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ブラックフライデー
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ひょんなことから逮捕されて4日ほど拘束、3泊留置所にいた。 逮捕の経緯は特定されても面倒なことになるので割愛するけど、「うわぁ。。これでこんなになっちゃうんだあ。。」、てぐらいシャレにならなさが押し寄せてきて、、いま考えてもうわぁって感じだし二度と経験したくない。 なので「二度と同様の事にならないように」な反省をしてるんだけど、それとは別に「めったにできない経験だったなあ」みたいなのもある。「良い経験だったなあ」というのとも違うんだけど、盆休みで世界旅行とか行くよりもいろいろと気づきや今後のつながりがあるような。 まずはじめに、留置所と刑務所の違いについて自分的に曖昧だったんだけど、刑事罰がある犯罪をしてしまって逮捕された場合、検察 → 裁判所の過程を逃げないようにするためために警察署付属の施設に拘束→留置するのが留置所ということらしい。刑務所は裁判で最終的に実刑が確定した場合、その刑を務
初音ミクについて。ついったーしててもよく話題に出てくるので自分的にはデータ溜まってないしやったことないのでなんともって思ってたのですが、「blogだから人に聞いちゃえばいいや」、って感じでエントリあげてみます。なので以下は論考というよりは「オレの見たい初音ミク論」のための依頼エントリのようなものです。(※いつもながら長いので、各氏への依頼(質問)内容については後ろのほうで要約してありますのでお急ぎの場合はそちらからお読みください) んで、依頼に当たって、いちお初音ミクというものがどういうものかということについて簡単に(これも人様のエントリからパクらせていただきます) 「初音ミク」(合成人声ソフト)のルーツを訪ねて - POP2*0(ポップにーてんぜろ) 「初音ミク」をご存じない方に説明しておくと、テキストを入力してメロディーを指定すると、あらかじめインプットされた人間の発声フォルマントに基
この件にはあまり関わる気はなくて、てきとーについったーでつぶやくに留めてたんですが、hashigotanの様子も大丈夫そうだし、なんか違和感が残ってるのでエントリにまとめようかと思います。 まず最初にぼくの立ち位置なんですがどちらの味方というわけでもないです。かと言って「敵」というわけでもない。単なる傍観者なんですが、加えて言うなら「もうちょっと幸せな結末はなかったもんかなぁ」と思ってます。当事者についてはそんな感じなんですが外野については少し思うところがあります。ただ、これも批判とかバカにするとかそういうことではなく単純に、「もうちょっとうまくやれたんじゃないか?」、と思う程度です。「誰も悪くないのなぁ」と「もうちょっとうまくやれたんじゃないか?」っていうそういう気持ち。「誰が正しい」とか「偽善者」とかそういう優越感ゲームに加わるつもりはありません。 で、件のエントリなんですが、ちょうど
ここのぶくま見てたら「ニート」って言葉が出てて直近でメモっときたいことがあったので軽く 「働かざる者食うべからず」 - 忘れ去られるべき日々について はてなブックマーク - 「働かざる者食うべからず」 - 忘れ去られるべき日々について 以下、ビッグイシューvol84の雨宮×宮本対談から宮本みち子さんの発言 (p16-17) (※太字は引用者によるもの) (オレ的にまとめると、「NEETという言葉は単に若者の不安定就労をさす言葉だったのに、日本に入ってくる段階でナマケモノ的イメージがつけられてしまった」、という話) ニートという言葉は01年にイギリスでつくられた用語で、コネクションズという若者支援サービスが対象者を、13歳から19歳の「学校にも雇用にも職業訓練にも従事していない若者」と定め、それを「ニート」と呼んだのですが、その際対象としたのは、「不安定で、自活の困難な、社会から排除される可
善いことと悪いことがある。 善いことをすることもある、でも善いことをした人が「善い人」ではない、「善いことをした」というだけなんです。次の瞬間には悪いことをする、それが人間だと思わないと、あらゆる判断を間違える、自分自身についても。 宮崎駿 /出発点 http://morutan.tumblr.com/post/1040646663 ぶくま経由でこういうのをみて 「肉屋、鞄屋の人とは結婚して欲しくない」 http://anond.hatelabo.jp/20100904050444 「肉屋とか皮革業は被差別民の仕事だから…」ってアレで。 ある年代以上の関西以西の人たちはふつーに差別しててそれは特に他意がないわけだけど、こういうのは一般的な「正しさ」と親密圏の「正しさ」でモニョるなぁ、とか思った。オレもバイトでやり方わからずにトロトロしてたら「○△☓か?」ってよくわかんないけど差別語みたいな
もうついったーのほうにも感想書いたんだけどいちお Twitterでremoveしたくなる時 - ARTIFACT@ハテナ系 「長文連投が多い人はremoveしたくなることがあるよね」なエントリ。 これ自体はtwitterカルチャーの記録的なエントリという意味合いだろうから別にどうということもない。チラホラ言われている「follow人数の違いによる連投系ついったーとそうじゃないついったーの温度差の違い」みたいな話にも共通するように思う。つまり、「follow数が多い人はtimelineの流れが速いのでそれにつられてついったーpostが多くなるけど、follow数少なめ(post少なめ)なついったー環境にいる人はそういうついったージャンキーの連投を見てゲンナリしてしまう」、って話。 この辺の話は以前@TKRさんとも話したので個人的には解決済み。仮にそんな感じの連続postや長文postをする筆
格差社会関連で、またいろいろなエントリが重なってごちゃごちゃしてきたのでまとめておこうと思う。偉そうに上から物申すって感じではなく主に自分の理解用。けっこう参照エントリが多いので長くならないように心がけよう。 話がけっこう複雑なのでどっからとりかかったらいいか迷うけど、こういうときはやっぱ通時的に行ったほうがいいな。そういうわけで話の流れ的に前段階のエントリへのリンクをいちお バブルについての覚書き(@muse-A-muse 2nd) http://muse-a-muse.seesaa.net/article/34552036.html すごく大雑把に要約すると、バブル期以前は外国に車とか売りつけて儲けていられたんだけど、外国さまお得意のルール改正で外国から儲けることができなくなって、仕方がないんでそれまでの儲けを国内で循環させて景気を維持してたんだけど、餅を膨らませすぎてはじけ、それを取
だいぶblogも更新してないなあとおもいつつ、まあそれはいいとして。特に「書けない」ということでもなくNetflixとかアマゾンプライムとかのコンテンツ消費、読書、ランニング・サイクリングほかのメニュー消費で時間がなくなってblog書く時間がない。そんなこといっても「時間はつくれるもの」だし、簡単なblogするのに1時間もあれば十分だろからそのぐらいはなんとでもなるのだろうけど時間がないというかMPがなくなってるのでやる気にならない。あるいはMPがあるときでもなんとなくNetflixとか見てしまう。まあblogのルーチンから遠ざかって「どういうときblogしてたかなあ。。」って感じもあるからだろうけど。自分のなかでごちゃごちゃした悩みがあって、一度言語化して反省したほうがスッキリするみたいなときにしてたかなあとか想うけどそういうのはblogっていうか私的な日記ともいえnoteなんかでやって
はてなのsuVeneさんとこで蔵書管理系の話題が出てたのを見て、なんかこれ系のことまとめたくなったのでこの機会にやっとこう。 まず、該当エントリはこちら 読書管理・欲しい本管理の為のウェブサービスとか(@suVeneのあれ) http://zeromemory.sblo.jp/article/3549128.html 「自分がどの本読んだか。読んだ本の簡単なレビューとかまとめたい」とかいう例のアレについて。suVeneさんはこの分野慣れてないみたいなのでブクログと本棚orgでFAって感じだった。 たしかにweb系だといまのところそれが一番いい(のかな?)。あと、オフラインで「私本管理 Plus」なんかがいいんじゃないだろうか?バーコードリーダーで登録できるし。 バーコードリーダーはyomuparaの1万円ぐらいのヤツが人気があったと思う。 バーコードリーダ(¥8820) http://ww
個々人についてのエントリは(不完全ながら)先にあげたものでおしまいにしようと思っていたのですがまだきちんと伝わっていなかったようなので補足します。 はてなブックマーク - muse-A-muse 2nd: 「さらに弱いもの」がやさぐれ「弱いもの」を叩き「正しさ」の荒野が量産されていく これを見ると感受性が高く繊細でいろんなものごとに配慮し他人を傷つけないように生活できている人がチラホラいらっしゃるようで立派なことですねと思うわけですが、この人たちは文脈というものが読めているのだろうか?、と。 まずid:kaeru-no-tsuraさんですが、「「…とは嫁さんの俺評。」…うーん、こういうのをスルッと書けちゃうところがねぇ。無意識が悪いとは言えないけど、とため息をついてしまう」、とのこと。これはどういう意味なのか説明していただきたいですね。「スルッと書けちゃう」もなにもtwitterでのつぶや
善が過剰になって前景→デフォルメ化されて、それを見た人たちが違和感覚えてアレルギーってパターンを最近チョコチョコみる。「ギゼン」ってことへ警戒だと思うし、ぼくもそういう「正しさ」の過剰性みたいなのはびみょーな気がしてるんだけど同時にこのギゼン叩きというのが人間に元からある(あるいは社会的に備わった)善への意志も否定するものなんじゃないかとちょっと危惧、っつーか嫌な気持ちがしてる。 「過剰な善性への警戒」ってのは具体的に言うとこの辺だけど 「正義商品」としての「障害」 - 福耳コラム 「「正義商品」としての「障害」」への反応まとめ - 福耳コラム 一青 窈さんのPVがすごすぎる件について - 深町秋生の新人日記 先日の大反響について - 深町秋生の新人日記 この辺の反応も分からんでもないっつーか、これ系でいうと福耳さんなんかは小沢健二の灰色物語なんか想起されるのだろうけど、さっきもいったよう
この辺関連で 本気でお金がなくなってきた - phaのニート日記 はてなブックマーク - 本気でお金がなくなってきた - phaのニート日記 ぶくまで xevra ついにお金が無くなったのか。おめでとう。しかしこれで病院へも行けなくなった。若くて健康で居続けないと成り立たない暮らしは辛いね。/この世で一番楽しいことは仕事。仕事の楽しさが分からないのは不幸だよなぁ ってのがあって。それ見てch1248とかが憤ってたりしたんだけど ch1248 id:xebra ネパールではアパートの家主になって毎日ごろごろと暮らすのが理想とされる。幸せなんぞ人それぞれ。/あと、実際に会ってもいないのに、人の友人を病気扱いすんのは止めろ そういえば仕事してないと病になるんじゃないかなぁとかなんとか。 鈴木敏夫さんのpodcastを聞いていたら「うつ病の起源は家庭に洗濯機やオーブンなど機械が導入されて主婦の仕事
最近、姉が浮気されて離婚するとかいうのでぼんやりと「結婚とかパートナーシップにおける根拠」のようなものについて考えてる 「男はけっきょく『飲む、打つ、買う』っていうでしょ?あそこから抜けられないのよ」と母は言って、自分としてはそういうのとも違う人も知っているので「そうでもないよ」って答えた 「大部分の男はそういうところはあるかもだけどそれは子どもっぽいからで、そういうものよりもなにか大きな、単純な目標持ってる人というのはそんなところでは躓かないよ」と言いつつ それは自分が尊敬してる人たちに重ねた「こうありたい」という姿なのだろうけど そういうのは理性的規範といえる 「キスとか体に触るのはいいけど挿れるのはダメなの。おくさんに悪いから」というのは西荻夫婦だったか このマンガだけでもなくちょこちょこ聞くような話だけど 実際にそういった状況になったときそこで引き返せるのは至難の業で。それができる
このエントリの最後のほうで無縁社会に触れたのでついでに 網野善彦・鶴見俊輔、1994、「歴史の話」: muse-A-muse 2nd http://muse-a-muse.seesaa.net/article/186739555.html 「無縁社会」の話はけっこうめんどいわりに自分的には得るもの少なそうなのでエントリの形できちんとまとめるのはやめとこうと思ってたんだけど「無縁」とか「社会」の語用変化、そこに含まれる物を考えるのにはいいかと思ったので。 先のエントリでも言ったように「無縁」自体はもともと悪い意味でもなく、網野さんの本とかそれを受けた隆慶一郎の「吉原御免状」読んだことある人なんかは違和感のある話。 もともとは「(新しい縁を組むために)無縁(まっさら)にしたもの」程度のことだと思う。なので意味的には「フリーソフト」の文脈でストールマンが言っていた「Free」の意味に近いように思
馬車馬さんのところのエントリ見て、勢いでちょっと長いコメントをしつつ少し尻切れトンボだったかなぁ、と思ったんだけどこれ以上ヒトサマのコメント欄に長ったらしくなんか書くのもなんだし、blogのネタってのもあるのでこちらにうpしてTBしておきます。 まず、こちらのエントリ 和魂と洋才と「会社」の仕組み: マーケットの馬車馬 主題としては、「日本人が働き過ぎるのはなぜか」 「なぜ日本ではどいつもこいつも長々と残業しているのか? なぜ日本の会社は中途採用に対してこれほど消極的なのか? 成果給はなぜいつまで経っても根付かないのか? 日本の労働組合はなぜ企業と戦おうとしないのか?」、ということ。 それに対しての推論としては、「日本の村八分型評判メカニズムが問題なのでは?」、というもの。端的に言うと、<「日本型の評判システムがジェノア型の明確な契約に基づく上下関係の採用を阻んだのではないか?」、という話
この辺を見つつ、「そういえば公共性と世間のプロトコル相違の問題(およびアーキテクチャ設計について)のエントリまとめてなかったなぁ」、と気づいたり。 「うわべだけ規則に従って、規則違反はコッソリやるべし」という規律は、「健全な社会」にとって極めて重要である。(炎上と、<他者>のメンツを立てること) - 草日記 2007-12-05:フラット化は局所ルールを破壊する - 赤の女王とお茶を 自分的にはこの辺でちょっと書いたことです。 muse-A-muse 2nd: 「世間」と<世間>と「公共性」の間 (ネットはネガ・エントロピーを超える.....のか?) 要約すれば「プロトコルの違い」ってことですね。あるいは問題のレイヤの違いに気づかずに押しつけが発生しているので無駄な衝突が起こるとか・・。 「プロトコルの違い」は詳しく言えば知識や語彙、関心などの知的リソース、あるいはコミュニケーション様
ITmediaに笠原氏インタビュー記事が載っていて激しく違和感を感じたのでこの機会にたまっているmixiなエントリを洗ってみることにした。 とりあえず、トリガーはこれ 「わたし」対「わたしたち」――mixiと日本文化に挑むMySpace(@ITmedia) http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0702/16/news070.html ここで同氏は、「MySpace?眼中ねぇッスよ。ウチら圧倒的っしょ?なんたって"調和を尊ぶ友好的な雰囲気(ばいぶす)”っすYO」、発言をされているわけだけど、これが対外向けの煙幕じゃなくて本気だとすると空恐ろしいことだなぁ、と思った。 確かに、ネットワークの経済性というのはデファクトスタンダードをとったものが一人勝ちになり、それがグローバルに続いていく傾向があるように思うんだけど、だからといって、『mixiの笠原社長は
smallpineさんとこの「女らしくしたくない女」話を見ながら smallpineの日記 / 腐りかけの果実の自分語り - 勝ちたい、勝ち方に注文付けて勝ちたい....そんな傲慢さを見つめる試み smallpineの日記 / 腐りかけの果実の自分語り - ロリータと「女らしくしたくない女」 なんかいろいろ思った....というか伝言的なものがあるのでエントリあげとこう。 おーざっぱに要約すると、「女ということを利用してうんぬん」問題に対して過剰に反応する女史の方々の話、って感じ。 んで、まぁ、ぼくとしてもいろいろ思い当たるフシがあるわけだけど....そのほかにだんご的な事情も思ったり。 まず、「女ということを利用して・・」なことを過剰に意識する人ってのはなんか...美人が多かったように思う。(個人的経験としては) 小さいころから「かわいいねぇ」とか「きれいだねぇ」とか言われる反面、「わたし
1つ前のエントリ(内容から形式へ)関連で。最近見たものでちょっと思ったことがあったのでメモ程度に。まずはこれ 退廃芸術を世界から追放するのだ - Discommunicative 恋空が本当に面白い、冗談ではなく - Discommunicative 「ガキがてけとーなこといってるだけなので捨て置け」的な内容ではあるし別に怒っても意識してもないのでどーでもいいっちゃどーでもいいのだがこういう界隈の人々のリアリティというのについてちょっと興味がある。おそらく「意味から強度へ」であり「内容から強度(面白さでありインパクト)」ってことでその元になってるのは「個人の嗜好・価値観は自由じゃないですか!(解釈は自由じゃないですか)」 → 「全てがフラットなんですよ」的な考えだと思うんだけどまぁゆとりって感じかなぁ、とか。 eigokunにしてもそうだけどこういう界隈の人々のおそろしくゆるい認識(+自分
わたしからすべてが離れていったのは、たぶん、お前だけを愛させるためなのだ。 J.L.ボルヘス 房に入る前に読んで、なんとなく心がザワついたというか琴線に触れたとかなんとかなって日記したかったのでいまさら 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 - 帯の著者インタビューにもあったけどこの小説自体はもともとそれほど大したものに仕上げるつもりでもなく「世間的には凡庸で平均的な男がいる」というモティーフがまずあり、その絵をふくらませていったものだったのだろう。 その男が自殺を考えていて、その理由を肉付けしていった。 なので元々は短編として仕上げられるべくものであり、短編で仕上がっていたとしたら1章と最後の章ぐらいで仕上がっていたかもしれない。あとはわずかな肉付け。 現在の村上春樹の筆力を試すための習作的な性格があったのでは? 帯に「良いニュースと悪いニュースがある。」の部分が抜き出されていること
五号館(stochinai)さんのところに昨日のクローズアップ現代関連のエントリが上がってて、ぼくも見たので関連で思うこと述べつつTB差し上げとこうかと思う。まずはこちらから 5号館のつぶやき : クローズアップ現代「にっぽんの“頭脳”はいかせるか~苦悩する博士たち~」 やはりstochinaiさんも放送内容に対して違和感を覚えたらしくて、その辺のところについていろいろやんわりと諭されている。stochinaiさんの場合は若者の研究離れを気にされているのでその辺の配慮を中心に、「あの番組内容ではまた若者離れが進むだろうな」という心配がメインみたい。 まぁ、こういうことだけど クローズアップ現代でも、ポスドク残酷物語を放送していました。内容は、例によって例のごとしで、博士号を取得しても大学の研究者になれずに不安定なポスドクを続けているとか、子供が生まれたのでポスドク生活をやめて企業の営業職に
バーゲンの季節ですね。そういうわけでおっさんもちょっと浮かれ気分に浸ってみたくて「Sale!」札立ち並ぶ店頭を散策してきました。っつっても、いつも通り買うものがなかったわけですが...。 今回は和洋服っぽいものが欲しくて和柄のTシャツ(もしくはタンクトップ)を求めて各店をさまよったのですが見つからず、「あぁ、おっさんは世間から必要とされていないのかな。もう、”You、若者の嗜好にあわせちゃいなよ!”的軍門にくだるしかないのかな」、といった気の迷いも一瞬生じたのですが、どうやってもああいったなんかよく分からないプリント柄の入った服を着る気にはなれない...。かといって、いつも通り無地な服を買ってきても仕方ないのでけっきょく何も買わずに帰ってきました。....やはり目的物はネットで購入するしかないのか? できれば実店舗でぶらぶら閲覧しながら買いたかったのに。 ってか、あることはあったんですが、
なんか、ケータイ小説のことが気になったのでいま把握してる範囲の情報をザラっとまとめておこうかと思います。 市場っつーか売り上げ的にはこの辺かなぁ ある編集者の気になるノート : もはや、「文芸=ケータイ小説」の時代なんだろうか? TOHAN発表の上半期売り上げベストテンから。ある編さんによるとこの内6つがケータイ小説なんだそうです(1、2位含む)。「市場ができたのではないか?」についてはkanoseさんもエントリあげておられましたね。 ARTIFACT@ハテナ系 - ケータイ小説が最近になってなぜ分析対象として注目されたのか? Yoshi氏の『DEEP LOVE』がすでにヒットしているのに今更…みたいな意見を見かけるが、なぜ今になって分析対象になっているかといえば、Yoshi氏の存在はあくまでイレギュラーとして認識されていたが、ケータイ小説をベースにした他のヒット作が登場したことによって、
なにやらtwitterがメンテ中のようなのでたまにはこちらにそれ系の話題でも。ネタ元としてはこの辺から↓ 忘却防止。 - はてなブックマークとはてなスターを使い分けるならば - 情報を集める立場から このエントリ自体ははてぶとはて☆の使い分け(てか、「はて☆けっこう使えるぜ?」)についてのエントリなわけだけど、それ以前に。はてぶ(social bookmark)、FastLadder(フィードリーダー)、Seesaa (blog)、mixi (social network), twitter (mini(micro) blog), tumblr (sbm + blog)、last.fm (music network)、とやっていていささか食傷気味だなぁ、と。いちおiddyにまとめてるけど、「繋がり過多」って感じはしますね。 もっともはて☆なんかの場合はエントリ立てるわけでもなくたまに見る程
ケルト人の1年の終りは10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていたが、時期を同じくして出てくる有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていたhttp://bit.ly/s7Mvpf ついったに上の文言が流れてきて「ケルトが魔女を有害化するってどういうこと?」ってたどってみたらウィキペディアの記述で出典は鷲津名都江著『英国への招待 マザー・グースをたずねて』(筑摩書房、1996年)ってことだった。 そんで「いい加減な記述でもともとのサウィンとかインボルクとか触れてねえんじゃねえの?」ッて思って確認したら意外とサウィンについては触れていた。 んでも他の時期については触れてないし、やはり「魔女」について気になったのでうんたらうんたらしたり、、ハロウィン時期だったりまどか☆マギカ劇場版記念だったり「純潔のマリア」完結したねってことでついでだからちょっ
L'Arc~en~Ciel is the best japanese band in the world. 「面白い見方」をしていると思う あまり心を打つものがないというか、、、 「せっかく読んだしちょこちょこ言及することもあるかもしんないからいい加減これをまとめとかないとなぁ」とか思いつつうにうにしていたところたけくまさんのところに関連エントリが上がってたので端緒にしてしまおう。 たけくまメモ : オタクはいつから差別されていたのか? たけくまさんとこの話は「オタクって言葉ができる以前にオタク的な趣味を持つ人々は差別されていたか?(「オタク」って言葉が差別を助長したように思うけど)」みたいな内容。つか引用しとこう 俺がもともと考えていた仮説としては、 「おたく(オタク)という言葉は、1983年に中森明夫によって“差別用語”として作られた経緯があるが、当初それを使っていたのはもっぱらオタク
この本はけっこう言及することが多くなりそうなので自分なりのまとめエントリ書いとくと後々楽だなぁ、とか思いつつなかなか手がつけられなくて放ったらかしだったところこのエントリを見て当初の目的を思い出したり。 江原さんの落日 - 深町秋生の新人日記 ああ、そういや「なんでいまさら細木とか江原みたいなのが受けてるんだろ?」ってことで興味持ったんだよな。本書の主題は「相対的な判断が発達しているはずの2ちゃんねらーが嫌韓みたいなベタなナショナリズムにとらわれるのはなぜなんだぜ?」ってことだったんだけど、世間一般でもベタに物事が受け取られていてそれに違和感があったり。江原、細木ってのはその最たる例。 んで、この辺については社会学者の辻大介さんなんかもちょっと前(あるいは同時期?)にコメントしてはったように思うんだけど該当エントリが見つからないな。。似たようなのはあったけど 「過激」さ ウケる社会(@辻大
たまには久々にお習字的に 休んでる間も相変わらず世界史には興味持ってて流れで歴史小説とかハプスブルクとか100年戦争あたり見てたんだけど、流れで歴史物に興味持ってるので「?あれ?そもそもどういう関心だったっけ?」と思い、新しい鉱脈読み進める前にいちおブックマーク的にまとめとこう。 (現在はどうか分かんないけど)学校の世界史の授業、重大事件とか重要人物、年号の羅列と暗記的なものだと分かりにくいような、「ナニがドウなってこういう結果になった」って歴史的事柄の意味、関係性を物語ってくれるようなもの。最近の関心はそういうものだったのだなぁ、ってあらためて。 その中でも代表的なものとして、<なぜ、科学や資本主義を基本とした市場経済で西ヨーロッパは覇権をとっていったのか?>、というのがある。 ヨーロッパなんかは世界史的に見れば弱小なところで、古代でもローマが興隆するまでは東方騎馬民族や北方のゲルマン、
昨日の夜ぐらいについったーで「自分らしさをもちながら人との関係性を保つこと」うんぬんな話をしていて今朝方なんとなく気になったのでメモ的に。 「社会という場ではほかの人のことも気にしないといけないよ」ってのは分かるけどほかの人のことを気にしすぎてアイデンティティが承認欲求を元にするようになるとしんどいだろうなぁ、とか。「人が迷惑するから」とか「あの人はぼくのことを気遣ってくれて」とかいうのも大切だし、それをどのくらい気にするかというのもその人の歩んできた人生とか現在いる環境によって違うものだと思うけどやっぱそればっか気にしすぎていると気疲れしてしまうんじゃないかと思う。 というより、(いぢわるな言い方をすれば)「ほかの人のことを気にしてこういう行動をしたんだ」的な言い訳になるというか....... で、傷ついたり傷つけたりな泥は避けるのね。 それは優しさともいえるのかもしれないけど少し逃げ過
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