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プライムデーセール
note.com/kteshigawara
マネージャーと部長は、管理職としての延長線上にありません。役割の次元が一つ変わります。 マネージャーとしてチームの売上をガンガン上げていても、そこから先に進めない人がいます。逆に、マネージャーとしての成果がそこまでなくても、部長に上がる人がいる。 求められるものが、そもそも違うからです。 マネージャーは、現場をやり切る人 マネージャーは、上から落ちてきたことをやりきる存在です。与えられた文脈の中で、チームをまとめ、結果を出す。文脈をつくれればなお良いですが、やりきるだけでも存在価値になれてしまう。 部長は、役員候補生。会社の文脈を作り、進める人 部長は自分で文脈をつくる側に回らなければ、成立しない。ヒト・モノ・カネの制約がある中で結果を出しながら、部門全体の先を示す。会社を推進する側の候補生として、役員への入り口に立つ存在です。 実は、プレイヤーとマネージャーの間より、マネージャーと部長の
上司につっこまれて「視座が足りない」と感じることが、よくありました。クライアント業をやっていて、相手の役員の方の言っていることについていけないことがありました。 自分なりには頑張って資料を作り、数字も押さえ、ロジックも通している。それでも「視座が低い」と返ってくる。 もっと大きな話をしなきゃいけないんだ 経営視点を持たなきゃいけないんだ もっと壮大なビジョンを語らなきゃいけないんだ まったく違ったんです。 視座は、"大きな話ができる力"ではなく。 視座とは、自分の役割が要求する範囲まで、判断の「主語」を引き上げられているか、それだけの話です。 当時の自分にとっては、「視座」は死活問題でした。だからこそ「視座とは何か」を真正面から考え続けてきたのですが、分解してみると、思った以上に単純なものでした。 今日はその分解を、そのまま共有します。いますぐ使える話なので、よろしければご活用ください。
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