ヒストリーチャンネル『20世紀のファイルから』の「マンガがすべてだった トキワ荘の頃」というドキュメンタリー映像がある。 撮影されたのは寺田ヒロオが亡くなった(1992年)よりも後、西暦2000年頃か? その中で、「トキワ荘の時代」著者 梶井純が、寺田ヒロオ自ら一番の親友だと言った棚下照生(2003年没)にインタビューしている。 昭和50年頃 寺田は自分の殻を破るような漫画を模索することもあったようです。 棚下「(寺田が)ある出版社から仕事をたのまれたと。えらく苦しみながら、スリラーみたいな漫画を描いてくれと。あの絵でスリラーは描けませんよ。それでも描こうとして描いた。」 「マンガがすべてだった トキワ荘の頃」よりこれにあたるであろう漫画は一つしかなかった。 「市営球場殺人事件」30p(漫画アクション 増刊 昭和51年1/3号) 昭和49〜51年で彼が描いたオリジナルストーリー漫画はこれし