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GWの過ごし方
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【MinaMoa(ミナモア・JR西日本広島駅南口駅ビル・商業施設・写真はMinaMoaのサイトより)】 MinaMoa(ミナモア・JR西日本広島駅南口駅ビル・商業施設)は2025年(令和7年)3月24日に開業しました。JR西日本グループの中国SC開発(株)が運営しています(SCはshopping centerの略)。車でMinaMoaにやって来ました。福屋広島駅前店の駐車場に車を入れて、地下2階から歩いてMinaMoaに行きました。学生時代はよく仲間と広島駅ビルに来ていましたが、MinaMoaになってからは初めてです。MinaMoaは今年3月24日(開業から1年目)で、来館者は想定を上回る約3300万人に達しました。【他の写真】 【広島国際学院中学校・高等学校吹奏楽部演奏会】 MinaMoaに行く途中、JR広島駅南口地下広場で広島国際学院中学校・高等学校吹奏楽部の演奏会が開催されていました
【戦後の東京風景(「カストリ時代~昭和21年、東京、日本 林忠彦写真集」1980年・朝日ソノラマ)】 写真家・林忠彦の戦後からの写真に情熱を注いだ生涯の軌跡(年譜)を垣間見てみたいと思います。「カストリ時代」は、第2次世界大戦直後の昭和20年代前半の、食糧難と焼け跡の中で、酒粕(さけかす)を原料とする粗悪な密造酒「カストリ焼酎」を飲んでたくましく生きた時代です。その時代の世相・人物の内面が浮き上がる写真撮影に情熱を注いだ林忠彦は、後に写真集にして世に問いかけました。その「カストリ時代」から、多角的で深い撮影に取り組み、世の評価を得て、総理大臣賞や紫綬褒章、勲四等旭日小綬章など受賞。晩年は肝臓がん、脳出血を発症しながらも、四男・林義勝氏の助けを借りて車椅子に乗り撮影を続けて「東海道 林忠彦写真集」(1990年・集英社)を完成させました。1990年12月死去。享年72歳。【他の写真】 【坂口安
【周南市美術博物館】 周南市美術博物館では第34回(2026年)林忠彦賞受賞作、「XEPCOH へルソンーミサイルの降る夜に」(佐々木 康)を記念して4月25日(土)~5月10日(日)に受賞記念写真展が開催されます<4月27日(月)、5月7日(木)は休館です)>。 【林忠彦賞コーナー(林忠彦記念室)】 林忠彦賞は、戦後写真界に大きな足跡を残した写真家・林忠彦(周南市出身)の多彩な業績を記念し、周南市と公益財団法人周南市文化振興財団が1991年(平成3年)年に創設したものです。1996年(平成8年)には第46回日本写真協会文化振興賞を受賞しました。林忠彦賞選考は1992年の第1回から今年2026年の第34回まで実施されています。今回は直近の第34回から第29回までの6作品を紹介します。【他の写真】 【第34回(2026年)林忠彦賞=写真集・写真展「XEPCOH へルソン―ミサイルの降る夜に」
【30歳頃の林忠彦・1940年代後半(写真は<「時代を語る 林忠彦の仕事」 光村推古書院・2018年>より】 林忠彦<はやし・ただひこ・1918年(大正7年)3月5日~1990年(平成2年)12月18日・享年72歳>は山口県周南市出身の写真家です。昭和を代表する写真家の一人で太平洋戦争後の日本の風俗、文士、風景など多角的な撮影を行い功績を残しました。今回は周南市美術博物館2階にある林忠彦記念室を巡り、彼の精神世界に触れてみたいと思います。【他の写真】 【林忠彦記念室入口(周南市美術博物館2階)】 周南市出身の写真家、林忠彦の軌跡をたどります。ビデオも視聴できます。入口を入ってすぐの正面の壁には、林忠彦の30歳頃の写真家として象徴的なシーンの大きな写真が目につきました。【他の写真】。 【林忠彦記念室内部】 彼の作品や写真撮影のカメラ、道具などが展示されています。展示室内には、後に世に知れ渡っ
【上関城山歴史公園・曲輪跡地から北高台跡の物見台を望む】 今回は上関町(かみのせきちょう)の概略の歴史に触れてみたいと思います。山口県熊毛郡上関町は瀬戸内海の中央部に位置し、古くから海上交通の要衝として栄えた歴史を持つ町です。特に江戸時代には西廻り航路の重要港として、また朝鮮通信使の寄港地としても重要な役割を果たしました。【他の写真】 【主郭跡の丘・東側遊歩道に黄色い早咲き水仙がたくさん咲いていました】 江戸時代、朝鮮通信使の船が日本へ向かう際に上関に寄港していました。朝鮮通信使に関する資料が多く残されており、上関は文化的な交流の場でもありました。【他の写真】 【上関大橋から上関海峡の北方向を望む】 室津半島と長島に挟まれた上関海峡は、潮の流れが速いものの、風待ち・潮待ちの港として中世から栄えました。江戸時代には、西廻り航路(北前船など)の拠点として、藩の番所が置かれるなど、海上交通・物流
【上関城山歴史公園マップ】 上関海峡を見下ろす標高58mの丘の上にある上関城山歴史公園はとても美しく癒されました。その上関城(かみのせきじょう)の歴史を垣間見て古に心を寄せてみます。【他の写真】 【上関城・北高台跡】 上関城は南北朝時代から戦国時代にかけて村上水軍の海城(うみじろ)でした。上関城は現在の愛媛県今治市宮窪を本拠とした能島(のしま)水軍の村上義顕(むらかみ・よしあき)が、現在の山口県熊毛郡上関町の長島に海関(かいかん=税関)を設置し、代々居城としました。【他の写真】 【上関城・北高台跡の物見台】 この地は瀬戸内海の交通上、西端の要衝である上関海峡という関を見張る上で絶好の立地条件でした。上関城はそうした機能と徴税権行使のため築城されました。城兵は上関海峡を通る船から帆別銭(ほべつせん=船舶の帆を単位として徴収される税金)や荷駄銭(にだせん=運送する荷物の量に応じて徴収される税金
【満開の河津桜が絵のように美しかったです(上関城山歴史公園・曲輪(くるわ)跡地にて)】 山口県上関町の長島にある上関城山歴史公園(かみのせきじょうやまれきしこうえん・標高58m)の桜まつり<第14回・2月28日(土)~3月1日(日)>にやって来ました。上関城山の約190本の河津桜は満開で、まさに華やかな「ピンク・シャトウ」(淡紅色→桜色の城)と感じました(「ピンク・シャトウ」というイメージが浮かんできたのは、私はハードロックな名曲【「ブルー・シャトウ」】(青い城・かぐや48)をよく視聴しているからだと思いました。この曲の映像はカナダの「シャトウ・レイク・ルイーズ」ホテルと湖がイメージされていてとても美しく、ステキな曲です)。【他の写真】 【上関城山歴史公園・北高台跡の物見台横から福浦港と長島の最高峰、上盛山(かみさかりやま・標高314m)を望む】 15世紀中頃(室町時代)に築城された上関城
【やなせたかし展・オリジナルグッズ販売コーナー(周南市美術博物館1階エントランスホール)】 「やなしたかし展~人生はよろこばせごっこ」は中国地方では山口県周南市のみの開催でした。主催は周南市、周南市文化振興財団、読売新聞社、KRY山口放送。 【オリジナルグッズ・ポーチ・ミニキャンパス・刺繍缶バッジ・Wクリアファイルなど】 1924年(大正13年)やなせたかしが5歳の時、父親が死去。残された家族は父親の縁故頼りに高知県高知市に移住しました。弟は伯父の家に引き取られました。【他の写真】 【オリジナルグッズ・巾着・刺繍キーホルダー・ポストカードなど】 1926年(大正15年)7歳の時、母親(とても美人でした)が再婚したため、やなせたかしも伯父に引き取られ弟と一緒に育てられました。その弟も1944年(昭和19年)第二次世界大戦で戦死しました。【他の写真】 【オリジナルグッズ・手紙が書けるジグソーパ
【オリジナルグッズ・タオルやTシャツなどの販売コーナー(周南市美術博物館1階エントランスホール)】 フェイスタオル、ミニタオル、ショートソックス、Tシャツ、トートバッグなどが販売されていました。【他の写真】 【オリジナルグッズ・フェイスタオルとミニタオル】 やなせたかしは「アンパンマン」以外にも200以上のキャラクターを制作しています。ハウス食品の「リンゴキッド」、高知県の「ごめん・なはり線21駅キャラクター」、佐世保バーガーの「佐世保バーガーボーイ」などなど。自画像的な「やなせうさぎ」も知られています。 【他の写真】 【オリジナルグッズ・ミニタオル】 やなせたかしの2歳年下の弟、柳瀬千尋(やなせ・ちひろ)さんは京都帝国大学で法律を学んでいましたが、海軍に志願しました。【他の写真】 【オリジナルグッズ・ショートソックス、Tシャツ、トートバッグなど】 柳瀬千尋さんは第二次世界大戦で駆逐艦の乗
【オリジナルグッズ販売コーナー(周南市美術博物館1階エントランスホール)】 オリジナルグッズを見て回りました。「やなせたかし展」は周南市美術博物館開館30周年記念(1995年9月4日に開館)として開催されました。運営は公益財団法人周南市文化振興財団。ちなみに高知県香美(かみ)市にある香美市立やなせたかし記念館は1996年7月に開館しています。【他の写真】 【やなせたかし展特別協賛企業】 やなせたかしは「七色の作家」と言われていて、漫画家、絵本作家、詩人、デザイナー、編集者、エンターテイナー、アンパンマンの生みの親という七つの異なる顔を持っていました。才能にあふれた人でした。90歳を超えても「今が青春」と語っていました。多数の病気に侵されながらも、このような発想ができるとは……とても強くて素敵な人だと思いました。【他の写真】 【やなせたかしの著書コーナー(全体)】 やなせたかしの人生は明るく
【周南市美術博物館】 「やなせたかし展~人生はよろこばせごっこ」(2025年11月14日~12月28日)が開催されている周南市美術博物館(山口県周南市花畠町)にやって来ました。やなせたかしの原画約200点を中心に漫画、詩、絵本、「やなせたかし大解剖」などが展示されています。 ”人生はよろこばせごっこ” というコピーに感動しました。やなせたかしは「人を喜ばせること」を人生最大の喜びとしていました。過酷な戦争体験、家族との別れ、様々な人との出会いに揉まれ、「なんのために生まれて、なにをして生きるのか」を自分に問い続けた、やなせたかしが辿り着いたのは、本当に困っている人に一片のパンを、「あんぱん」を与えられるヒーロー像でした。【他の写真】 【「やなせ兎」キャラクター人形(「やなせたかし展」入口・1階)】 サングラスの「やなせ兎」というキャラクター人形が出迎えてくれました。2025年3月31日~9
【天空のライティングフラワーショー(青空公園)】 冬の夜の幻想的なイルミに囲まれて、徳山駅前ロータリーから御幸通り、それからPH通りをブラブラ歩きながら最終目的地の青空公園の天空のライティングフラワーショーにやっとたどり着きました。【他の写真】 天空のライティングフラワーショーは青空公園広場の中央に設置されたシンボルツリーから360度に広がるLEDが点滅し冬の夜空にイルミネーションショーが展開されていました。【他の写真】 公園広場の中央に設置された高さ8mのシンボルツリーはロウソクをモチーフに制作されています。これは平成4年から3年間、徳山冬のつりーまつりで徳山駅前ロータリーに巨大ロウソク(日本精蝋株式会社提供)が設置されたことに由来しています。【他の写真】 周南冬のツリーまつり・ウィンターイルミネーション2025の開催期間の後半に来たせいか、来場者は少なく、まばらでした。【他の写真】 会
【ギフトボックスイルミ(徳山駅前ロータリー)】 今年も瀬戸内海沿岸都市、山口県周南市の周南冬のツリーまつり・ウィンターイルミネーション2025にやって来ました。イルミネーションの構成は昨年とほぼ同じですが、相違点も多々あるのでマンネリ感はありません。主催は徳山商工会議所(主管)、周南市、新南陽商工会議所。【他の写真】 【ハートのイルミ(御幸通り)】 周南冬のツリーまつり・ウィンターイルミネーション2025は周南市の冬を代表する風物詩です。今年で41回目になります。「日本夜景遺産」にも認定されています。【他の写真】 【街路樹イルミ(御幸通り)】 100万個のLED電球で彩られる中国地方最大規模のイルミネーションです。会場は周南市の徳山駅前ロータリー、御幸通り、PH通り、青空公園。開催期間は2025年11月28日(金)~2026年1月4日(日)。イルミネーション点灯時間は17時30分~22時。
【下瀬美術館の丘を登って望洋テラス(企画展示棟屋上)に上ります】 花咲く丘のなだらかな坂道を私たちは登っています。空気もきれいで見晴らしの景観も良く、とても癒される丘です。散策も楽しく会話も弾みました。ミラーガラス・スクリーンのステキな建物と自然も調和していると感じられました。【他の写真】 【下瀬美術館の望洋テラス(企画展示棟屋上)に出ました】 曇ってはいますが、ここからの展望は私たちの心を開放的にしてくれました。東方向にはカラフルな下瀬美術館・可動展示室や瀬戸内海に浮かぶ宮島(厳島)、江田島(旧海軍兵学校所在地=現在は海上自衛隊幹部候補生学校所在地)などの島々、北~西方向には国道2号線に沿った大竹市の市街地、南方向には三菱ケミカルエンジニアリング株式会社大竹事業所(現・同社広島事業所)など石油化学コンビナートの工場群が望めます。【他の写真】 【エントランス棟内部】 エントランス棟は2つの
【下瀬美術館の望洋テラスからエミール・ガレの庭を望む】 エミール・ガレが愛した植物をなどを植栽して造園されたエミール・ガレの庭です。下瀬美術館のアンバサダーに俳優の藤﨑ゆみあさんが就任されました。【他の写真】 【エミール・ガレの庭入口】私たちは下瀬美術館のエミール・ガレの庭にやって来ました。アール・ヌーヴォーを代表する工芸家、エミール・ガレは、自然をモチーフとした作品を手掛けるだけでなく、植物学者としても知られています。そんなガレの作品に登場する草花を中心に瀬戸内の気候に合わせて植栽されました。【他の写真】 【エミール・ガレの庭の入口付近から瀬戸内海を望む】 厳島(宮島)や瀬戸内海の島々が遠くに見えます。あいにくの曇りなので、空も海も灰色です。【他の写真】 【入口付近からエミール・ガレの庭を望む】探求心の強いエミール・ガレは自身の作品に日本やイスラム、中国といった異国の文化も積極的に取り入
【エミール・ガレの庭前から可動展示室(下瀬美術館・企画展示棟の東側)を望む】 水盤の上に浮かんでいる8色のカラフルなキューブ型の可動展示室は、建築家・坂茂氏が設計した建築美術作品です。とてもきれいで癒されました。【他の写真】 【望洋テラス(企画展示棟屋上)からエミール・ガレの庭(北側)と可動展示室、瀬戸内海(北東側)、厳島(宮島)を望む】 瀬戸内海に浮かぶ宮島。世界遺産の厳島神社や水族館などがあります。瀬戸内海の島々に着想した坂茂氏は広島の造船技術を活用して、水の浮力で動かせる仕組み(移動システム)にしたのです。世界でも類を見ない可動式美術展示室です。今日は瀬戸内海はあいにくの曇り空でしたが、カラフルな美術館が際立って、存在感を増していました。けれども、晴れの日にもう一度来てみたいと思いました。【他の写真】 【望洋テラス(企画展示棟屋上)から可動展示室と瀬戸内海(東側)、厳島(宮島)を望む
【下瀬美術館・レセプション棟前の広場からエントランス棟を望む】 私たちは車で下瀬美術館に来ました。隣の晴海臨海公園には何回か来ていますが、2023年に開館した下瀬美術館は初めてです。広々とした、まるで美しい自然公園の中に建築されたような美術館。その美術館のミラーガラス・スクリーンが周囲の樹木や芝生を映し自然に溶け込むように調和して私たちを迎えてくれました。下瀬美術館は2024年12月に、ユネスコ(国連教育科学文化機関)によって創設された建築賞<ベルサイユ賞>(最優秀賞)「世界で最も美しい美術館」を受賞しています。【他の写真】 【左の楕円形の建物がエントランス棟・右端の切妻屋根の建物がレセプション棟】 下瀬美術館の建築の全ては、世界的建築家である坂茂(ばん・しげる)氏が「アートの中でアートを観る」をコンセプトに設計しました。【他の写真】 【下瀬美術館・全景(模型)】 下瀬美術館は美術館と関連
黄昏時、いろり山賊玖珂店の灯も輝きを増してきました。美しい店舗の灯りを眺めていたら、ふと、この建物の雪景色が脳裏に浮かんできました。いろり山賊錦店は冬には雪が積もるそうです。ここ玖珂店も雪が積もるときがあるそうです。冬は寒そうだけど、山賊村の雪景色を堪能しながらの食事も一興かなと思いました……。【他の写真】 食事を終えた私たちは、帰る前に再び山賊村を散策しました。いろり山賊の前身は広島県広島市の居酒屋「的場大学」です。1971年(昭和46年)に「いろり山賊」と改名して岩国市玖珂町の現在地に移転開業しました。この地に昔、山賊がいたという言い伝えがあるそうです(資料等で確認したのではなく伝聞です)。【他の写真】 その後、1978年(昭和53年)に「いろり山賊錦町店」(岩国市錦町)、1985年(昭和60年)に「いろり山賊周東店」(岩国市周東町)を出店しました。けれども、コロナ感染の流行で「いろり
みんなで夜店に寄ってみました。ヨーヨー釣りなど、子供も大人も楽しめるお店で、たくさんの人が遊んでいました。店員さんも親切で、みんなゆったりできて楽しめました。【他の写真】 夜店で遊んだ後、いろり山賊建物内にある土産物店などを見て回りました。みんなそれぞれ珍しいお菓子やお土産などを買い求めました。【他の写真】 土産物店から裏手の山賊村に出る通路です。お土産としてお持ち帰り用の人気メニューが張り出してありました。山賊弁当もありました。【他の写真】 通路の奥から土産物店を撮影しました。お菓子や珍味などバラエティ豊かに品揃いしていました。奥の方では山賊焼きを職人さんが焼いていました。【他の写真】 いろり山賊の建物の中では、テーブル席や座敷席で多数のお客さんが食べたり、食事が運ばれて来るのを待ったりしていました。お客さんが多いので、山賊焼、山賊むすび、山賊うどん、山賊そば、鮎塩焼などは、注文してから
いろり山賊玖珂店(山口県岩国市玖珂町)で食券を買って、いろり山賊の建物の裏から外に出ると山賊村です。丘や谷間があり、その野外に食事用のテーブル席や座敷席が多数点在しています。谷間の小川に橋があり、恵比寿様の像が両端に建っています。このエリアは「恵比寿の庭」と呼ばれています。【他の写真】 橋を渡り振り返りかえると、いろり山賊の建物で多数の客が食事をしているのが見えました。私たちは指定のテーブル席に陣取りました。【他の写真】 日が暮れかけてきました。食事が運ばれて来るまで時間があるので、私はひとりで夕暮れの山賊村を散策することにしました。小川の上流に行き橋を渡ります。橋の上には提灯が灯り、丘の上には夜店や山賊魂(むすび)稲荷神社の灯りが輝いています。【他の写真】 夜店の方には行かずに左に折れて遊歩道を上り丘の上の山道に上がりました。森の中に沢山の座敷席があり、多くの人々が食事をしていました。【
山口県岩国市玖珂町のお食事処「いろり山賊玖珂店」にやって来ました。多数の人々が押し寄せるように来ていて、近くの駐車場はすべて満杯でした。それで、私たちは遠くの第3駐車場に駐車して歩いて来ました。【他の写真】 夕方なので電飾がきれいです。「いろり山賊玖珂店」は瀬戸内海から直線距離で約10km内陸の岩国市の山中にある人気のお食事処です。山賊むすび、山賊焼き、山賊うどんなど名物料理で知られています。営業時間は10時~23時。私は「いろり山賊」は今回で3回目です。【他の写真】 「いろり山賊玖珂店」に着きました。多数の人です。「いろり山賊」は株式会社ファミリーレストラン大学(岩国市玖珂町・資本金1000万円・従業員数100人)が展開するレストランです。「いろり山賊」は山口県内に2か所あります。「いろり山賊玖珂店」と「いろり山賊錦店」(岩国市錦町)です。「いろり山賊玖珂店」には、「いろり山賊」、「竈(
防府市のアスピラート2階にある「大村能章の部屋」を訪れました。防府市出身の大村能章(おおむら・のうしょう)は中山晋平、古賀政男等と一世を風靡した昭和の歌謡作曲家です。その作品数は8000曲とも言われています。「大村能章の部屋」には大村能章の作品1000曲の検索演奏(ヘッドホンにより聴くことができます)。また、遺品30点、パネルによる生涯や作品などが展示・紹介されています。【他の写真】 大村能章は1893年(明治26年)12月13日、山口県防府市多々良に米穀商「大村商店」の長男として生まれました。本名は大村秀弐(しゅうじ)。松崎尋常小学校時代はバイオリンを独学で弾いていました。宗洞宗第四中学校から横須賀海軍軍楽生となり、首席で卒業しました。16歳で横須賀海軍軍楽隊に入隊。大正9年御園ツネ子と結婚。【他の写真】 大正10年除隊し帰郷。大正15年、家族を連れて上京。作曲家を目指しました。昭和6年
【アスピラート(北側の県道185号線から撮影)】 防府市(ほうふし)のアスピラート(防府市地域交流センター)は市民の文化活動の拠点として1998年(平成10年)に開館しました。音楽ホールはクラシック音楽の演奏に適しており、高い評価を受けています。人気の交響楽団や各種コンサートの演奏が頻繁に開催されています。平成11年度手づくり郷土賞を受賞しています。【他の写真】 【アスピラート(南側の防府駅から撮影)】 アスピラートは市民の文化活動支援と新たな文化活動を触発するための市民スペース、芸能活動を行うためのリハーサル室・練習スタジオ、それらの発表の場となる音楽ホール・展示ホールの3つの機能で構成されています。市民スペースの一角には防府市出身の作曲家、大村能章(おおむら・のうしょう・1893年~1962年)の展示室もあります。【他の写真】 【アスピラート・正面入り口】 入り口付近には「種田山頭火の
TrickArt展(アスピラート)オリジナルグッズも展示会場入口付近で販売されていました。トリックアートの書籍やグッズなど、視覚の錯覚を利用した、とても不思議な企画作品で、面白くできていました。私たちもじっくり商品やグッズを見て回りました。【他の写真】 トリックアートの名作を集めた作品集で芸術性の高さと独創的なアイデアが好評の「Trick Art Collection」(3300円)や「オリジナルトランプ」など。【他の写真】 視覚の錯覚を利用した超不思議体験!「立体トリックアート工作・キットブック」(32ページ)、国際イリュージョンコンテスト2018で優勝した立体錯視の作品を作りやすく設計し直した作品もある「錯覚!立体ペーパークラフト」(大型本・48ページ)など。【他の写真】 “おばけめいろにチャレンジ”、“おばけやしきのきょうふ”、“たんけん!おばけじま” などの不思議な物語絵本「おばけ
【アロサウルス】 引き続き、防府市のアスピラートで開催されているトリックアート展(8月24日まで)を巡ります。「ヘルプ・ミー!」 突然壁から飛び出した、恐竜アロサウルスに食べられてしまいそうです。アロサウルスは ”異なるトカゲ” の意味で、日本では「異竜(いりゅう)」と呼ばれている大型肉食恐竜です。立体的に見える絵が不思議です。【他の写真】 【モグラ!?たたき…?】 ムシャクシャした時、ゲームセンターで、カーレースやモグラたたきをよくやりますが、今回は私が顔を出して、モグラさんのうっぷんのはけ口になりました。【他の写真】 【サメに乗って海底探検】 日常では、恐怖の人喰サメに乗るなんて、あり得ません。でも、ここでは、ルンルン気分で憎らしいサメの背中に乗ってやりました。悔しそうなサメの顔。この非日常的なアートの世界でワクワクしました。【他の写真】 【風を感じる】……Mさん、撮影アングルはこれで
【アスピラート(防府市地域交流センター)】 私達はアスピラートにやって来ました。防府市地域交流センターは市民の文化活動の拠点として1998年(平成10年)に開館しました。愛称の”アスピラート”はフランス語の「大志を抱く人」に由来しています。【他の写真】 TrickArt展(ふしぎなアートミュージアム)は、体験型アートで不思議で楽しい写真を撮ることができます。「だまし絵」を発展させ、人間の錯覚を利用した不思議なアートです。立体に見える絵画や中に入ることで錯覚を体験できる作品です。今回は世界の名画をモチーフにした不思議な美術館がテーマになってて、その名画の中に入り込めます。8月24日(日)まで。【他の写真】 【ゴッホとカフェで】 早速ふしぎなアートミュージアムを巡ります。最初は、ゴッホの名作「グレーのフェルト帽の自画像」と「夜のカフェテラス」を融合させた絵画の世界です。この世界に入り込むことが
ゆめタウン下松(イズミが運営)にやって来ました。ゆめタウン下松は108の専門店とスーパーから成るショッピングモールです。1993年(平成5年)に「ザ・モール周南」(西友が運営)がオープンしました。その後2018年(平成30年)に株式会社イズミ(本社・広島市・スーパーマーケットチェーンを展開する企業)が西友から「ザ・モール周南」を取得し「ゆめタウン下松」に変更されました。【他の写真】 ゲームが大好きなので、私はクレーンゲームのTV番組「THE神業チャレンジ」は欠かさず観ています。広島県、山口県周辺の多数のゲームセンターに行っていますが、ゆめタウン下松のゲームセンター(アミュージアム周南店)はトップクラスのゲーム充実度なので、時々やって来ます。【他の写真】 早速、メダルゲームなどいろんなゲームに挑戦して楽しみました。クレーンゲームも100台近くあり、以前「鬼滅の刃」グッズも多数取っています。ぬ
【遊覧船乗り場から錦帯橋を望む】 錦川の周囲の景観を眺めながら巡る遊覧船はとても人気です。私はまだ遊覧船には乗ったことがないのです。時間の関係で今回もやめますが、いつか乗ってみたいと思いました。【他の写真】 【遊覧船乗り場(横山地区)】 春の遊覧船は3月15日から5月25日まで。時間は11時~17時。鵜飼遊覧船は6月1日~9月10日。時間は19時~21時。【他の写真】 【錦帯橋から錦川上流に浮かぶ遊覧船を望む】 錦帯橋まつり当日は、遊覧船は遊覧のほかにも錦川の横山地区と岩国地区の間を錦帯橋に沿って、渡し船としても運行しています。料金は錦帯橋のチケットが乗船券として使用できます。【他の写真】 【飲食エリア(錦帯橋近くの河畔・横山地区)】 飲食エリアには休憩を兼ねて観光客が集まっていました。カレーライス、やきそば、焼き鳥、牛串、豚串、ポテト、かき氷などが人気でした。【他の写真】 【横山地区の錦
【錦帯橋を渡る大名行列の先頭(岩国地区の下河原駐車場から撮影)】 山口県岩国市で開催された第47回錦帯橋まつりでは、大名行列が7年ぶりに行われました。岩国小学校(岩国3丁目)を出発して錦帯橋を渡り、吉香公園(横山地区)まで約1kmを歩く行列です。今回は岩国藩鉄砲隊演武を主として見学したので大名行列は岩国地区の錦帯橋入口付近のみの写真撮りになりました。【他の写真】 【錦帯橋を渡る大名行列(城山山上に岩国城が聳えています)】 城山山上(標高約200m)に聳える岩国城は3層4階桃山風南蛮造りの山城で、日本100名城に選定されています。【他の写真】 【岩国地区から錦帯橋に入る大名行列(奴道中)】 奴(やっこ)は江戸時代に武家に仕える奉公人です。大名行列では槍(やり)や挟箱(はさみばこ=着替えや身の回り品を収納)を持って先頭を歩きます。奴が着ている半纏(はんてん)には四角い紋が付いています。【他の写
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