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高校世界史の科目名が世界史Bから世界史探究に変わり,それに伴って学習指導要領も教科書の章立ても一新された。その世界史探究の古代・中世の教科書の章立てに非常に問題があるという話をしたい。先に世界史B時代の古代・中世の並びを紹介すると,教科書間に細かな差異はあるが,基本的に以下の通りのものが多かった。アフリカ史・オセアニア史・南北アメリカ文明史については煩雑になるので割愛する。 【旧世界史Bでの多くの教科書の章立て】 ・古代オリエント:ササン朝まで ・古代ギリシア,ヘレニズム諸国 ・古代ローマ:東西ローマ分裂(東京書籍のみユスティニアヌス帝まで) ・古代南アジア:ヴァルダナ朝まで(ラージプート時代まで) ・古代東南アジア:10世紀頃まで,または13世紀頃まで ・古代中央・東アジア:唐末まで -----------------ここから中世----------------- ・中世中東:イスラーム
世は空前の(?)低山登山ブームである。その火付け役はNHKの「にっぽん百低山」であろう。ただし,吉田類さん(以降敬称略)曰く「百は自分が百歳まで続けるの意味で,百座で終わりというわけではない」と言っており,実際に番組内でも登った山の数はさして気にしていないようであった(そもそも二回登っている山がいくつかあって,重複カウントを許すならとっくの昔に百座を超えている)。 ともあれ,このブームに乗って雑誌『山と溪谷』が11月号で「決定! 日本百低山」と銘打つ特集を組み,日本各地の登山家たちにアンケートをとって独自の百座を定めていた。この百座はNHKのものと全く異なっている。NHKのものは吉田類が決めており,「最初は小林泰彦さんの『日本百低山』を参考にしていたが,調べていくうちに,(地元の)人とのかかわりが深い場所を選定するようになった」と違いが生じたことを述べている。この小林泰彦の『日本百低山』こ
・『唐』(森部豊著,中公新書,2023年) 中公新書の拓跋国家シリーズの最後。2010年以降の中公新書にはその他に『殷』『周』『漢帝国』『三国志』もあるから,春秋戦国時代・秦が出てくれれば唐宋変革前は概ねコンプリートになる。ぜひとも企画してほしい。 閑話休題。唐は南北朝時代の諸王朝や隋に比べると300年近く続いた長い王朝であり,その中で様々な変化が起きている。王朝交代による変化ではなく,王朝の中での変化を描いた点で,本書は前二書と大きく様相が異なっている。とりわけ拓跋国家としてスタートした唐が次第に漢民族の国家に変容していく様子は唐代の醍醐味であろう。本書はまえがきで「それを「漢化」という,中国人中心主義のような,ありきたりな言葉でくくるのはどうかと思う」と牽制しつつも,拓跋国家の経験を踏まえた漢民族が,古代の漢とは異なる漢民族王朝をつくっていった様子が丹念に描かれている。 初唐の拓跋国家
・『南北朝時代』(会田大輔,中公新書,2021年) 中国の南北朝時代の概説書。講談社選書メチエの『中華を生んだ遊牧民』との違いは,あちらは鮮卑に焦点を当てつつ後漢代から北魏までの華北を扱っているのに対し,こちらは時代が南北朝時代のみで短い代わりに南朝も扱っている。北魏についての話題は似通っているが,当然あちらの方が濃い。両方読むのを勧める。北魏については主張が違うところもある。あちらの本では,魏の国号を採用し土徳をを採用したことについて,北魏が三国魏を継承する形をとったためと説明していたが,こちらは鮮卑は三国魏をも否定していて,火徳の後漢の後継王朝であることを示すため土徳の魏としたという説を採っている。 かたや南朝宋は東晋の時代にあった再統一への野望が薄れ,江南を本拠地とする諦めに沿った改革が進んでいく様子が描写される。西晋の滅亡によって伝統が失われたため,宮中祭祀等で”それっぽい新たな伝
『中華を生んだ遊牧民』(松下憲一,講談社選書メチエ,2023年) 鮮卑と彼らが建てた北魏の歴史を追った本。同時期に発売された中公新書の『南北朝』とは北魏の部分は重なっているが,こちらは南朝の記述がほとんど無い代わりに,前史にあたる鮮卑の歴史が入っている。なお,著者は鮮卑についてモンゴル系かトルコ系かという質問に対して,厳密には解答できないとしている。遊牧国家は複数の部族の連合体であり,その各部族の言語や風習は多様であるというのがその理由であるが,これは質問と解答がずれている。著者自身「鮮卑のもととなった遊牧民はどのような人々ですかという質問であれば成立する」としているが,まさに読者の知りたかったのはここなのであり,国家としての鮮卑と諸部族名の鮮卑が別物であることだとか,民族という概念は近代的なものなのでここには容易に当てはまらないだとか,鮮卑がモンゴル高原を政治的に統合したとしても鮮卑語が
昨日の続き。大学入試問題の論述字数を考える際,もう一つ論点になるものがある。1小問の字数である。小問別で考えた場合,大論述問題の有無は影響が大きい。150字程度までの字数で問われる論述問題は,一部の例外を除くと辞書的な説明や,教科書の1ページに収まる範囲の叙述が求められるものが多い。これに対して200字を超える問題は,散らばった複数の時代や地域を叙述させたり,比較させたり,歴史的意義を解答させたりするものが多い。後者を受験業界で一般に大論述と呼ぶ。 大論述と小論述の違いは長距離走と短距離走のようなもので,鍛え方も異なってくる。たとえば,東京大学の世界史の入試問題は,600字程度の大論述1問,60〜120字程度の小論述が5・6問,一問一答の語句記述問題が約10問という構成で,総論述字数は1000字前後である。それぞれで大論述では大風呂敷の文章構成力,小論述では端的にまとめる能力,語句記述では
大学入試問題は,基本的に昨年の傾向・形式が維持されると予期される。大学入試は選抜であるともに,その大学の講義についていけるだけの学力があるかどうかを測ることが目的であるから,大学の特色に沿った入試問題が課されるのである。結果として蓄積された過去問は「欲しい学生像」を伝えるメッセージとなっている。 ところが,受験世界史において意外と不安定なものがある。国公立大学の論述字数である。一回の試験で課される論述字数の多寡は,試験の傾向を決める大きな要素である。試験時間あたりの総論述字数が多ければ,制限時間の中で急いで知識を整理して文章をまとめる処理能力を測っているということになる。この場合,問題の要求自体は易しいことが多い。逆に,試験時間あたりの総論述字数が少なければ,比較的ゆとりのある試験時間の中で熟考する能力があるかを測る設定になっている。たとえば,字数が安定している大学を選んで言及すれば,筑波
受験世界史深掘りシリーズ。ガーナ王国はニジェール川上流域北方に存在した王国である。現在のガーナ共和国とは全く領域が重なっておらず,歴史的なつながりもない。ガーナ王国はサハラ砂漠を縦断する貿易,サハラ砂漠で採掘される岩塩とニジェール川の南側で採掘される黄金を交換する塩金貿易を管理して繁栄した。金は地中海沿岸から来たムスリム商人によって持ち帰られ,イスラーム圏の金貨鋳造に用いられた。このため11世紀半ばのムスリムによる記録では,ガーナ王国の首都クンビ=サレーは二つの居住区域に分かれ,片方にはムスリムが,もう片方には伝統的宗教を維持する住民が居住した。宮廷があったのは伝統的な宗教の住民区の方であり,森の中であったとされるが,現在の発掘調査ではまだムスリム居住区しか見つかっていない。 このガーナ王国に異変が起きたのは1076/77年のことである。マグリブを征服したモロッコのムラービト朝は宗教的情熱
・イタリア ベルルスコーニ元首相が死去 86歳 地元メディア(NHK) → 2023年6月12日のこと。こういう他国の名物首脳が亡くなると冷戦や20世紀末が一つずつ終わっていくなという感慨を抱くことが多かったが,ベルルスコーニの場合は政治活動が長く比較的最近まで続いていたことから,そういう感慨は薄かった。ではどう評価すればよいか。ポスト冷戦期のG7の首脳の中では間違いなく目立った部類で同時代人の記憶には残るが,何かをなしたわけではないので高校世界史の教科書には載らないという,なんとも言えない後世への名の残し方である。やはりトランプの先駆者という評価は存外しっくり来るか。 ・【防衛大現役教授が実名告発】自殺未遂、脱走、不審火、新入生をカモにした賭博事件…改革急務の危機に瀕する防衛大学校の歪んだ教育(集英社オンライン) → 防衛大に怪しい商業右翼が入り込んでいるという話は以前から報道等があった
・なぜボーカロイドの歌声を調整することを「調教」と言っていたのか?(Togetter) → 昔はナチュラルに調教って言ってたよね。このブログを検索しても普通に出てくる。(仮)時代からニコニコ動画を見ていた人間の一人として言えば,露悪趣味説,大した意味は無い説,両方ありそうではある。初期のボカロにエロゲーマーの影が無いかというとそういうことはなく,露悪的に使われていたのが定着してしまった側面もあるだろうし,発掘されているように当時すでに避けた方がいいのではという主張もあった。一方で,ボーカロイドにどの程度キャラを見出すかどうかは当時『ユリイカ』に取り上げられる程度には大きな議題だった。また,当時の調整はかなり大変な作業で,初音ミクを買ったはいいが全く上手くいかないからこれは調教のようなものだという話題があったのも記憶がある。このように競馬よろしく調教と呼んでいたという文脈もあっただろう。まあ
・大学入試から「超難問」排除へ 私教育依存、脱却図る―韓国(時事通信) 韓国の入試制度を全然知らなかったのだが,簡単に調べてみると,そもそも日本でいう一般入試にあたるものは(実技が求められる大学以外)存在せず,1996年に廃止になっている。そして推薦入試や総合選抜にあたる制度「随時」での入学が約80%,共テ利用にあたる「定時」が約20%で,向こうでいう共テは「大学修学能力試験」通称「修能」と呼ばれる。修能は共テと同じで全問マークシートである。ただし,随時でも修能の受験は必須で一定の基準を超えないと門前払いを食らうようなので,結局修能対策は必要になる。ソウル大学校だと上位1%で切られるという情報も見たので,それは死活問題だろう。制度別の入学者割合が意外であったが,日本も一般入試が全廃されて推薦入試・総合選抜型・共テ利用の三択になったらこういう割合になりそうではある。共テだけで合否が決まるのは
東博の法然展。浄土宗としては全開でご開帳している。秋に京博に巡回予定のようなので,むしろそっちが本番か。割と真っ金金な仏像や仏具が多く,金が残りやすい材質ということもあってか,保存状態よくいろいろ残している。この系譜に増上寺の「五百羅漢図」があると思うと納得する。東博での企画展ゆえに「五百羅漢図」も増上寺から借りてきて多数展示されていた。他だと浄土宗というわけではない當麻寺が曼荼羅を多数出展していて謎に気合が入っていた。當麻寺の曼荼羅の流布に浄土宗がかかわっていたとのこと。 仏像以外だと『往生要集』・『日本往生極楽記』(と慶滋保胤書状)・『選択本願念仏集』・高麗版大蔵経(増上寺所蔵)と,高校日本史や倫理の教科書で著者と作品名だけ載っていて機械的に覚える書籍類の実物があり,個人的にはこっちの方が楽しめた。逆に言えば文字だけの史料や墨跡が多いので,有名な絵や仏像をメインで見たい人はやや肩透かし
サントリー美術館の織田有楽斎展。織田の血筋や波乱の人生のために派手なイメージがあるが,その実,古田織部や小堀遠州と比べるに堅実な茶人だったのだろうと思われた。あまり奇抜な茶器がなく,保守的で王道を行く茶人だったのだろう。その中では数少ない珍しい茶器にあたる狸形壺が目玉展示で,ちょうど狸がネットで話題になる幸運は有楽斎らしいのかもしれない。 そうした茶器の玄人好みを反映してか,茶器の展示はさほど多くなく,書状が主体であった。血筋と茶の湯の腕前のため,外交や人間関係の調整を任されがちで御茶湯御政道の真ん中にいた人という印象が強まる。『へうげもの』ファンなら顔が浮かんでくる面々とのやりとりである。茶器は青磁の銘「鎹」,大ぶりで青みがかった有楽井戸,欠けた茶碗に割れた染付をあてがった呼継茶碗が良かった。狸形壺と呼継茶碗は公式のTwitterアカウントが公開してくれているので以下に貼っておく。 \《
去年の。4ヶ月遅れながら,書かないと2023年が終わらないので書いておく。感想コメントをつけられるものはつけ,何も思い浮かばなかったものは作品タイトルだけ。全般的にネタバレは回避していない。フリーレンと薬屋は2024年扱いとすると,2023年は2022年に比べて原作付もオリジナルも不作だった。 <冬> 『もういっぽん!』 2023年面白かったアニメ1位。というよりも,続き物を除くと,2023年で推せるアニメ(2022年の4位までと遜色がないアニメ)がこれしかない。女子柔道のスポ根。原作者が柔道物の漫画を描こうとするも,柔道物という時点で連載会議の俎上に上がりにくく苦心惨憺,いっそのこと女子柔道にするかと描いたらこれが当たったというような経緯がpixivに投稿されていた。それでも女の子が上手く描けないと悩んでいるようだが,原作の絵柄もアニメの絵柄も十分に可愛いと思う。 スポ根アニメが好きな人
すでにAmazon,honto等で発売中です。シリーズ存続のためにもご購入いただけると幸いです。 以下は3巻同様に,本書の紹介をFAQ形式で。 よくわかる! 『絶対に解けない受験世界史4 悪問・難問・奇問・出題ミス集』FAQ Q.目的や内容は前巻までと同じなの? A.全く同じです。大学入試における悪問や超難問,出題ミスを収録・解説した本です。本気で難しくて解けない問題から,日本語の崩壊した問題,単なる誤植,笑える問題,珍しい問題など,多岐にわたって収録しています。 1.入試問題作成の杜撰さを世の中に訴えること 2.出題ミスの事例を集めて,出題者へ提供すること 3.悪問を笑い飛ばして当時の受験生の無念を供養すること 4.世の中の世界史マニアに難問を提供すること を主な目的としています。 Q.収録範囲は? A.2021〜22年の全大学,2023年の早慶・国公立大です。2023年の国公立大まで入
1.共通テスト 世界史A <種別>難問 <問題>1 問6 文章中の空欄〔 エ 〕の都市の歴史について述べたうとえの正誤の組合せとして正しいものを,後の①〜④のうちから一つ選べ。〔 6 〕 (編註:空欄エは南京を指す。) う 太平天国が都を置いた。 え 李自成によって占領された。 ① う−正 え−正 ② う−正 え−誤 ③ う−誤 え−正 ④ う−誤 え−誤 <解答解説> うは基礎知識で正文と判断できるが,えは順王朝の支配領域なんて世界史Bでも習わないし早慶でも出ない。超難問である。順の最大領域は華北に限られるので,えの文は誤文であり,正解は②となる。作問者はおそらく「北京」と「南京」を入れ替えて誤文という極めて安直な発想で作ったと思われるが,こうした正誤判定の作問では入れ替える前後で比較するだけでなく,入れ替えた後の文単体で判断して妥当かどうかを検討する必要がある。本問は検討不十分
昨日の続き。本日は早稲田大をお届けする。入試は7学部で収録した問題は16問であるが,そのうち2つの学部が10問を占めた(教育と商)。昨年もそうだったが,偏りが激しい。 18.早稲田大 文化構想学部 <種別>難問 <問題>2 設問7 下線部Gの事態は(編註:アメリカ大陸にはそれまで存在しなかった感染症が持ち込まれ,ヨーロッパ大陸にはトウモロコシやトマトなどがもたらされた),アメリカ大陸に到達した航海者の名にちなみ,何と呼ばれるか,記述解答用紙の所定欄に記しなさい。 <解答解説> 盲点事項。歴史好きは当たり前に使っている言葉だが,言われてみると高校世界史にはなかった。正解は「コロンブス(の)交換」。なお,新課程の世界史探究の教科書・用語集には記載されるようになった。フライング出題である。 19.早稲田大 文化構想学部(2つめ) <種別>難問 <問題>3 次の史料は,桑原隲蔵『考史遊記』(岩波書
今年も書き上げることができたので公開する。いきなり告知から入るが,もうすぐ4巻が発売する予定なので,お買い求めいただけると幸いです。4巻の校正作業はほぼ終わっているが,この2024年の記事と作業時期が重なったので,今年は少し大変だった。 【速報】突然ですが『絶対に解けない受験世界史4』を出版します! 著者は稲田義智さん@nix_in_desertis です! https://t.co/orMarDPCeo pic.twitter.com/bMYXPPMiss — パブリブ (@publibjp) March 15, 2024 <収録の基準と分類> 基準は例年と同じである。 出題ミス:どこをどうあがいても言い訳できない問題。解答不能,もしくは複数正解が認められるもの。 悪問:厳格に言えば出題ミスとみなしうる,国語的にしか解答が出せない問題。 → 歴史的知識及び一般常識から「明確に」判断を下せ
溜め込んでしまったので一気に書いていく。 ポーラ美術館のシン・ジャパニーズ・ペインティング展。宝永山に登って富士屋ホテルに泊まり,翌日は無計画という状況だったため,都内で開催されているポーラ美術館展には何度も行っているのにポーラ美術館自体には行ったことがないことに気付いて,良い機会と捉えて行くことにした。したがって,ねらって行った企画展ではなく,行ったら偶然この企画展だったという形である。「新たな日本画の創造」をテーマとして所蔵品から明治から現代までの作品に,加えて現代作家から出品してもらったものを加えて大規模な展覧会を構成していた。とはいえ所蔵品からの出品は所蔵品であるがゆえの制限からそこまで統一性が無く,また現代の作家が「新たな日本画の創造」等という抽象的なテーマで素直な出品をするはずもなく,結果として総花的な展覧会と化していたのは否めない。が,個々の作品はなかなか面白かった。有名な現
92.大山 伯耆大山。「伝説的に言えば,大山はわが国で最も古い山の一つである」からいつもの歴史語りが始まり,大山寺が僧兵を擁して暴れていたことや,『暗夜行路』の最後の場面であることまできっちり言及している。山容について言及する部分では,「だいたい中国地方には目立った山が少ない。その中でひとり大山が図抜けて高く,秀麗な容を持っている」から始まり,けっこうな紙幅を費やして中国地方から選出した百名山がこの一座しかない理由を説明するかのごとく中国山地をけなしている。もっとも本人があとがきで氷ノ山が候補に入っていたことを書いているし,二百名山ではその氷ノ山・蒜山・三瓶山が入っているから,中国山地も惜しいところで一座だけになった。そう考えると,大山のページではちょっと中国山地をけなしすぎている印象である。 大山の山容について言及するなら外せないのが,見る角度によって山容が大きく異なるという点である。深
88.荒島岳 深田は石川県大聖寺(現在は加賀市)の出身だが,「母が福井市の出だった関係から,中学(旧制)は隣県の福井中学へ入った」。そのため,荒島岳は深田が中学生の頃から知っていた山だが,実は長らく登っておらず,初めて登ったのは『日本百名山』の執筆から数年前とのことであるから1950年代のことだろう。荒島岳は深田が故郷の山だから選出されたのだと言われがちだが,実は大して登っていない山だったりする。とはいえ,実は深田自身が「もし一つの県から一つの代表的な山を選ぶとしたら,という考えが前から私にあった」として,そこから荒島岳と能郷白山で悩み,荒島岳を県代表とした……と全く隠す気が無く書いている。直接明言した文ではないが,福井県から一つも百名山を選出しないわけにはいかなかったと解釈しうる。 ちょっと面白いのは,中学の頃から麓から立派な山容だと眺めていたことが長々と述べられた後,しかしながら「千五
66.雲取山 深田久弥は都会の喧騒が嫌いすぎて,「煤煙とコンクリートの壁とネオンサインのみがいたずらにふえて行く東京都に,原生林に覆われた雲取山のあることは誇っていい」とよくわからない褒め方をしている。また「雲取山は東京から一番近く,一番深山らしい気分のある二千米峰だけあって,高尾山や箱根などのハイキング的登山では物足りなくなった一が,次に目ざす恰好な山になっている」とする。これは現代でも変わっていない。かく言う私も初めて山小屋に泊まったのはこの雲取山だった。一方で,「一番やさしい普通のコースは,三峰神社までケーブルカーであがって,それから尾根伝いに,白岩山を経て達するものであろう」としている。現在では鴨沢から登っていくのが一番楽だと思われるので,当時は鴨沢ルートが荒れていたものと思われる。奥多摩を手に入れた東京都が,過保護気味に登山道を整備するとは,深田も予想していなかっただろう。それで
30.谷川岳 最初の話題は当然,遭難死者である。『日本百名山』が書かれた昭和30年代ではまだ二百数十人だったようだが,2023年現在は800人を優に超えている。調べみると,ちょうど昭和30〜40年代に最も死者が出ており,しかもその多くが一ノ倉沢の登攀と積雪期での凍死である。21世紀に入ってからは危機意識の高まり,装備の改良等により死者が大きく減っている(それでも年に2,3人ずつの死者が出ている)。百名山ブームが死者を増やしたとあっては深田もやりきれない。 深田が紹介していて面白かったのは,山名に関するエピソードである。実は真の谷川岳はトマの耳でもオキの耳でもなく俎粠と呼ばれる山であったが,国土地理院の前身にあたる機関が5万分の1地図を作った際に,それまで谷川富士・薬師岳と呼ばれていた両耳を指して谷川岳と記載し,それが定着してしまったのだという。その俎粠はどこにあるのかとYAMAPの地図で調
『日本百名山』について,深田久弥自身はあくまで自分が登ったことがある山から選んだこと,深田久弥の選定であって日本の登山家の決定版的に選んだわけではないことを強調しているが,結果として日本百名山は神聖視されている。日本百名山の選定に対する不満としては, ・深田久弥が喧騒を嫌ったために過度に観光地化した山は外された(御在所岳など) ・深田久弥が登っていないために選ばれなかった(石狩岳など) ・標高が1500mよりも低い山は,筑波山・天城山・伊吹山・開聞岳の例外を除いて一律外された(比叡山など) ・選定が東日本,特に北アルプスと北関東に偏っていて西日本からの選出が少ない(蒜山・氷ノ山など) 辺りがよく聞かれるところで,これらの批判自体は当てはまっている。私自身,低山が外されたことについては疑問に思う。しかし,刊行から60年を経て,結局深田の百名山に代わる権威は出現しなかった。深田自身は神聖視を拒
・サービス共通利用規約改定と「禁止商品」「要修正商品」設定のお知らせ(pixiv) → 昨年の11月末,pixivが実写由来の公序良俗に反する商品を禁止商品,そうではないがpixiv運営の判断でまずいと判断されたものは要修正商品と定義し,それぞれの出品禁止や要修正依頼を行うと発表していた。前者は当然という話で反発がほぼ無かったが,後者はこの規約の適用範囲が有料利用のpixivfanboxやBoothに限れていて通常のpixivには及んでいないことや,該当する具体例が「児童に対する性的搾取及び性的虐待,近親相姦,獣姦,レイプ,人または体の非合法的な切断,その他」となっていた点から,あからさまな「国際カードブランド等の規約」由来の表現規制であるとして多少の批判が生じていた。これらは公序良俗に反する表現であるが,実在の人物を用いていない以上は法に触れていない。多国籍企業が国家権力を上回っている事
・インドネシア、婚前交渉犯罪化へ 刑法改正案を可決(ロイター) → 昨年の12月のこと。記事中にある通り「黒魔術、大統領や国家機関への侮辱、国家イデオロギーに反する意見の拡散、無届けの抗議活動を禁止した」という刑法改正の一環。報道が婚前交渉犯罪化の一点に集中しているが,むしろ大統領や国家機関への侮辱辺りの方が民主主義の危機ではないか。「黒魔術」の禁止は意味不明である。ついでに「汚職贈賄罪の刑期短縮」もついてきたそうで,道理のない改正である。「インドネシアの刑法は植民地時代に制定されたもの」だそうだから改正の気運があったのはわかるが,もののついでであまりにやりたい放題である。 → さらにこの国会の出席者が575人のうち18人に過ぎず,オンライン参加等を含めても欠席者が285人に及んだという報道もあった。インドネシアはユドヨノ政権以降に民主主義が定着し始めた印象があったが,実態はこんなものか。
近美のガウディ展。前回の展覧会の感想のマティス展でも書いたが,19世紀末の芸術家は修業時代が面白く,ガウディもやはりいろいろなものに触れて広く勉強している。歴史主義建築が流行った時代であるから過去の建築の勉強をみっちりしておくのには意味があり,特にスペインであればムデハル建築に触れられるのは強みであった。その中でガウディが関心を持ったのはゴシック建築らしく,ガウディの建築業のベースはネオ・ゴシック建築になっていったようだ。と同時に発想が理系よりと言えばいいのか,幾何学模様にも関心が強く,これが合わさって「両端を固定した紐を吊り下げて放物線上の形の建築物を構想する」パラボラ・アーチという奇抜な発想に至ったのだろう。その流れがよくわかる展示になっていた。 それがわかったところで展示の後半はガウディの超大作,サグラダ・ファミリアに焦点が当たる。このサグラダ・ファミリアも最初はガウディ以外の設計者
SOMPO美術館のブルターニュ展。偶然か作為かはわからないが(事情を知っている人がいればコメント欄でご教示いただけるとありがたい),2023年の6月に西美とSOMPO美術館でブルターニュ展がかぶった。ブルターニュはフランスの辺境で独自の文化を維持した地域であり,近代になって鉄道が通ると観光地として人気を博すことになった。そこには都会化し,過度に洗練化されたパリとは異なる,粗野で素朴で敬虔な人々と,波高く険しい断崖に代表される荒々しい風景が都会に疲れた人々を出迎えてくれるのであった……という説明だけで気づく人は気づくところで,数々の絵画を鑑賞して感じたのは,どう考えてもこれは身近なオリエンタリズムである。しかも距離が近すぎるがゆえに当事者たちが気づきにくいたぐいの。とするとそこを批評するのが展覧会の役目なのではないかと思うのだが,どちらの企画展もその方向性での批評性は高かったとは言いがたい。
昨日の続き。本日は国立大をお届けする。集まったのはいつもの面々であった。一番注目されるべき問題が共通テストの日本史Bだったりするのは例年と少し違うところかもしれない。長くなったのでおまけは無し。東京外大は未入手。 1.共通テスト 世界史B <種別>??? <問題>3 C 中国における書籍分類の歴史について,大学生と教授が話をしている。 内 藤:18世紀の中国で編纂された〔 オ 〕の「四」という数字はどういう意味ですか。高校では用語として覚えただけで,深く考えませんでした。(編註:空欄オの正解は『四庫全書』) 教 授:〔 オ 〕に収められた書籍が,四つに分類されているためです。これを四部分類と言い,経部・史部・子部・集部からなります。 内藤:なるほど,例えば儒学の経典なら経部に,歴史書なら史部に分類されているという具合でしょうか。 教授:そのとおりです。史部について少し具体的に見てみましょう
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