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体力トレーニング
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*板垣退助を体現した、印象的な表紙(Amazon) 【あらすじ】 土佐藩の上士格の嫡子として生まれた板垣退助(幼名乾猪之助)は、暴君の父に反抗して、手のつけられない悪童に育った。寺子屋や藩校でじっとしていることができず、『孫子』などの兵法書を読みふける。時に父に暴力を振るい、藩から謹慎を命じられるほどの始末。 しかし父が亡くなり後を継ぐと、家柄から藩政に参画する。当時は桜田門外の変が起き、尊王攘夷の風が吹き荒れると、土佐藩も下士層を中心に、武市半平太率いる勤王党が勢力を増していた。対して上士は参政吉田東洋が藩政を牛耳っていて勤王党と対立する。退助と「イノス(猪之助)、ヤス」と呼び合う幼馴染みの後藤象二郎は東洋の甥にあたり、藩政を補佐していた。 しかしその吉田東洋が暗殺される。後藤象二郎は土佐の実権を握る老公・山内容堂の命により、東洋暗殺を厳しく捜索し、武市に切腹を命じて勤王党壊滅に追いやる
岩倉具視 言葉の皮を剥きながら【電子書籍】[ 永井路子 ] 価格: 570 円楽天で詳細を見る 公家というには余りにもふてぶてしい面構え、刺すような眼光。一癖も二癖もありげだが、いかにも貧相な小男で人柄がせせこましい・・・・ 品川弥二郎は「こんな男と組んでいいのか」と思った。 しかし話し始めると饒舌で、無駄な話は一切しない。理路整然と国家改革案を語り出し、計画実行のための具体案の緻密さと深慮遠望には感服した。 *岩倉具視。新札に変わったタイミングですが、肖像画どころか、今では500円札を知る人も少なくなったことでしょう。 岩倉具視は厳然たる階級社会の朝廷で、家格は驚くほど低く、また幕末の潮目に乗り遅れて、長い間謹慎を受けていた。そんな男が朝廷の代表となり、そして明治新政府の代表にまで駆け上がった。そこには明治を語る上で欠かせない「言葉」の真の意味を探らなければならない。 倒幕のエネルギーと
竜は動かず 奥羽越列藩同盟顛末 下 帰郷奔走編【電子書籍】[ 上田秀人 ] 価格: 902 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 玉虫左太夫が視察に向った京都は、争乱の渦の中にあった。勤王派は遊郭などで乱痴気騒ぎを起こして、国事に奔走する姿にはとても見えない。その中で長州藩士では第一等と評価の高い久坂玄瑞に会うも、久坂は頑迷な攘夷論者で、アメリカへの渡航経験のある玉虫には最初から喧嘩腰。そして思いの底には関ヶ原の戦いで減封された恨みが忘れられず、玉虫と交じり合うことはなかった。 対して会津藩は同じ奥州で話は通じるも、京都守護職に「押しつけられた」思いは拭えない。狂奔する浪士を相手に、更に過激な新選組を抱えて苦慮している。しかし間もなくその苦労も幾分軽くなる、と会津藩士はいう。坂本龍馬はその話を聞いて、薩摩が会津と組んで過激な長州を京都から追いやるクーデターが水面下で進行していることを知る。軽挙
竜は動かず 奥羽越列藩同盟顛末 上 万里波濤編【電子書籍】[ 上田秀人 ] 価格: 902 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 幕末の仙台藩に微禄藩士の末子に生まれた玉虫左太夫。向学の思い断ちがたく、妻に先立たれたのを機に、娘を残して江戸に出奔する。儒学者林復斎の下男になると、向学心を認められて学問の機会に恵まれた。時の最高学府である昌平坂学問所の入校を許されると、すぐに頭角を現して塾長になる。そこから国学で全国的に尊敬を集め、仙台藩でも教えている大槻磐渓との知遇を得ることができた。 黒船が来航し、天下は揺れていた。玉虫は大槻から仙台藩の先達、林子平が著わした禁書「海国兵談」を読むことが許された。玉虫は強い衝撃を受け、林復斎の推薦を得ると蝦夷まで探索して、北方の実情を己の目で見る。列強が迫るなか日本はどうあるべきか考え、次はアメリカを直接見聞したい欲求が生れる。ちょうど日米修好条約の批准のた
覚悟の人 小栗上野介忠順伝【電子書籍】[ 佐藤 雅美 ] 価格: 726 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 三河以来の名門旗本に生まれた小栗忠順は、子供の時から文武に秀で、また胆力もあり将来が嘱望されていた。しかし自己主張が強く、時に周囲から煙たがられる存在でもあった。33歳の時日米通商修好条約の調印のため、目付(監察)として渡米するが、その時密命を受ける。銀の交換レートが不公平のため、日本では極端なインフレーションが進んでしまったため、是正するように、ということだった。 小栗は、目付では交渉する権限がないとして難色を示すが、為替の交換レートとその影響を正確に理解できる者は使節団にはいなかったため、善処すると回答する。小栗以外ではアメリカ人相手に交渉はとてもできず、堂々と対応していた小栗が日本の代表と見なされる始末。 小栗は小判と金貨の分析実験をもとに、為替レートの不公平を証明したものの、
*1974年の大河ドラマで勝海舟を演じた渡哲也。途中病気降板で松方弘樹に変更しましたが、容貌は勝海舟を彷彿とされます。 【あらすじ】 長州征伐の戦況は思わしくなく、勝海舟は一橋慶喜に頼まれて長州との停戦をまとめたが、のちに幕府は面子を考えて勅命を仰ぐ形での停戦とし、勝は梯子を外された形になった。勝は討幕派に近いことから幕閣内で孤立し、子の小鹿は留学生の選から漏れてしまう。また次男四郎は元々病弱で、江戸に戻る前に亡くなっていた。勝は日本に見切りをつけ、小鹿を私費でアメリカに留学させることにする。 幕府では小栗上野介がフランスに接近するが、小栗は徳川家一筋で日本の将来まで見えていない。一方で英国は薩長に接近していて、このままでは日本は英仏の食い物にされてしまう。この時期一橋慶喜に将軍宣下され、同じ月に孝明天皇が亡くなり、巷では「えいじゃないか」が流行る。混迷が極まる中、討幕派は土佐藩と薩摩藩が
勝海舟 一 黒船渡来 (新潮文庫 新潮文庫) [ 子母沢 寛 ] 価格: 1045 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 暴れん坊の勝小吉から生まれた勝麟太郎は剣術にも学問に秀でて、小吉は「トンビが鷹を生んだ」と喜んでいた。剣術で免許皆伝を受ける一方蘭学を学び、西洋式軍隊を見て衝撃を受け、佐久間象山の洋学塾に入門する。小禄の旗本として生涯を過ごした父小吉が亡くなり、師匠の佐久間象山が葬儀に顔を出すと、妹のお順が気に入って嫁となり、勝は佐久間象山の義兄となった。 勝は陋屋で自ら塾を開くが、その祝いに海軍の重要性を説いていた象山が「海舟書屋」の横額を送った時期に黒船が来航する。象山の弟子吉田松陰が国法を犯してアメリカに渡航しようと試みたことが判明し、象山も捉えられて信州松代で蟄居を命じられる。 勝は幕臣大久保忠寛に語った海軍構想が認められ、幕府洋学所の御用出役に推薦された。幕府海軍の建軍を託された
花の生涯(上)【電子書籍】[ 舟橋聖一 ] 価格: 817 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 井伊家13代藩主直中が隠居後に生んだ14男の直弼は、300俵をあてがわれた部屋住みの身。自らを花の咲くことのない埋もれ木に例え、「埋木舎」と名付けた邸宅で無柳をかこっていた。三味線と男女の道はたか女という魅力ある女性から、学問は貧乏浪人の長野主膳から学び、時に水野忠邦の天保の改革を批判するなど、好き勝手なことを放言して暮していた。 ところが直弼の兄にあたる藩主の後継と、その後就任した藩主が立て続けに亡くなり、直弼に次期藩主の立場が転がり込んでくる。直弼は藩主に就くと、前藩主の遺命と称して15万両を士民に分配して家臣の心を掴む一方、前藩主の側近たちを罷免して、長野主膳ら意の通じる人物たちを抜擢していく。 1853年、黒船来航。老中首座の阿部正弘は国難に際して慣例を破り、雄藩の大名に対策を諮間する。直
江戸時代を、まず武断政治から文治政治への流れを描き、その後貨幣経済の浸透による財政破綻と、幕末に至る各改革の様子を、幕府と地方に分けて、取り上げさせていただきました。 武家政権は鎌倉時代から続いていますが、戦国編はともかくとして中世(鎌倉~室町)編と比べても、「血生臭い」話は随分と減りました。社会の矛盾ははらんでいますが、徳川家康が築いた幕府が、先の鎌倉、室町と比べて支配体制が微細に行き届いていたのかと思います。その中での「士農工商」の階級社会はそれなりの矛盾を生み出し、時代小説の格好の舞台ともなりました。 今回は「政策」を主題とした作品が多かったかと思います。その中で取り上げなかった本をいくつか、ここで羅列させて頂きます。 ・お江 乱紋 永井 路子 (1974) 美友いくさ 請田 玲子 (2008) お江の方と春日局 植松三十
杖下に死す【電子書籍】[ 北方謙三 ] 価格: 800 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 勘定奉行を務め、お庭番の統括でもある村垣定行の妾の子、光武利之。剣を修行して成長したが、ある日父から目的を告げられないまま大坂に遣わされると、奉行所の与力大塩平八郎の養子、格之助と出会う。格之助は大坂東町奉行所の与力で砲術指南の腕前だが、遠くから破壊する砲は武士らしくないと思い、光武から剣術について教えを乞う。 格之助の義父大塩平八郎は、生真面目で自分にも律して生きている男だった。奉行所の与力時代は不正を決して見逃さず、上司と謂えども摘発の手を緩めない。奉行は大塩平八郎を信頼するも、正義を振り回すその姿勢に、煙たがる者もいた。大塩平八郎は自宅に「洗心洞」という塾を設けて、「知行合一」(本当の知は実践を伴わなければならない)を掲げる陽明学を教えていた。 天保の大飢饉が起きて市中は米不足になり、日々の食事
*再放送に合わせて、昨年6月に投稿した記事の再掲です。司馬遼太郎は近隣諸国を配慮して、生前は映像化を許しませんでした。阿部寛と本木雅弘が演じる好古・真之兄弟は見事。香川照之の子規も好演でしたか、色々と残念です。 【あらすじ】 日英同盟を締結させた日本は、大国ロシアと戦う覚悟を固めた。好古は自らが育成した騎兵部隊の統率を任され、真之は連合艦隊参謀として、海上作戦の立案を委ねられる。 開戦早々、海軍は制海権の確保に成功したが、ロシアの旅順艦隊は港内に閉じこもり手を出すことができない。ロシア本国にあるバルチック艦隊が渡航して旅順艦隊と挟み撃ちになると、1セットしかない日本艦隊は勝ち目がなくなる。一方陸軍は敵の火力に苦戦する。だが秋山支隊の奮戦もあり、南満州の遼陽でロシアを打ち破ると、満州中部に駐屯する奉天を目指し、北へと進軍する。 その間もロシアの旅順艦隊は健在で、要塞攻略を任された乃木希典を司
*2009年から3年にかけて放送したNHKドラマ「坂の上の雲」が、9月8日から毎週日曜日、全26回連続して放送します。この機に昨年(2023年)6月に投稿した思い入れの強い2つの記事を、多少手直しして再掲させていただきます。 【あらすじ】 明治維新を成し遂げ、近代国家に生まれ変わろうとしていた、小さな国日本。その中で、旧伊予国松山に生まれた3人の若者も、その昂揚感を感じながら、それぞれの青春を送っていた。 秋山好古は自らお金を稼いで、家族と生まれてくる弟を育てる糧としつつ、自分が勉強をすることで新国家における自分の居場所を探していた。師範学校に入り教師の職を得るも、その後「ただの学校がある」という話を聞い陸軍士官学校に入校、運命の悪戯で日本陸軍の騎兵科を育てる役割を担う。 好古が両親を説得して産まれた弟の秋山真之は、同郷の正岡子規と一緒に上京して、立身出世を目指す。まずは大学予備門に入り学
大一揆【電子書籍】[ 平谷 美樹 ] 価格: 880 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 南部藩は1772年のラクスマン来航事件より蝦夷防衛を命じられ、財政負担が増加した。南部家の家格を上げるために10万石から20万石に加増となったが、これは表高のみの加増に留まり、収入は変わらず20万石相当の軍役を負うこととなり、藩財政は窮迫する。更に気候も土地も稲作に適さない中で、体面を繕うために水稲生産を強行したため、小氷期の中で連年凶作に見舞われ、民衆も困窮していた。 しかし藩は抜本的に財政改革をする術を知らない。海岸線の土地、通称三閉伊と呼ばれる山と海に囲まれた地域は、一揆が起きても弾圧しやすいという理由で重税を課していく。一揆のたびに鎮圧され、また時に藩が一揆側の要求を呑むことで一揆が収束したが、終息後に藩が約束を破る繰り返しになっていた。 村の肝入(きもいり)を何度も勤めた旧家出身の三浦命助は、
薩摩藩経済官僚 回天資金を作った幕末テクノクラート【電子書籍】[ 佐藤雅美 ] 価格: 660 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 蘭癖大名として名をはせた島津重豪は、11歳で家督を継いでから隠居後して89歳で亡くなるまで実権を握り続けた。11代将軍徳川家斉の岳父の体面があり、また近代化た邁進したため浪費も激しく、1801年に121万両だった借金はみるみる膨らみ、1835年には500万両にも及んでしまう。当時の島津藩の月の収入が10万両であり、財政は完全に破綻していた。 身分が低い城下士出身の調所広郷は、茶道家として重豪に仕えた。文字通りの「茶坊主」だが、重豪は「ダメモト」で借金調達を申し付ける。大坂の商人から「ドブに金捨てるのは構へんけど、薩摩様にご用立てするのだけは堪忍やで」とまで言われた薩摩藩。調所はいくつもの商人を回るがだれも相手してくれない。ところが出雲屋孫兵衛という両替商が10万
花ならば花咲かん 会津藩家老・田中玄宰【電子書籍】[ 中村彰彦 ] 価格: 950 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 代々家老職を襲名していた田中家の嫡男として生まれた加兵衛は、父が早く亡くなったために、祖父から薫陶を受けて成長していく。兄貴分の勝俣武蔵と行った熊撃ちで見せた胆力が認められて、家臣を雇うことを許される。また同じ家格の一瀬家の娘お由紀と馬術を習っている馬場で偶然であい、相思相愛のまま添い遂げる。 12歳で家督を継ぎ、使い番から始まって実直に目の前の役割を果たしていく。藩主松平容頌(かたのぶ)もその仕事振りを見て役職を上げていったが、時に淫らな席と知らずに入り込んでしまい、藩主から「お叱り」を受けることも。汚名挽回(着せられた汚名を元の状態に戻す)にと、会津藩の財政事情について調べ始めると、貨幣経済が浸透し赤字体質が定着していることがわかる。藩札の発行で一時凌ぎをするが、直ぐに
小説 蜂須賀重喜 阿波藩財政改革【電子書籍】[ 童門冬二 ] 価格: 880 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 権勢を誇った田沼意次の屋敷には、多くの人物が様々な思惑を抱えて門をくぐっていた。出羽佐竹藩の分家の四男、佐竹岩五郎もその1人。そんな岩五郎に、相続人が相次いで亡くなった阿波25万石の藩主の養子という幸運が降りかかる。岩五郎は俊敏な素質を意次から認められて、それが評判になっていた。名を蜂須賀重喜と改めて、16歳で阿波25万石の藩主に就任する。 江戸時代も中期となると、幕府だけではなく各藩も財政は危機に瀕していて、阿波藩も例外ではなかった。若く俊敏な重喜は、恐れるものなく自らの方針を打ち出して改革を推し進める。しかし急激な改革は、藩祖以来の家臣団からの反発を招く。 そこで田沼意次は新たな企みを図る。幕府の財政危機は深刻な状況に陥っていて、老中の立場で打開策が必要だった。そのためには藩
十五万両の代償 十一代将軍家斉の生涯【電子書籍】[ 佐藤雅美 ] 価格: 943 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 10代将軍徳川家治の唯一の男子である家基が急死した。吉宗の血が濃く英邁と評判も高い、田安家の定信が後継として相応しいと思われたが、定信は田沼意次によって白河松平家に出されていた。一方一橋家の治済は、家治の子を身籠もった側室を貰い受け、子として育てていた。家治はその子の家斉を養子に迎えて、後継に据える。 家治と田沼意次によって将軍に就任した家斉だか、真っ先に田沼意次を失脚させる。意次への恨みが残る松平定信は、家斉の父治済を通じて将軍後見人か老中の職を求め、田沼政治を根絶することに執念を燃やす。治済も我が子家斉が田沼意次の傀儡になることを恐れて、定信と手を組む。 定信の性格は剣呑で陰湿だった。寛政の改革と呼ばれた定信の政道は、質素倹約に徹底する、将軍家斉の意向を全く無視したもの。
関東郡代 記録に止めず 家康の遺策【電子書籍】[ 上田秀人 ] 価格: 627 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 江戸幕府開府以来、関八州の天領を支配する関東郡代を務める伊奈家。所領3,000石の旗本だが、管轄する土地は実に20万石以上で、表向き以上の実力を有している。そして伊奈家には、神君家康が伝えた百万両とも言われる真大な遺産を保有していると、幕閣内で信じられてきた。しかも伊那家初代の忠次は三河譜代の家柄とはいえ、数度にわたって家康の下から出奔した人物。それがなぜこのような重責を代々担い、しかも家康から真大な遺産を託されたのか。 その秘密を知った老中の田沼意次は、危機に瀕した幕府財政建て直しのために百方両を狙い、幕府内の隠密を使って伊奈家に襲いかかる。対して伊奈家は、時の当主伊奈忠宥の下、鍛えられた家臣団が次々と忍びの襲撃を退けていく。江戸幕府当初は外様大名の内情を暴くために、命がけで
【中古】 田沼意次 主殿の税 人物文庫/佐藤雅美(著者) 価格: 363 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 紀伊藩の足軽だった田沼意行は紀伊藩主徳川吉宗の近習として仕えていたが、吉宗の将軍就任に従って江戸に移り、600石の旗本となった。その嫡子田沼意次は吉宗の子家重の小姓となるが、言葉が不明瞭な家重の意図を酌み取ることできて重用される。家重が9代将軍に就任すると徐々に加増され、ついには大名にまで出世する。家重亡き後も10代将軍家治の信任は厚く、側用人から老中格、そして老中にまで出世し、権勢は揺るぎないものになり「田沼時代」を迎える。 吉宗の時に倹約と年貢の増収を主とした改革を行ない、一時の財政危機から金銀を蓄えるまでに回復したが、その後の放漫経営でまたもや幕府の金蔵は危機を迎えた。頼みの年貢引き上げ策は、各地で一揆を誘引していた。一揆の裁定を行なう意次は、米に頼る財政改革は限界に来ていると
*文春文庫(Amazon) 【あらすじ】 徳川御三家の1つ、尾張家の当主継友の弟徳川宗春は、幕府で進めている倹約令に反発して、上の者がお金を使うことで町民たちが潤うと考える。そのため遊び仲間の芸州広島の浅野安芸守吉長や姫路の榊原式部大輔政岑と、芸者を招いて倹約どこ吹く風とばかりに気勢を上げていた。 7代将軍家継がわずか8歳で早世すると徳川宗家の血統は途絶え、尾張、紀州、水戸の御三家から家督を継ぐ必要に迫られる。水戸は候補から外れ、尾張の継友と紀州の徳川吉宗で争われたが、家格が高い尾張を有利とみた大方の予想を裏切り、紀州の吉宗が宗家を継ぎ8代将軍に就任する。次期将軍就任を信じていた尾張の継友は、失意の余り健康を害してしまった。 宗春らが気勢を上げる遊び場で、宗春は宝財数馬と出会う。安財は尾張藩主継友の家臣だったが、衰弱していく主君の姿を見るに忍びなく主家を無断で脱藩し、惨めな生活をしていた。
*Amazonより(講談社) 【あらすじ】 親類筋の縁坐もあって出世コースから外れていた旗本の大岡忠相だが、真面目な仕事振りで認められ、使番から目付へと就任して、本来は「あがり」の役職の山田奉行の拝命を受ける。隣国紀伊藩との境界争いにおいて、将軍家に近い紀伊藩に忖度する奉行が多い中、忠相は公平な捌きを心がけた。そんな忠相を時の紀伊藩主徳川吉宗は、公事(裁き)に興味を持ってことから注目していた。 忠相は江戸に戻ると普請奉行となり、8代将軍吉宗によって解任された新井白石が屋敷の明け渡しに抵抗する時も筋を通した。忠相の人物を認めた将軍吉宗は、江戸の「知事」とも言える南町奉行に、2階級特進の形で抜擢する。 忠相はまず訴えの約9割を占める金銭の争いを、「相対済令」として奉行所は関与しない方針を定めた。その代わりに、将軍吉宗から求められた政策を次々と実行に移す。防火体制を整備して、屋根を瓦葺きにするこ
知の巨人 荻生徂徠伝【電子書籍】[ 佐藤 雅美 ] 価格: 748 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 父は館山藩主の徳川綱吉から言われなき勘気を被り、江戸を追放されて上総国の片田舎に流さる。子の荻生徂徠は乏しい書物を独学で読み下して、旺盛な向学心を満たしていた。すると突然に父が赦免され、徂徠は単身江戸に戻り、芝は増上寺の近くの豆腐屋の裏手の長屋に塾を開く。しかし徂徠は独学で学んだため、漢文をレ点、返り点を使わない「従頭直下」、頭から下に読む方法に固執し、来塾希望者も退散してしまう。しまいには食事にも不自由して、裏手の豆腐屋から施しを受けるほどの窮乏状態になる。 しかし徐々に独特の教え方と知識が評判になり、学問好きで五代将軍となった鋼吉の側近、柳沢吉保が徂徠を招く。当初は小禄で、朝6時から夜10時までひたすら漢書の素読を門人にさせる日々が続くため、自らの研究時間がないことに苛立ちを覚えていた
江戸を造った男【電子書籍】[ 伊東潤 ] 価格: 1426 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 伊勢の貧農に生まれた七兵衛(後の河村瑞賢)は、江戸で一旗揚げようと独立するが、元手がなくて商売がうまくいかない。身投げしようと品川沖をボンヤリ眺めていると、盆の供養で飾られた瓜や茄子が流れるのを見つける。これを漬物にして職人に売り歩くと、儲けが出た。その元手で材木屋を営むと、明暦の大火の折には飛騨の材木を買い占めて、莫大な利益を得る。儲けた金で七兵衛は、焼き出された人を相手に粥の炊き出しを行なった。 七兵衛自身も子を失った。大量の死者が放置されて腐敗し、腐臭もあり疫病の心配も出てきたが、幕閣は手が回らない。義憤にかられた七兵衛は、時の権力者保科正之に上訴して、遺体の供養を訴える。本来なら上訴は死罪だが、保科正之は死罪の代わりに七兵衛にその仕事を背負わせた。七兵衛は才覚で市民を使い遺体を集めて火葬に
【中古】貨幣の鬼 勘定奉行 荻原重秀 (講談社文庫 た 61-16) 価格: 600 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 旗本の次男坊に生まれた荻原重秀は幕府勘定方に務め、太閤検地以来と言われる畿内の大規模な検地を実施して実績を上げた。感情の起伏が激しい将軍綱吉から財政にかかる諮問を受け、上司が満足に答えられない中、肚を据えて諮問に応え綱吉の信頼を得る。代官の不正を摘発して増収に務め、遂に綱吉は上司を放逐し、勘定組頭に取り立てられた。 しかし歳入は3代将軍家光時代をピークに金の産出が減少し、歳出は明暦の大火以降出費が続き、歳入が117万両に対し歳出は127万両と構造的な赤字体質となっていた。家康以来貯蔵していた金蔵が空になり、佐渡奉行を拝命して金の産出を増加させるが、それでも追いつかない。 旗本が多いが、「リストラ」まではさすがの綱吉も踏み切れない。そのため蔵米取り(現物支給)を知行取りに変
光圀伝(四)【電子書籍】[ 冲方 丁 ] 価格: 638 円楽天で詳細を見る *光圀伝はマンガにもなりました。こちらの表紙は光圀の正妻、泰姫。 【あらすじ】 光圀は子を作らず、兄頼重の子を養子にもらい受ける決意をするが、手をつけた侍女が子を孕んでしまう。光圀は皮肉にも父と同様に堕胎を命じるが、それを知った兄頼重は、妊娠中の侍女をこっそりと領内の高松で預かることにする。そんな光圀の思惑をよそに、後水尾天皇の姪で近衛家の娘、泰姫との婚礼話が進行する。光圀は「義」を通すため承服しかねたが、父頼房はその願いを退ける。 泰姫との婚礼は整い、光圀は婚礼初夜の夜に、自分の思いを17歳の泰姫に告げる。光圀の危惧に反して、泰姫は光圀の葛藤を心の底から哀れみ、一緒に乗り越えようと励ます。その後も「天姿碗順」(持って生れた素直な性格)を持つ泰姫の「とびきりの誠意」は光圀の思惑の上を行く。兄頼重夫婦と対面した泰姫
光圀伝 電子特別版 (上)【電子書籍】[ 冲方 丁 ] 価格: 550 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 1603年、徳川家康が征夷大将軍に就任した翌年に産まれた家康の末っ子、11男の頼房は徳川宗家を守護する御三家の初代水戸藩主となる。しかし頼房は正室を持たず、侍女から生まれた長男の頼重と三男の光圀に何故か堕胎を命じたが、家臣が頼房の意向に反して出産させた。 頼房は光圀に対して「お試し」と称して厳しく育てた。7歳の時は深夜、頼房自ら斬首した罪人の首を持ってくるように命じ、首をごろんごろんと転がして運ぶ。死体がいくつも流れる急流を泳ぐよう命じて、死体にぶつかりながらも必死で泳ぎ切る。そして父頼房は、敬愛する兄頼重ではなく光圀を水戸藩の世子として定める。文武ともに光圀よりも秀でた兄を差し置く形となり、光圀の生涯に影を落とす。 そんな心の鬱塊を晴らすべく、光圀は江戸市中に忍び込み、悪所にも入り込
保科正之の生涯 名君の碑【電子書籍】[ 中村彰彦 ] 価格: 968 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 滅亡した北条家の旧臣に生まれたお静は江戸城に侍女として仕え、二代将軍となる秀忠に見初められて懐妊する。しかし嫉妬深い秀忠の正室お江与の方の迫害から逃れるため江戸城から立ち去る。一度は子を流したが、秀忠の願いで再度登城し懐妊した時は、今度は生む決意をして、以前親切にしてもらった武田信玄の次女である見性院(穴山梅雪正室)に保護と養育を依頼する。 見性院は幸松と名付けた子を可愛がるが、将軍の子を女子が育てるのはふさわしくないと感じ、武田家でも武勇の名高い、高遠藩主保科正光に預ける。幕閣の意向も確認した正光は幸松を養子とし、学問だけでなく武士として、そして領主としての教育を施す。幸松もその思いに応え、自らの境遇に恨まない「足るを知る」人間に成長する。 幸松の出生は土井利勝など幕閣でも数人にしか知
虹の刺客(下) 小説・伊達騒動【電子書籍】[ 森村誠一 ] 価格: 419 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 「下馬将軍」酒井忠清は、跡取りのない4代将軍家綱亡きあとに将軍を朝廷から招き、鎌倉幕府の北条氏のように権力を牛耳ろうとしていた。その野望を見抜いた原田甲斐は、次期将軍を狙う紀伊藩主の徳川頼宣を巻き込む。忠清も甲斐の打つ手に恐れを抱くが、頼宣の野望は病死と言う形で頓挫してしまう。 伊達一門として藩主亀千代(元服して伊達綱村)に取って代わる野望を持っていた伊達兵部宗勝だが、綱村が成長して大器の片りんを見せると、将軍家綱もその資質を認めることとなり、兵部の立場は追い込まれていく。酒井忠清も伊達兵部に距離を置き始めたため、兵部は酒井忠清から拝領した伊達家分割の密書を公にして、自らの身を守ろうとする。但しその密書は自分が出すわけにはいかない。 密書は伊達兵部の思惑を隠した形で原田甲斐の手に渡
虹の刺客(上) 小説・伊達騒動【電子書籍】[ 森村誠一 ] 価格: 880 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 戦国の梟雄、伊達政宗の孫にして伊達家三代目藩主の伊達綱宗は、祖父譲りの奔放豪気な性格で、吉原一の大夫と評された薫に入れ揚げて巷で評判になる。一方伊達家は家臣団とは別に「一門衆」が勢力を有していたが、中でも政宗の10男で一ノ関3万石の領主の伊達兵部宗勝は、伊達宗家の藩主の座を狙っていた。 その伊達兵部の野望を利用しようとしたのが、「下馬将軍」と呼ばれて4代将軍家綱を凌ぐ権勢を誇った大老酒井忠清。養女を兵部の嫡男に輿入れさせ、遊興に耽る網宗を藩主の座から引き下ろし、伊達家を分割して外様大名としての力を弱める。あわよくは伊達家を取り潰しとして、その成果を背景に名実共に将軍家を凌ぐ権力者にのし上がろうと、様々な策謀を巡らす。 21歳の若い綱宗の乱行は収まらず、伊達兵部はお家大事の大義名分に
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