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衆議院選挙2026
king-biscuit.hatenablog.com
公明党が、自公連立政権から「離脱」しました。 すでに大きく報道されていることであり、また、その経緯や背景などについてもあれこれ取り沙汰されています。政党としての公明党の意向というより創価学会の判断だった、背後には池田大作亡きあとの学会中枢でのヘゲモニー闘争があった、など真偽不明な部分もあるのは例によってですが、ただ、いずれにせよここ30年ほど、前世紀末からこっちの本邦の政治、政局の転変からしても、特筆される大きなできごとであったことは間違いないでしょう。 「失われた30年」というもの言いもあります。一般的には、いわゆるバブル経済の崩壊とその後始末の不手際による本邦経済の長期低迷について言われるものですが、より大きくは「冷戦構造」の崩壊とそれに伴う国内政治のありよう――それまで「55年体制」と呼ばれてきた本邦「戦後」政治の大枠を冷戦以降の国際状況にどう適応させ組み換えてゆくか、という大きな問
信仰の現場 ~すっとこどっこいにヨロシク~ (星海社 e-SHINSHO) 作者:ナンシー関講談社Amazon信仰の現場: すっとこどっこいにヨロシク (角川文庫 な 30-3) 作者:ナンシー関KADOKAWAAmazon ● もともと1994年に角川書店から出されたもので、すでに30年以上前の一冊。それを「底本とし、軽微な修正を加え、新書化したもの」(巻末の但し書き)、つまり新たに新書版として再刊したもの。帯では「新装復刊」となっている。 「時代を笑い飛ばす術を、もう一度ナンシー関さんに教わろう/令和の「推し文化」の到来さえも射抜くナンシー関の「唯一」のルポルタージュを、新装復刊。」 その「ナンシー関」の部分だけ大きく黒字で囲んだ白抜き極太ゴチックになっているあたり、その名前が売り、という判断からの企画ではあるのだろう。版元は星海社、講談社の子分。 「ルポルタージュ」――おお、そうだ、
オウム真理教、と聞くと、自分などの世代にとってはそれだけでもう、ああ、という嘆声と共に、あの一連の事件をめぐる報道を介しての、当時のさまざま場面や映像、挿話などが一連の画像・映像リールのように思い起こされてきます。あれからもう30年。1995年3月に勃発したあの地下鉄サリン事件から数えての年月ですが、思えばあれは「宗教」というもの言いが「カルト」に取ってかわってゆくようになった、その大きなきっかけだったということも、今だからこそひとつ、言えることなのではないでしょうか。 もちろん、戦後に興った各種新宗教も「宗教」というたてつけで語られてきましたし、それは下地に仏教やキリスト教など既存の大看板としての「ザ・宗教」があってのこと、だからこそ「新」なり「新興」という冠がつけられていたはず。なのに、あのオウム以降、それらもひっくるめて何となく全部まとめて「カルト」的なイメージの方向に引きずられて、
*1 *2 ● 大学への信頼が、地に堕ちています。 大学だけではない、そこで行われている講義や演習、いずれ高等教育として行われているはずの「教育」の内実から、まず胡散臭げな眼で見られるようになっている。と同時に、大学という場のもう一方の重要な使命とされてきた「研究」もまた同じく、それってほんとうに何か役に立つものなの? といった古くて新しい疑問を、いまさらながらにこの令和の世間から、あらためて抱かれるようになっています。 それはどうやら多くの場合、いわゆる文科系、人文(社会)系の「学問」に対する不信感、違和感としてあらわれている。 king-biscuit.hatenablog.com 少し別の言い方をすれば、「教養」としての学問、戦後このかた誰もが自由で自立した個人になってゆくために必要とされてきた知識一般、免許や資格といった具体的な目的のためにする勉強ではなく、よくわからないけれども少
*1 この3月末日をもって、札幌国際大学を定年退職することになりました。ここ数年、裁判沙汰であれこれお騒がせもしましたが、まあ、これでひとまずの区切りということになります。*2 まず、真っ先に考えてやらねばならなかったのが、この間、大学に「拉致」されていた本や資料のその後の身の振り方でした。 大学教員が定年になる、たいていその少し前から、ふだんはたまに遊びにくる程度だった古本屋のオヤジがマメに出入りするようになり、研究室の蔵書の処分に目星つけてくれるようになって……といった話は先輩がたから聞かされてましたし、実際、そういう光景もいくらか眼にもしてきましたが、でも、そんなのはもうすでに昔話。若い世代なら電子化された文献や資料ベースの日常になっているようですし、年寄りは年寄りで、実務家系の特任教員で年金の足しになれば、程度の了見で大学にやってきたような人たちなら、日々の講義くらいはそもそも新た
● 今こそ、ドラゴンボールを集めに行かねばならん――わが国のみならず、世界中がそう思ったようです。 鳥山明急逝の報がweb環境を介して瞬時にかけめぐりました。享年68。急性硬膜下血腫とのことでしたが、その衝撃は国内もさることながら、むしろそれ以上に世界規模での反応の大きさが伝わってくることによって、戦後の過程で高度経済成長の「豊かさ」を原資として結実させていった、でも、実はそれらについて本気でそう深く考えてもこなかったある種の「文化」が、知らぬ間に持ってしまっていた現実的な力量について、われわれ日本人に思い知らせることにもなりました。 鳥山明というと、自分などは、どうしても「まんが家」としてまず認識してしまっています。「ドラゴンボール」以降の、ジャンルも国境もかろやかに超えたすさまじい確率変動ぶりと共に育った若い世代にとってはそんなこじんまりした印象ではないらしいのですが、さりとてこちとら
● 最近、おそらくは老化がらみでもあるだろう事案ですが、あれ、これはひょっとしたらヤバいかも、と思っていることのひとつに、「横書き」の日本語文章が読みにくくなっているかもしれないこと、があります。 いや、読むのは読めるんだけれども、腰を据えて精読してメモを取りながら読む、といった作業がどうもうまくできない。そのような本腰入れた「読む」、つまり「読書」と仰々しく呼ばれてきたような「読む」の作法は、やはり「縦書き」の、それも具体的なブツとしての紙媒体に印刷された文字列を相手取らないことには、慣れ親しんできた調子を伴う仕事にならないらしい。 むろん、昨今の情報環境のことであり、それら読まれるべき文字列は、モニター画面に映し出されるテキスト情報だったりするのが大方なわけですが、これまで紙媒体の「横書き」もそりゃ読んではきたし、精読やメモ取りつつの作業にもそれなりに対応してきたつもりで、またそれで特
一時期、やたら取り沙汰され、とにかく理屈抜きにいいもの、正しい方向として喧伝されてきていた、あの「国際化」とか「グローバル化」といったもの言い、スローガンも、さすがにもう胡散臭いものというイメージがつきまとうようになってきたかも知れません。ウクライナへのロシアの侵攻に始まった戦争、ハマスによるイスラエルに対するテロ攻撃とそれに応じたガザ地区へのイスラエルの反撃、紅海での通商破壊行為……いや、そんな海外ニュースレベルの話でなくとも、国内における外国人犯罪の増加や治安の悪化など、考えてみれば半径身の丈のごく身近な範囲から「国際化」「グローバル化」の〈リアル〉は否応なく、平等に日常に浸透してきています。そういう意味で、これまでと違った身近さ、日々の生活意識や感覚のレベルで 「世界」を意識せざるを得なくなっている。 そういう状況に対応するという意味もおそらくあるのでしょう、テレビや新聞、雑誌などで
*1 *2 ● 1月10日のスポーツ紙朝刊、八代亜紀の訃報が、まるで阪神優勝の勢いで特大の色刷り活字の見出しの乱れ打ちと共に右へならえ、横並びの潔さで躍っていました。 ああ、それほどまでに、本邦スポーツ紙の想定読者層にとっての八代亜紀、いや、より丁寧に言うなら、八代亜紀に代表されるような「うた」の記憶は、いずれ十人十色、それぞれのお好みのままに散りばめられたプロ野球の贔屓球団の優勝沙汰と同等ほどに大事だったということであり、そしてスポーツ紙各社とも、世間一般その他おおぜいの心映えを相手の稼業としての矜持と共に、その手ざわりを輪郭確かに未だくっきりと持っていたということなのでしょう、令和6年、来年は昭和百年を迎えるといういまのこの時期この時代、この情報環境においても、なお。 こういう有名なよく知られた、それも芸能人が亡くなると、メディアの舞台に追悼企画がたくさん出る。テレビはもちろん、新聞や
まずはご報告から。 2020年6月末、勤め先の大学をいきなり「懲戒解雇」されて、あまりの理不尽に地位確認と損害賠償を求めて札幌地裁に民事訴訟を提起していた件、2年9ヶ月ほどの審理ののち、先日2月16日に判決が出ました。結果として「全面勝訴」と言っていい内容でした。本誌読者の集いでもお話させてもらったこともあり、ご心配おかけしていた向きもあったかと思いますが、一審地裁段階とはいえ、まずはたいへんありがたい判決だったことをご報告させていただきます。 www.youtube.com もともと、定員充足率を満たして補助金を獲得したいために、日本語能力の問題のある外国人留学生までも見境なく入れる全入方針の施策をとるようになったことで授業が成り立たなくなり、それを何とか是正しようと現場の教員有志らとあれこれ動いていた当時の学長を大学法人側が事実上解任に等しい形で追い出したついでに、その学長が任期最終日
● 渡辺京二が、亡くなりました。敬称や敬語の類を使うのはこういう場合、自分としては理路の調律にさわるところがあるので、敢えてそれらは割愛します。 渡辺京二とは、「最後の人」でした。これは、自分が勤めていた大学で、彼が晩年、全国区の固有名詞として知られるようになるきっかけとなったあの『逝きし世の面影』を学生若い衆らと読んでゆく講義を足かけ10年ばかりずっとやってゆく中で、ゆっくりと確信するようになってきたことでもあります。 何の最後か。「思想史的知性」の最終走者のひとりだった、という意味での。このへん、手前味噌になりますが、自分が書いたものから引いておきます。 「この国の母語を環境とした、時期的には先の戦争が終わって後、高度経済成長の豊かさに後押しされて出現した、良くも悪くもそれまでとは様相の異なる新たな大衆社会状況と、そこに宿ったその他おおぜいのリテラシーに支えられた読書市場を介して可視化
もう15年、いや、それ以上になるか、2005年から6年頃にかけてだと思う、何にせよ今は昔、まだ平成の御代で、かのゼロ年代半ばあたりのことだったとおぼしめせ。 呉智英夫子との対談本というか、こちらが聞き手となって、当時あれこれ言われ始めていた「団塊の世代」批判に対する夫子の違和感や批判を足場にしながら、いわゆる「世代論」の総括みたいなことまで視野に入れた本はできないか、というので、某版元の肝煎りで単行本の企画が立ち上がっていた。神楽坂の旅館などで、何度か夫子とまとまった時間、お話する機会を設けてもらい、録音とその起こしなどもあらかたやって、8割がた草稿になって、夫子に最後手を入れてもらえればかたちになる、というあたりまで作業を進めていた矢先、版元自体が潰れてしまい、企画ごとそれら草稿も宙に浮いてしまった、という経緯があった。そこまで作業をした以上、これはもったいないし、何よりその内容も世に出
宮台真司という社会学者がいる。東京都立大学の助教授で、いわゆるブルセラ現象など今のティーンエイジャーの生態を対象として「若者文化」を論じている。難しい専門用語を操ることばかりうまくなって社会的な発言のできなくなった昨今の社会学畑には珍しく、テレビや雑誌などマスコミの場にも積極的に出てきている。 その彼が、この夏『朝まで生テレビ』に出演した。「女子高生とニッポン」といったテーマで、スタジオには女子高校生とその親たちがギャラリーとして控え、パネラーにも彼の隣に飯島愛が座るというあざといセッティング。そのいかにもテレビ的な意図と仕掛けが丸見えの包囲網の中で彼は、これまで身をもって擁護してきているはずの女子高校生たちからブーイングの集中砲火を食らって立ち往生した。昔ながらの知識人と大衆の距離をくっきり見せられたようで、いろいろと考えさせられる光景ではあった。 だが、そのことについて彼は最近ある雑誌
king-biscuit.hatenablog.com 一連のエントリー、上記であらかじめ経緯来歴について説明した通り、2005年から6年にかけての頃、呉智英夫子との対談本というか、インタヴュー本的な企画がお流れになった、その概ね9割方かたちになっていた作業中の草稿データを発掘してきたものをアップしたのだが、その後また例によって、作業途中での素材がいくつか出てきたので、補遺としてあげておく。テープを起こしたものから、モティーフやお題に従っていくつかの塊にいったんバラバラにしてゆき、それらの素材をもう一度、ある流れに沿って配列しなおし、全体を整えてゆくという作業の工程の中で、うまく本体に織り込めなかった、しかしモティーフ的に面白い内容が含まれているものを、ノートないしは備忘録的な断片として手もとに残していたものだと思っていただければありがたい。言うまでもなく、主な発言主体は呉夫子である。……
学問は、すぐ世の中に役にたつものではないということをよく哲学者は口にするのであるが、しかしながらいくつかの需要が個々にあれば、少なくもいちばん目前のもっとも痛切な要求に答えうることを、まずもって学びとらなければならない。 ――柳田国男 ● いま、われわれはどうやら、文科系の終焉に立ち会っています。 文科系、という言い方がおおざっぱ過ぎるならば、人文系、と言い換えても構いません。たとえば、大学ならば主に文学部に設置されているような学科の学問。文学、歴史、思想、哲学、心理、芸術……それらをひっくるめて人文系といいならわしてきた習慣に従って、なおその周辺に経済や法律だのといった、戦後このかた特に「社会科学」と称され「自然科学」と対置されてきたような領域までゆるやかに含みながら、少なくとも学校の教科で言えば理科と数学をそれほど重要視しなくていい(と、なぜかされてきた)ような方面の知的営み。人間と社
*1 西原理恵子という“漁師”の目線。 あるいは、オヤジの皮かぶったキンタマオンナ、のこと ■ 二二年目の舵 ――**さんは、九三年の年末のNHK『BSブックレビュー』で、その年のベストワンに『怒濤の虫』(毎日新聞社)を挙げてらっしゃっいましたね。その他に挙げた二冊は民俗学の本だったので、強く印象に残っていました。「とにかくすごい人が現れたんだ」と西原さんを評されてました。 ● それ、悪いけど記憶になんだよなあ。あの番組、思いっきり偏向しやがってて相性最悪だったし。 ○ 評論家の人はそうやってスカすんですよ。二番、三番は難しい本を挙げて、一番に柔らかい本を持ってくる。それで「僕はこんなにマニアな本だって読んでるんだよ?」って、自分の柔軟さをアピールする。あたしはよくその位置に入れられるんです。 ● いきなりそういう挨拶かい(笑) だから、なんであんたはそういう立ち位置になっちゃってるのか、
「女性は「産む機械」」発言で、柳沢厚生大臣が四面楚歌、立ち往生であります。 政治家の発言としてちと不用意だった、それは確かですが、しかし、相も変わらず前後の脈絡すっとばして片言隻句を揚げ足取りして騒ぎ立てるメディアの手癖も恥知らず丸出し。ましてや、その尻馬に乗って女性議員たちが一斉に文句つけるありさまには、いやもう、心底萎えました。なにせあなた、高市早苗から辻本清美まで、ミソもクソも申し合わせたように「許せない」ですと。わが国の女性選良というのは、右も左も未だこの程度、なのでありますか、そうですか。 少し前、少子化対策と称して、政府主導で集団見合いを、と真顔で提言されてた女性大臣もいらっしゃいました。とにかくつがいをこさえりゃ何とかなる、頭数さえ増やしてくれりゃいい、というその発想は、今回の「産む機械」発言と似たようなもの。同様に、ニートや引きこもりを何とか働かせようという画策や、ホワイト
あまりと言えばあまりなフェミニズムの勘違いを鵜呑みにして考えなしにものを言う、脊髄反射系バカ女の跳梁跋扈のおかげで、「フェミファシズム」というもの言いも、最近では少しは世に知られるようになってきました。それはすでに「眼前の歴史」として同時代の事実なのですが、けれども、それがどのようにプロモートされ世間に蔓延していったか、についてはまだ具体的に検証されていません。 「とにかくそう言っておけばさしさわりがない」――まさにPC(ポリティカル・コレクトネス)としての身振りやもの言いとしての戦後民主主義=「サヨク」「プロ市民」風味、というセットの中の重要な意匠として、すでにこのフェミニズムも組み込まれています。それを操る固有名詞は誰であっても構わない。ある種メディアの意志を体現する人形、レプリカントのようなものなのですが、それは主として団塊の世代を震源地として蔓延してきた。ひとことで言って、イデオロ
*1 sports.nhk.or.jp sports.nhk.or.jp おい、マリオやドラえもんどころか、ポケモンもニンジャもアキラのバイクも出てこんかったじゃないか!――終わったばかりのオリンピックのまずは私的な印象です。 個々の競技や選手の手柄は全部措いておきます。開催する側の仕切りの悪さ、つまり「祭り」なり「興行」なりを取り仕切る勧進元としての器量のなさだけが強烈に印象づけられ、世間一般その他おおぜいの眼にもあらわになったあの開会式と閉会式。つまり、それら勧進元の意図が直接反映される部分と、興行の本体である各種種目や競技、それらに参加する個々の選手たちの見せてくれた上演・パフォーマンスの質との間の、いやはや、もうまるで別のシロモノ、異空間で行われたとしか思えないほどの絶望的な距離感こそが、今回の五輪のある本質だったとしか思えなかったのであります。 さすがに棚落ち著しい本邦報道界隈も
*1 ● 昔、この国に柳田國男という名前の、とびっきり性格の悪いジイさんがいました。明治の始めに生まれ、八十八年生きて、今からちょうど三十年前の夏にくたばりました。もともとは国のお役人だったのですが、四十何歳かの時に上役と喧嘩して辞めてからは、死ぬまで今風に言えば評論家でありライターでした。 このジイさんが、こんなことを言っています。 「私のやうな(手当たり次第に本を読むようになった)人が明治から昭和にわたる時代には非常に多い。これは確にあの時代の風習で、同時に今日の通弊と言ってもよい。折角他にこれといふ長所がなくて、読書と理解だけには調練を経てゐる人間を、言はゞ反古にしてしまったのが明治の文化である。専門をやってゐる人は、却ってどちらかと言えば鈍い人である。鈍いから横目をふらない。然るにこちらは盛にいろいろのことに気がつく。英語でいふvivacious な人間である。そのヴィヴァシアスな
憎さも憎し、なつかしき――こんな下の句がつく川柳は古くから。上の句の主は「碁敵」だったはずだが、さて、このたび現前した事例はというと、そんな碁敵どころか立派にわれらが社会の敵、世のおおかたが憎し、疎まし、うざったい、と思っていた人物に対するものだった。 筑紫哲也が死んだ。死因は肺癌。もちろん、周知の通りすでに病身を公言、この春からはあの悪名高き『NEWS23』にも出なくなっていたが、と言って正式に「降板」したわけではなくあくまでも「お休み」扱い。諸君、いつかは必ず戻ってくるぞ、という構えはまるでかつてのマッカーサー、「反日」報道の牙城として音に聞こえた後ろ盾たるTBSと手に手をとっての君臨ぶりだったこともあり、最後まで英雄不滅のたてまえが崩せなかったらしいあたりは、なるほど、かの国の首領様とよく似たり。 ★筑紫哲也さん死去 ・1989年にスタートした「筑紫哲也ニュース23」でメーンキャスタ
『フォーカス』が斃れた。 写真週刊誌の代名詞のようにまで言われ、「フォーカスされる」といったもの言いまで芸能界周辺を中心に一般に使われるようになった、言うまでもない新潮社の名物雑誌。それがとうとう「休刊」を宣言して撤退を決めた。創刊以来まる二十年にふた月ばかり欠ける二三八カ月、刊行された号数は都合千と一号。最盛期の部数は公称二百万部以上。一冊百五十円の六四ページグラビア、うちカラーが一六ページという体裁から始まった新企画の週刊誌としては、まず存分に戦い抜いた結果だと言っていいだろう。 新潮社取締役、松田宏署名での「休刊のお知らせ」は淡々と、しかし自分たちが何をしようとしてきたのかについて、最低限のことばにしようとした誠実なものだった。 「写真で時代を読む」をキャッチフレーズに掲げ、フォーカスは昭和56(1981)年10月にみなさまの前に登場いたしました。一枚の写真ですべてを語る、百聞は一見
*1 *2 ● ごぶさたです。大月隆寛です。かつて、「つくる会」2代目事務局長をつとめさせていただいていたこともある、あの大月です。 とは言え、いまやもう四半世紀も前のこと、今の会員には、何のことやら、という感想が大方でしょう。今回、何かのご縁でまたこのように「つくる会」の機関誌に顔を出す機会を頂戴しましたが、まずはあれこれ型通りなご挨拶などよりさっそく本題を。 すでに報道その他で何となく耳にされている向きもあるかも知れませんが、自分は去年の6月29日付けで、2007年以来足かけ13年間、籍を置いていた北海道の札幌国際大学という大学から「懲戒解雇」という処分を受けました。 理由は、その大学で2018年度から新たに導入した外国人留学生をめぐる入試のあり方や在籍管理等、制度の運用にさまざまなコンプライアンス違反、ガバナンスの不適切な状況が学内で生じていて、それを当時の城後豊学長以下、学内の教員
● 「反日マスコミ」というもの言いがある。 TBSやNHK、朝日新聞に共同通信、いわゆるマスコミの第一線で、どう見てもある一定の思想信条や立場に偏った報道をやっているとしか見えない、そんなメディアをひとくくりに言い表すのに便利なこともあって、主にネット界隈から発して、それ以外の場所でもこのところ少しずつ使われるようになっている。 出回り始めた当初はこのもの言い、正直何かあざとさ、どぎつさを多少感じていた。善意に発したものにせよ、結果として安易なレッテル貼りになってしまう、そのことに対する鈍感さへの違和感。けれども、えらいものもので最近ではそんなに耳ざわりでもなくなってきた。その程度に、その「反日」の具体的中身としての「サヨク」「プロ市民」ぶりに対する認識は、ここ数年の間、わがニッポンの世間の最大公約数のところで、相当に深まってきているということなのだと思う。 もちろん、とりあえず悪いことで
● 90年代半ばくらいからあからさまに世に跳梁跋扈するようになったわがニッポンのバカオンナの総元締めというのが、あたしの見立てたところ、ひとまずふたりおります。 ひとりは上野千鶴子。もうひとりは林真理子であります。 上野千鶴子の方は、言うまでもない「フェミニズム」教の伝道師にして「社会学者」。80年代から90年代にかけて、「ポストモダン」の勘違いの嵐吹き荒れるメディアの舞台を暴れ回り、一時は時代の寵児、このテの物件の使い回され方としては少し前まで定番だった、よろず社会現象についての臆面なきコメント屋、頼めばたいがいのことにもっともらしいことを言ってくれる便利な評論家として、当時まだご威光のあった『朝日新聞』以下の大手新聞、『朝日ジャーナル』以下のインテリ御用達な雑誌などを中心に、かなり重宝がられていた時期もありました。そこらの地方自治体に「女性〇〇センター」てなあやしげな看板のハコモノや施
● 明らかに何かがおかしい。いや、前からおかしくなってきているのは確かでしたが、ここにきてまたそれが一段と加速、もはや何か取り返しのつかないところにまで事態の底が抜けて、見渡す限り何やら煮崩れ始めたような印象です。 他でもない、昨今「ポリコレ」と丸められ、ぐっと扱いやすくなってこのかた猖獗を極め始めている、あの「政治的正しさ=ポリティカル・コレクトネス」をタテにしたさまざまないまどきのワヤの諸相であります。 まずは、最近出来したその一連の事案、眼についたものをざっとおさらい気味に。 (引用は、web上含めた各種報道などから適宜抜粋) ■事例① 日本テレビ「スッキリ」。「アイヌ」を謎かけで「あ・犬」とやって炎上。 放送当日、夕方のニュースでアナウンサーが謝罪したが、翌13日、北海道アイヌ協会が「はらわたが煮えくり返るような気持ちで残念という他ない」と「激怒」した声明を出し、日本テレビに対応を
*1 ● ニッポンのマンガ表現において、「少女マンガ」「少年マンガ」という分類が、事実上意味をなさなくなったのは、おおむね1980年前後のことでした。 具体的には、『タッチ』『みゆき』に代表されるあだち充の一連の作品あたりから顕著になり、高橋留美子『うる星やつら』に最終的に結晶していったような、当時の『少年サンデー』系「ラブコメ」が「少年マンガ」の内実を変えていってしまった。そのような「ラブコメ」の「少年マンガ」に対する浸食は、高度経済成長期の「豊かさ」の中で、ニッポン人の「リアル」がどのように変貌していったのか、について考える上で、おそらく想像以上に大きなできごとになっているはずなのです。 マンガというジャンルの中で、それまではっきりとあったはずの「少年マンガ」「少女マンガ」という棲み分けがなしくずしになくなってゆき、それはマンガ表現の水準での変貌であると同時に、それらの読者や、読者をと
● 田嶋陽子はバカである。これはすでにニッポンの常識である。なのに、選挙で四十万票も獲得して今や国会議員。これもまた事実である。 とある週刊誌に頼まれて書いた何でもないコラム原稿のこんな書き出しの部分にも、昨今、編集部からは慇懃無礼な電話がかかってくるのであります。*1 「すいませんが、この『バカ』という部分の表現、何とかなりませんかねえ」 すいませんもヘチマもあるもんかい。バカはバカ。誰がどう抗弁しようとあたしゃありゃとびっきりのバカだと思うからバカと書いたまでのことで、それがどうしていけないんですかい、と、例によって電話口でキレそうになるおのれのココロを必死でおさえ、ひとまずうわべは大人のふりした交渉ごとに。 ああ、ほんとにもう情けない、やりきれない、口惜しい。あの田嶋陽子のようなバカに対してはっきりバカと言う。そんな当たり前で誰はばかることのない簡単なはずのことでさえも、いまのこのニ
*1 ● 若い世代が新保守主義へ傾いてる、なんて最近言われているよね。言論という限られたステージにせよ、メディア市場のプロデュースともあいまって佐藤健志や福田和也といった固有名詞も出現し始めて、その「若い世代」の言論のありようとからめて語られることも出てきた。で、その場合の「若い世代」というのは、うっかり聞いてるとまさに我々のことだったりするんだけど(笑)。いわゆる新保守主義的言説になじむ感覚というのは個人的経験としてもわかるんだけど、ただ、今そういう文脈で記号としての「新保守主義」に分類され回収されることについては、僕自身「おいおい、ちょっと待たんかい」というところがある。くくられるのはある程度仕方ないにしても、その前にこっちでやっとかなきゃいけない作業ってのはまだいくつもあってさ。たとえば、八〇年代、新保守主義的な思想の流れが出てきた時期と、いわゆる「おたくカルチュア」が輪郭を整えてき
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