブ・アクションの歴史を知ることは、こうした日本での問題を考えるうえでも役立つのではないでしょうか。 目次は以下の通り。序章 なぜアファーマティブ・アクションが必要だったのか第1章 いかに始まったの
8月23 濱口桂一郎『賃金とは何か』(朝日新書) 8点 カテゴリ:社会8点 日本型の雇用をメンバーシップ型雇用として欧米のジョブ型雇用と対比させながら論じてきた著者が日本の賃金の歴史について論じた本。 日本の賃金の特徴については『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)の第3章でも論じられていますので、単純に日本の賃金の特徴を知るのであればそちらのほうがいいかもしれません。 一方、本書はさらに細かく日本の賃金の歴史が深掘りしてあり、そして多くの人が気になっている「日本の賃金が上がらない理由」というものがわかるようになっています。 「上げなくても上がるから上げないので上がらない賃金」という謎掛けのような言葉が最後に登場しますが、本書を読めばその意味がよくわかると思います。 目次は以下の通り序章 雇用システム論の基礎の基礎第1部 賃金の決め方(戦前期の賃金制度;戦時期の賃金制度;戦後期の賃金制度
7月19 橋本直子『なぜ難民を受け入れるのか』(岩波新書) 9点 カテゴリ:社会9点 副題は「人道と国益の交差点」。タイトルからすると単純に「難民を受け入れるべきだ」という規範的な主張をする本をイメージするかもしれませんが、副題にもあるように各国の国益をシビアに検討しつつ「難民の受け入れを進めるべきだ」という本になっています。 著者は研究者であるとともに、国際移住機関(IOM)やUNHCRの職員、法務省の入国者収容所等視察委員会の委員、法務省の難民審査参与員などを務めてきた実務家であり、本書は理想と実務のバランスを意識しながら論じられています。 理想を掲げて終わるでもなく、現実の問題を数え上げて終わるのでもなく、「難民問題」という難しい問題が適切なやり方で論じられた本です。 目次は以下の通り。はじめに第一章 難民はどう定義されてきたか――受け入れの歴史と論理第二章 世界はいかに難民を受け入
6月14 若宮總『イランの地下世界』(角川新書) 7点 カテゴリ:社会7点 イラン革命以来、イスラームの政教一致体制の国家として知られるイラン。イスラーム法による統治が行われ、さぞかし敬虔なムスリムが多いようにも思えます。 しかし、2022年にスカーフを適切に被っていなかったために「風紀警察」に拘束されたことがきっかけで女性が死亡したことをきっかけに大規模なデモが巻き起こりました。 このデモは多くの死者と逮捕者を出して鎮圧されましたが、現在のイランではスカーフなしで女性が闊歩しているといいます。この変化はどう考えればいいのでしょうか? また、バブル期に多くのイラン人が日本に働きに来ていたものの、それ以降となると、イランの人々と接触する機会も少なくなり、イラン人のイメージも持ちにくくなっているでしょう。 本書の著者の「若宮總」という名前には聞き終え覚えがないでしょうが、これはこの名前が本書
6月8 中井遼『ナショナリズムと政治意識』(光文社新書) 9点 カテゴリ:政治・経済9点 ナショナリストといえば、政治的には「右」であり、「保守」であり、近年は「嫌韓・嫌中」などの排外主義的な傾向を持つ者ものも多い。日本で暮らしているとおおよそこんなイメージだと思います。 ところが、世界的に見るとそうでもないのです。例えば、デンマークでは「左派」と見られる社会民主党のもとで移民を厳しく制限する政策が進みました。 また、何が「ナショナリズム」なのか? という問題もあります。スコットランドの独立を目指すスコットランド民主党は「ナショナリズム」政党と言えるのか? 韓国では、北朝鮮との統一を目指すのが「ナショナリスト」なのか? それとも北朝鮮との対決姿勢をとるのが「ナショナリスト」なのか?というのは一概には決められないでしょう。 本書は、既存の「ナショナリズム」、「右と左」といった概念を大きく揺
5月24 麻田雅文『日ソ戦争』(中公新書) 8点 カテゴリ:歴史・宗教8点 1945年8月8日、玉音放送が流れる1週間前にソ連が日本に宣戦布告し、ソ連に終戦の仲介を頼んでいた日本は万事休すとなりポツダム宣言の受諾へと動きます。 ソ連の参戦は日本の敗戦が決定的になってからのものであり、長い戦争の中では最後のちょっとしたダメ押しのようにも見えますが、ソ連側は185万、日本側でも100万以上の兵士が参加した大戦争であり、さまざまな悲劇をもたらしました。 本書はソ連の参戦が決まった経緯から始まり、満州や樺太での戦い、さらには8月15日以降に行われた千島列島での戦いを追い、さらには日本人居留民を襲った悲劇などを総合的に描いています、 ソ連参戦に対するアメリカ側の考えなども史料を通して明らかにしている一方、日本人居留民の証言なども拾い上げており、まさに日ソ戦争の全体像を提示しようとした本だと言えるでし
5月11 池上俊一『魔女狩りのヨーロッパ史』(岩波新書) 8点 カテゴリ:歴史・宗教8点 魔女狩りについての新書と言えば、岩波新書の青版に森島恒雄『魔女狩り』があって、魔女狩りが行われたのは中世ではなく近世が中心だったことや、魔女狩りの残酷な実態に驚かされたものですが、それから50年以上経って新しい魔女狩りの新書が登場しました。 何か今までのイメージを覆すような考えが披露されているわけではないですが、今まで数々の新書を書いてきた著者だけあって、あまり煩雑にならないようにしつつも、さまざまな史料や研究成果を紹介しながら、魔女狩りの実態を改めて多角的に検討しています。 「魔女狩り」というと、熱狂や狂気と結び付けられることが多いですが、それにしては魔女狩りは長期、そして広範囲に及んでいます。本書は、「熱狂」では片付けられない魔女狩りの要因を丁寧にときほぐす内容になっています。 目次は以下の通り。
5月3 川名晋史『在日米軍基地』(中公新書) 8点 カテゴリ:政治・経済8点 副題は「米軍と国連軍、「2つの顔」の80年史」。この副題が本書のポイントになります。 日本にある米軍基地は1952年に締結された日米安全保障条約を根拠にして使用されています。これにそれこそ中学や高校でも習うことですが、それに対して本書は実はもう1つの根拠があるのだと指摘します。 それが朝鮮戦争のときに結成された「国連軍」の基地としての役割で、実際にその後方司令部は横田にあり、国連軍後方基地として横田・座間・横須賀・佐世保・嘉手納・普天間・ホワイトビーチの7ヶ所が指定されています。 あくまでもこれは形式的なものだろうとも思いますが、本書を読むと、国連軍基地であることはアメリカにとっては都合が良く、それを密かに維持してこようとした歴史が見えてきます。 日本における米軍は日米地位協定のおかげでNATO国内の基地などより
4月26 小泉悠『オホーツク核要塞』(朝日新書) 8点 カテゴリ:政治・経済8点 世の中には知っておいたほうが良い知識と、知らなくてもおそらく大きな問題はない知識があると思いますが、本書が扱っているのは後者だと思います。 もちろん、日本の安全保障を考える上でSLBMを搭載したロシアの原子力潜水艦の存在は外せないことではありますが、一般の人にとって本書に書かれているほどの知識は必要ないでしょう。 ただ、それにもかかわらず本書は面白いです。 これは著者のオタク的な知識とわかりやすい語り口のなせる技だと思いますが、海の中で繰り広げ荒れていた米ソの軍拡競争、ソ連崩壊後のロシア海軍の凋落、凋落後の核戦略の練り直し、そしてウクライナ戦争が極東の海に与える影響など、非常に面白く読めます。 テーマ的には新書で出すようなものではないかもしれませんが、それが1冊の面白い新書に仕上がっています。 目次は以下の通
4月10 田原史起『中国農村の現在』(中公新書) 9点 カテゴリ:社会9点 中国農村へのフィールドワークによって中国農村の姿を明らかにしようとした本。非常に貴重な記録で抜群に面白いです。 中国の農村と都市の格差については、NHKスペシャルなどで熱心に農民工の問題をとり上げていたので知っている人も多いと思います。彼らが村に帰ると、そこは都市部に比べて圧倒的に貧しく、お金を稼げそうな仕事もないわけですが、そうした中で農民たちの不満は爆発しないのか? と思った人もいるのではないでしょうか。 また、中国の農村は日本の農村のような地縁による強固な共同体ではなく非常に流動性が高いといった説明がなされますが、「農村」という言葉を日本の農村でイメージする私たちにとって、なかなか流動性の高い農村というイメージはつかみにくいと思います。 こうしたさまざまな疑問に答えてくれるのが本書です。詳しくはこのあと書いて
3月28 中野博文『暴力とポピュリズムのアメリカ史』(岩波新書) 7点 カテゴリ:歴史・宗教7点 副題は「ミリシアがもたらす分断」。「ミリシア」と言っても多くの人にはピンとこないかもしれませんが、これは「民兵」と訳される事が多い言葉です。ただし、アメリカでは州軍も「ミリシア」と呼ばれています。 本書はアメリカにおける2つの「ミリシア」について説明しながら、人民武装の歴史と、それが2021年の連邦議会襲撃事件につながっているさまを描き出しています。 州軍に関する歴史的な説明が中心であるため、もう少し近年の民兵の動きについても知りたいという人もいるかもしれませんが、州軍の歴史を追うだけでもアメリカという国の特殊性が十分に見えてきて面白いと思います。 目次は以下の通り。はじめに第1章 現代アメリカの暴力文化――2021年米国連邦議会襲撃事件の背景第2章 人民の軍隊――合衆国憲法が定める軍のかた
2月28 鈴木真弥『カーストとは何か』(中公新書) 9点 カテゴリ:社会9点 インド社会の特徴としてあげられるのが「カースト制度」です。このカースト制度のもとで「ダリト(不可触民)」と呼ばれる被差別民がいるということも知られていると思います。 ただし、このカースト制度というのはかなり複雑です。学校などではバラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラという4つのヴァルナ(種姓)があるということを習うかもしれませんが、実際はもっと複雑で外部からはそう簡単には理解できないものになっています。 本書はそうしたカースト制度の実態を教えてくれるだけではなく、差別されている不可触民(ダリト)へのインタビューなどを通じて、どのように差別され、どのような生活を送り、差別についてどのように感じてるのかというとを教えてくれます。 差別というのは非常にデリケートな事柄であり、なかなか外部からは見えにくいことで
2月1 家永真幸『台湾のアイデンティティ』(文春新書) 8点 カテゴリ:社会8点 年明けの総統選で民進党の賴清德が勝利した台湾。本書は昨年の11月に出た本であり、総統選を見据えて台湾の現在の状況について解説した本になります。 台湾の政治の構図というと「独立派」の民進党と「親中派」の国民党といった対立軸で紹介されることが多いですが、歴史的に見れば、中華人民共和国の共産党と対立していたのは何と言っても蔣介石の国民党だったはずです。 本書は、このような台湾の歴史にあるいくつものねじれを解きほぐしてくれます。 さらに本書の面白さは、台湾の歴史や台湾のアイデンティティのあり方をたどることで、日本の戦後史も見えてくるところです。 本書のあとがきに、「かつての日本社会の「左翼」的な台湾観を疑問に感じ、台湾のことを学び直したいと思っている人を主要な読者の一人に想定した」(251p)とありますが、イデオロギ
1月23 飯田泰之『財政・金融政策の転換点』(中公新書) 7点 カテゴリ:政治・経済7点 先進国では1980年代に退治したと思われていたインフレが復活し、景気対策は金融政策中心で財政政策は最低限度で良いとされていたスタンスがゆるぎ財政出動が叫ばれるなど、近年のマクロ経済政策は大きく揺れました。 本書のはしがきに「常識はそれが「常識」になった時点から崩壊が始まる」(ii p)とありますが、まさにここ最近のマクロ経済学ではさまざまな常識が書き換えられてきたのです(例えば、ブランシャール『21世紀の財政政策』における、かなりの規模の財政赤字を問題なしとする立場など)。 本書は、まずは財政政策と金融政策の標準的な理解を押さえながら、財政政策と金融政策の融合、「高圧経済論」といった新しい潮流を探っています。 メディアなどで見かける著者のイメージからすると、中公新書ということもあって「やや硬め」かもし
12月25 2023年の新書 カテゴリ:その他 去年の「2022年の新書」のエントリーからここまで50冊の新書を読んできたようです。 というわけで、恒例の「2023年の新書」といきたいと思います。 まず、全体としては、去年に引き続き今年の前半もやや低調に思えたちくま新書が後半になって良い本を出してきたと思います。「毎月6冊出す体制が無理になってきたのでは?」とも思いましたが、立て直してきた感じです。 あとは岩波新書が価格を上げてきました。講談社現代新書と同じく、基本、1000円超えという価格設定になってきました。さまざまな費用の値上がりとかを考えると仕方のないことかもしれませんが、こうなると岩波では少ないとはいえ、厚めの新書を出すのは難しくなるのでは? とも思います。税込みで15000円近くになってくると「高い」と感じる人も多いのではないでしょうか。 あとは、角川新書が過去の単行本などを新
12月21 児玉真美『安楽死が合法の国で起こっていること』(ちくま新書) カテゴリ:社会8点 相模原障害者施設殺傷事件、京都ALS嘱託殺人事件、そして映画『PLAN 75』など、日本でもたびたび安楽死が話題になることがあります。 安楽死については当然ながら賛成派と反対派がいますが、賛成派の1つの論拠としてあるのは「海外ではすでに行われている」ということでしょう。 著者は以前からこの安楽死問題について情報を発信してきた人物ですが、著者が情報発信を始めた2007年頃において、安楽死が合法化されていたのは、米オレゴン州、ベルギー、オランダの3か所、それとスイスが自殺幇助を認めていました。 それが、ルクセンブルク、コロンビア、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア(一部を除く)、スペイン、ポルトガルに広がり、米国でもさまざまな州に広がっています。 では、そういった国で実際に何が起こっているのか?
11月23 野矢茂樹『言語哲学が始まる』(岩波新書) 8点 カテゴリ:思想・心理8点 「なぜ、私たちは無限に文を生み出せるのか?」 本書の出発点になっているのはこの問いです。例えば、「ウォンバットが「原宿イヤホイ」にあわせて踊ってる」という文章は、これを書きながら僕が思いついた文章で、おそらく世界で初めて書かれた文章ではないかと思いますが、このような初めて書かれた文も、「ウォンバット」や「原宿イヤホイ」が何かわかっていれば了解できます(「原宿イヤホイ」はきゃりーぱみゅぱみゅが歌っている曲です)。 こう説明すると、ここの単語の意味がわかれば、それを無限に組み合わせることができる、だから無限に運を生み出すことができる、と説明できそうですが、本書によればこの考えは間違ってます。 本書は、フレーゲ、ラッセル、ウィトゲンシュタインの3人の考えをたどりながら、言語の謎に迫っていきます。 この3人の考え
11月8 丹治信春『実践! クリティカル・シンキング』(ちくま新書) 8点 カテゴリ:思想・心理8点 著者は『言語と認識のダイナミズム』や『クワイン』などの著作で知られる分析哲学者ですが、本書はそんな著者が大学1年生向けに行っていた「クリティカル・シンキング」の授業をもとにしたものになります。 基本的には、推論を構造化しながら読み解いていくというもので、本書をよめば、その推論が正しいのかどうかがわかってくるような構成になっています。 分析哲学者の手によるものということで、かなり論理学よりのものを想像する人もいるかも知れませんが、例えば、似た感じの本である野矢茂樹『論理トレーニング』と比べても、バリバリの論理学的な説明は抑えられていると思います。 代わりに本書が重視しているのが日常の言語の分析で、比較的自然な日常言語の中で行われる推論について、その隠された前提や、言葉のイメージなどから犯して
10月18 間永次郎『ガンディーの真実』(ちくま新書) 9点 カテゴリ:歴史・宗教9点 今までのガンディーのイメージを書き換える非常に刺激的な本です。ガンディーの生涯について書かれていますが、以下の目次を見ると、この本が普通の評伝ではないこともわかると思います。 はじめに――非暴力思想とは何か第1章 集団的不服従――日常実践の意義第2章 食の真実――味覚の脱植民地化第3章 衣服の真実――本当の美しさを求めて第4章 性の真実――カリスマ性の根源第5章 宗教の真実――善意が悪になる時第6章 家族の真実――偉大なる魂と病める魂終章 真実と非暴力 第1章の「集団的不服従」はわかりますし、第3章の「衣服の真実」もガンディーがイギリス製品のボイコットを呼びかけ、チャルカーと呼ばれる糸車が運動の象徴になったことを考えれば理解できます。 一方、「食の真実」、「性の真実」と言われても、それはガンディーにとっ
10月11 三牧聖子『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書) 7点 カテゴリ:政治・経済7点 ちょっと前から話題になっていたにもかかわらず、「若い世代がアメリカを変える」みたいな話であれば読まなくてもいいかなと思っていたのですが、先日行われた日本政治学会で著者の報告を聞いて、単純にそういう本でもないのだということがわかったので読んでみました。 読んだ感想としては、今のアメリカの政治や外交の行き詰まりを非常にわかりやすく指摘している本というもので、アメリカ国内の分極化や、アメリカ外交における後ろ向きな姿勢の背景を理解するのに役立つと思います。 「世代論」のように読もうとすると、もう少し細かいデータや分析が欲しくなりますが、現在のアメリカ社会の見取り図としては十分なのではないかと思います。 対テロ戦争や米中対立から、カマラ・ハリスの不人気の要因まで触れられており、来年のアメリカ大統領選挙に向けた
10月3 浜忠雄『ハイチ革命の世界史』(岩波新書) 7点 カテゴリ:歴史・宗教7点 BLM運動が起きたことなどによって、黒人の歴史、奴隷の歴史というものに注目が集まっていますが、そうした黒人奴隷の歴史の中でも特筆すべき出来事が1791年に起きたハイチ革命です。 この革命によって西半球ではアメリカ合衆国につぐ2番目の独立国になり、1806年には世界初の黒人共和国が誕生しました。このようにはハイチは輝かしい歴史を持つ国です。 しかし、同時に現在のハイチは貧困と治安の悪化に悩まされており、日本の外務省も危険情報でレベル4の退避勧告を出しているほどです(2022年10月に引き上げられた)。人間開発指数で見ても193カ国中163位で最貧国と言っていいレベルです。 なぜ、このようになってしまったのか? 本書はハイチ革命だけではなく、その後のハイチを明らかにしていきます。 フランスから請求された多額の賠
9月20 牧野百恵『ジェンダー格差』(中公新書) 8点 カテゴリ:政治・経済8点 このところずっと話題になっているジェンダー格差の問題ですが、では、その解決方法は? というと一筋縄ではいきません。 別に男女問わずの競争をしているはずなのに、東大には男子学生が多いですし、政治家は男性ばかりです。 もちろん、東大に入ったり政治家になるのが「良いこと」なのかという根本的な問題はありますが、とりあえず、そこには女性にとって何らかな不利な状況があると考えられます。 本書は、実証経済学で行われてきたさまざまな研究を紹介することによって、このジェンダー格差の問題に迫っていきます。 「女性の労働参加が何をもたらすか」「学歴と結婚や出産の関係」「出産などについて女性が決める権利を持つことが何をもたらすか」など興味深いトピックについてのさまざまな研究が紹介されています。 中には、意外な結果となっているものもあ
8月25 濱口桂一郎『家政婦の歴史』(文春新書) 8点 カテゴリ:社会8点 『新しい労働社会』や『ジョブ型雇用社会とは何か』(ともに岩波新書)などで、日本の雇用システムの歴史や問題点をえぐり出してきた著者ですが、今回は「家政婦の歴史」というかなり小さな話を扱った本になります。 ところが、「家政婦」という1つの職業の変転の中に、日本の労働政策の大きな転換とそこで隠されてしまった矛盾点が見えてくるのが本書の面白さでしょう。 女中と家政婦、似たようなことをしているように見えてその出自は違い、しかし、その出自の違いはGHQの占領政策によって見えなくなってしまう…、このように書くとミステリーのようですが、本書はそうしたミステリーとしても楽しめると思います。 目次は以下の通り。 序章 ある過労死裁判から第1章 派出婦会の誕生と法規制の試み第2章 女中とその職業紹介第3章 労務供給請負業第4章 労
7月31 八鍬友広『読み書きの日本史』(岩波新書) 9点 カテゴリ:歴史・宗教9点 江戸時代にやってきた外国人、例えばゴローヴニン事件で捕らえられたゴローヴニンや、漂流民を装って日本にやってきて森山栄之助に英語を教えることになったラナルド・マクドナルド、あるいはイギリスの初代駐日公使のオールコックは、日本人の読み書きの能力に驚いています。 こうしたことから、当時の日本は世界一の識字率だったというような主張もあります。 ただし、ここでいう「識字率」とは一体どのようなものなのでしょうか? 活字に囲まれた現代に生きる私たちは、漢字を除き、一定の訓練を受ければ提示された文章をどんどん読めるし、自分の思ったことを書けるようになると考えがちです。 ところが、近世までの日本において、話し言葉と書き言葉は分離しており、ひらがなを覚えたからといって自分の思ったことが「書ける」ようになるわけではありませんし、
7月26 保坂三四郎『諜報国家ロシア』(中公新書) 7点 カテゴリ:政治・経済7点 面白いけど、読んでいくとロシアに関係する人がすべて信じられなくなってしまいそうな厄介な本でもあります。 プーチンがKGB(国家保安委員会)出身であり、ロシアの前身であるソ連がさまざまなスパイ活動を行っていたことはよく知られていることですが、本書を読むと、ロシアが単なるスパイ大国というだけではなく、巨大な情報期間が国家のあらゆる部分に浸透している「防諜国家」であることがわかります。 本書はソ連の秘密警察の歴史から説き起こし、情報機関という枠には収まらないソ連・ロシアの諜報機関の姿とそのさまざまな手口、さらに情報機関が国の中心に存在するロシアに広がる世界観を明らかにしています。 そして、こうした世界観と国家体質がウクライナへの侵攻をもたらしたことを明らかにするのです。 目次は以下の通り。第1章 歴史・組織・要
7月18 今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』(中公新書) 9点 カテゴリ:思想・心理9点 もしも「日本の本質」というタイトルの新書があったら、「ずいぶん大げさなタイトルだな」とも思いますが、「言語の本質」というのもそれに匹敵する、あるいは上回るような大げさなタイトルだと思います。言語は人間のコミュニケーションだけではなく、認識にとっても鍵になるものだからです。 ところが、本書はその大げさなタイトルに十分に応える内容になっています。 本書はオノマトペと言語がいかに現実とつながっているかという「記号接地問題」を軸にして、まさに言語の本質に迫っていくのです。 前半のオノマトペの役割や、世界のオノマトペとその共通点といった話題でも十分に1冊の新書として成り立つ面白さがありますが、さらにそこから子どもがいかにして言語を学ぶのかという問題、そして言語の本質へと肉薄していきます。 言語哲学をかじった人に
5月9 駒村圭吾『主権者を疑う』(ちくま新書) 7点 カテゴリ:政治・経済7点 安倍元首相は憲法改正について「最終的に決めるのは、主権者たる国民の皆様であります」(23p)と言いました。 このときの「主権者」とは一体何者で、いかなるときに国民は「主権者」としてたち現れるのか? そもそも「主権」とは何なのか? 現代の政治においてこの「主権」をどのように考えればよいのか? といったことを探っているのが本書です。 著者は憲法学者ですが、政治と法の対立関係を意識した上で、東浩紀や鈴木健や成田悠輔の議論なども引用しながら、法と政治の問題を探っていきます。 主権についての議論には昔からピンとこない点もあり、本書についても疑問に思う点もあるのですが、憲法学者でありながらかなり越境して政治を論じており、憲法学者からの現代政治論とも言うべき本で多くの興味深い点を持っています。 目次は以下の通り。序章 見取り
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