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10代のまんなか頃は、ひとりでいることがなんとなく辛かった。 一概に“ひとり”といってもさまざまな“ひとり”があるが、実は本当の意味での“ひとり”の素晴らしさに気がついたのは、大人になってからの話だ。 昼休み、教室の机に突っ伏して眠るふりをする自分が、放課後、ランニングをするダンス部集団に逆行してひとり自転車を押して帰る自分が、けっこう恥ずかしくてみじめで嫌だった。教室にいるだれとも本当の心で話せる気がしなかった。いつだれとどこで話していても、ずっと胸の奥の方に“孤独“というずっしりとした重石が居座り、いくら笑っても大声を出してもそれはぴくりともしなかった。寝ても覚めてもわたしの心には薄がかったモヤが巻きつき、なかなか離れてくれなかった。 これが俗にいうシシュンキ、というものなのだろうか。何度もそう割り切ろうとした。だとしたら幼い頃から思い描いていた、キラキラとした夕暮れの湖畔のような青春
私は日本生まれ、英国育ち。大学卒業後はロンドンで電子楽器の自作に没頭しつつも、バイト生活の限界を感じ、帰国して就職することを決めた。電子楽器メーカーである株式会社コルグに2006年12月に入社した。 初めての日本生活、初めての一人暮らし、初めての社会人生活。しかも漢字が苦手で敬語も怪しい。異物のような存在だった。苦労しそうな転機だったが、先輩たちは構ってくれたし、出金伝票の記入も、下手くそな日本語のメールも、一度も問題になった記憶がない。少なくとも自分は気づいていない。もっと言えば、生意気な新米だったと思うので、拙い日本語がそれをオブラートに包んでくれていたような気さえする。
週末の夜、カウンターの行列は常に途絶えず、手には何本もDVDをかかえる人、ビールを飲みながら棚を舐め尽くすように物色する人が点在する。ここはポートランド市内で唯一現存するレンタルビデオ店『ムービー マッドネス』(以下、MM)。いまや珍しい〝レンタルビデオ〟という文化が、日常の一部として老若男女に愛される。一体、どういうことなのか。まずはその歴史をひも解いてみるとする。
「さっきの取材で、何話してた?」とわきあいあいと確認し合うのは、シカゴ出身のスリーピース・ガールズバンド、Horsegirlの3人。メンバーそれぞれに取材が相次ぐ超過密スケジュールの中でも、そんな等身大な姿が垣間見えた。今年リリースされたセカンドアルバム『Phonetics On and On』も、そんな彼女たちのナチュラルな魅力が詰まっている名盤だ。先日の初来日公演では、東京、大阪、京都で開催された4公演があっという間にソールドアウト。東京公演2日目、ギター/ヴォーカルを担当するノラ・チェンさんに、好きな音楽やニューヨークでの大学生活、そしてHorsegirlの今とこれからについて、気になることをたくさん聞いてみた。お気に入りの楽曲もたくさん紹介してくれているから、ぜひチェックしてみて〜。
8月に新しいアルバム『The Collapse Of Everything』をリリースしました。これは、このディストピア的な時代のために作った、サイケデリックでダークなサウンドトラックのような作品で、自分でもとても誇りに思っています。 アルバムには、さまざまなミュージシャンや友人たちが参加しています。近年は特に、ダグ・ウィンビッシュと密に仕事をしてきました。彼とは ホレス・アンディのアルバム以降、パンダ・ベア&ソニック・ブームへのダブ・ミックスや、スプーンとのコラボレーションなどでも一緒に制作しています。さらに、アレックス・ホワイト(ファット・ホワイト・ファミリーやプライマル・スクリームで活躍)、そして80年代にザ・ルーシー・ショーで活動していたマーク・バンドラも参加。マークはJUNOキーボードへの独特な理解と、尖ったプレイスタイルが魅力なんです。また、数曲でドラムを叩いているのは、惜しく
TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム 【#1】力士の自分がマリメッコの浴衣にハマったワケ 執筆:佐田の海 貴士 2025年10月12日
とは、本誌『POPEYE』1978年10月25日号の特集「ファンタスティック ピンボール」に掲載された、松山猛さんによる「ピンボールのファンタスティックなポップ感覚が大好き。」の一文(抜粋)。映画『トミー』(1975年)でのエルトン・ジョン扮するピンボール・チャンピオンが歌唱する「ピンボールの魔術師」や、ピンボールをテーマに据えた青春映画『プリティギャンブラー』(1979年)、個人的にも筐体を所有していたという村上春樹の小説『1973年のピンボール』なんかもまさにそうだけど、この号が発売された’70年代は、大ピンボール時代。遊園地、温泉、ボウリング場、ゲームセンター、バー、『日比谷 映画街』や『浅草 新世界』といった当時の複合商業ビル内など、至るところに台が置かれ、キッズたちは夢中になっていた。この『POPEYE』にも、パリのカフェでタバコを燻らせながらピンボールを堪能する若い衆や、LAの
「あの日はバンドの練習があって。夜は小沢の家に泊まり、読売ランド前駅近くのファストフード店で『今日は成人式だね』って小沢としゃべっていたのをよく覚えてるんです。『僕らは行かない派だね』って」 成人式って行きましたか? というポパイ編集部員(24歳)の質問に、小山田圭吾さんはそう答えた。「小沢」とはかつての盟友・小沢健二さんのことである。 「二十歳になった1989年1月に平成が始まって、その年の夏にバンドでデビュー。僕の『二十歳のとき』は本当にいろんなことが起こった1年だったんです」 時間をそれより少し前に巻き戻そう。 時は1987年。高校を卒業した小山田さんは美術学校「セツ・モードセミナー」に通っていた。入学の動機は「もともと絵を描くのが好きだった」から。 「美大に憧れはあったけれど、僕にはハードルが高すぎて全然無理。そうしたら、抽選で入学できて授業料も安い学校があると友達に聞いて。それで
知っているはずの名前が出てこない、ということがよくある。 たとえば、数年前にブームになった、丸いパンに生クリームをたっぷり挟んだイタリアっぽい名前のやつ。 たとえば、ハンバーグ師匠が手に持って鳴らす楽器の名称。 あれ、ほらあのー…えっとー… 口から空っぽがこぼれて溜まる。はやく答えを見つけないと自分が世界から消えてしまいそうだ。 そんなとき、私は図書館のレファレンスサービスを思い浮かべる。 じつは私は図書館司書の資格を持っている。 レファレンスサービスとは、利用者の知りたいこと調べたいことを図書館職員が聞き取り、そのために必要な本を探すサポートをする専門的なサービスのことだ。 図書館の利用者はおぼろげな記憶で本を探していることもある。丸パン生クリームほどではないにしても、ある利用者は カズキ・イシダ*の『わたしを探さないで』という本、を探していることがある。 図書館のデータベースに載ってい
ふと、昔の出演作を見返したくなる瞬間がある。なんとなく自信をなくした時、自分の現在地を見失った時、逆にとてもハッピーで満ちている時、などさまざまだ。 今回のそれは、ある休日の朝、目を覚ました途端に小さなエジソン球がぴかん、と瞬くようにやってきた。なんか、『子供はわかってあげない』が観たい。それもいますぐにだ、と。わたしはカーテンから漏れる新鮮な朝日なんか気にも留めず、ベッドから起き上がると、リビングルームへ向かった。 『子供はわかってあげない』は4年前(もうそんなに経つのか…)の2021年に公開された、沖田修一監督の映画だ。原作は田島列島さん。わたしは撮影当時は19歳で、ラストティーンの全てを焼き付けた作品と言える。わたしは水泳部の朔田美波(さくたみなみ)を演じており、ずっと屋外プールと海を泳いでばかりいたので、肌をこんがりと焼いていた。健康的な印象に少しでも近づくべく、日サロにも通ってい
これからの時代、僕たちはどう生きるべきか? マガジンハウスより発売中のインタビュー集『天才たちの未来予測図』で脱資本主義について語っているマルクス主義者の斎藤幸平さんと、POPEYE Webで「クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書」を連載中の小野寺伝助さんに語り合ってもらったのは、そんなテーマだ。実は斎藤さん、小野寺さんと同じくパンクにルーツがあるようで、斎藤さんの知られざる過去も明らかに! 斎藤さんはいろんなところで対談されていると思うんですけど、中でも僕は一番謎な対談相手だと思うんですよ。なので、まずは自己紹介をさせてください。僕は普通にサラリーマンとして働きながら、ずっとパンクバンドをやっていて。その傍ら、文章を書くのが好きで、早稲田のZONE-Bというパンクに強いライブハウスが出しているフリーペーパーでコラム連載をしていたんですね。パンクスに向けて、パンク的な本を紹介すると
photo: Reiko Toyama styling: Yutaka Aoki grooming: HORI edit: Koji Toyoda special thanks: somehow, LAPIN
久しぶりのPOPEYEの音楽特集は、思い切ってバンドだけにフォーカスしました。ひとりでも音楽を作って届けられる今なのに、世界中で面白いバンドが増えている気がしているからです。それは、夏にアジアの旅の特集を作ってみて、その各地・各都市でも実感したことでした。 じゃあ、僕らが素直に「最高だ!」と思うのはいったいどんなバンドなのかと言えば、1万km以上離れた相手と対バンしたり、20代と60代で共演したり、実は他の仕事もしてたり。国境も世代も既成概念も超え、自由に音楽を楽しむ。そんなバンドたち200組ほどがギュッと集まったのが、今回の「バンド特集」です。本誌の内容をちょっとずつ、ご紹介します。
レコードブームといえども、多くの老舗ショップが惜しまれつつも次々無くなっていく。たしかに、テクノロジーの発達と共に、音楽産業を取り巻く環境は大きく変化しているし、そもそも、長くお店を続けること自体本当に大変なことだ。そんななか、日本はもちろん、アジア、欧米、はたまた地球の反対側の南米などから、要するに世界中から、ハードコアな音楽好きがこぞってやって来る伝説的レコードショップが高円寺にある。 店内には、ロックやジャズ(といっても「名盤100選」のような紹介ではまず挙がることがない)をはじめ、アシッドフォーク、フィールドレコーディングもの、自主制作盤、エクスペリメンタル、ノイズ、辺境音楽、ローファイ、サイケだけのミックステープ、はたまた動物の鳴き声のCDなどなど、並のディグ力ではまず出会うことのできないオブスキュアなものがズラリ。取材時も何人か海外からのお客さんがいて、「ジャパニーズ・ドローン
カルチャー 写真と映像の美術館4Fにある『東京都写真美術館図書室』。 東京五十音散策 恵比寿③ 2024年5月31日
フード 『粥や 佐藤』の台湾粥を通して一度に楽しむ浅草の専門店の味。 3月はこんなお店に行ってきた。 2024年3月29日
photo: Kohei Kawashima illustration: Shinji Abe text: Keisuke Kagiwada translation: Catherine Lealand 2024年3月 923号初出 「やぁ、流したいテープがあるんだ」 トーキング・ヘッズの公演を収めた1984年の映画『ストップ・メイキング・センス』は、ラジカセを抱えたデイヴィッド・バーンが、観客に向かってそう語りかけるシーンから始まる。監督はジョナサン・デミ。あれから約40年。このたび、A24により4Kレストア版として蘇った本作について、デイヴィッドらトーキング・ヘッズのメンバーに話を聞いた! Talking Heads is back! トーキング・ヘッズが帰ってきた! 映画公開に際し、20年以上ぶりに再集結したというトーキング・ヘッズ一同。右から、ギター他を担当するジェリー・ハリソン、
カルチャー クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.20 紹介書籍『東京ヒゴロ1~3巻』 2023年12月15日 何回だってやり直す 何回だってやり直すんだ 抑えきれない衝動。溢れ出るアイデア。それを共有できる友達。 この三つさえ揃えば鳴らせるのがパンクという音楽の特徴で、小難しいテクニックは不要だし、楽譜など読めなくても何の問題もない。誰でもできる。それ故に、パンクカルチャーは10~20代の衝動に駆られた若者、青二才、クソ野郎共が生み出し、それに憧れたキッズ達がそのマインドを勝手に受け継いで進化させ、またその次のクソガキ共に受け継がれ、かれこれ40年以上が経過した。 そうすると、創世記の頃のパンクスはすっかりおじさんになっている訳で、今も変わらず続けている偉大な先輩もいるが、もう音楽活動を辞めている人も多い。なぜなら、年を重ねることで演奏技術や経験は蓄積されても、抑えきれな
早稲田大学のサークル活動と、 ミネアポリスでの留学生活。 ラジオの道に繋がる、二十歳の出会い。 早稲田大学の正門前で、 運命の出会いが。 「昔から、音楽や日常生活の話を面白おかしく喋ることは苦ではなかったんです。ラジオに出始めたときもいつもどおり喋っていたので、友達が『あまりにも普段と変わらないけど大丈夫なのか』って連絡してきたくらい(笑)」 TBSラジオの昼の顔『ジェーン・スー 生活は踊る』のメインパーソナリティを務めるジェーン・スーさんの語り口は、番組と変わらず飄々として、かつ優しかった。リスナーが熱い悩みを寄せるスーさんにも、二十歳の頃は迷いや葛藤があったんだろうか。学生時代に時を戻そう。 「社会科が壊滅的に苦手で、英語と国語だけで入れる高校となると女子校が多かったんです。受かったから行くって感じで、文京区から東浦和まで1時間かけて通ってました。第一志望じゃなかったからふてくされてま
「涩泽龙彦」のことをご存じでしょうか? おっかない魑魅魍魎の類ではなく、じつはこれ、異端文学者・澁澤龍彥の中国語表記。澁澤はいま中国でかなりのブームになっていて、2022年11月時点で計20冊の著作が翻訳されてます。しかも「暗黑美学大师」というゴージャスな肩書付きで。 『黒魔術の手帖』と『私のプリニウス』の中国語訳。これを最初に見た時の衝撃は忘れがたい……。 しかしこれだけで驚いていてはいけません。 澁澤龍彥の中国翻訳をプロデュースした、張暁輝/チャン・ショウフエ(1964~2019)という名編集者がいたのです。北京大学在学中に「青年マルクス派宣言」というエッセーを投稿したことにより思想罪で弾圧され、投獄され、大学を中退。そしてムショから出た後、編集者の道へ進みます。 「サド裁判」で有名な澁澤ですから、「前科持ち」ほど澁澤翻訳の編集にふさわしい(?)人物はいませんね。ちなみに張暁輝は澁澤以
カルチャー 糸井重里さんに聞いた、漫画『生きのびるための事務』の話。- 読書感想編 – 読者がタッチできる、自分と近い本。 2024年10月11日 カルチャー 糸井重里さんに聞いた、漫画『生きのびるための事務』の話。- ジムを考える編 – 「ほぼ日刊イトイ新聞」が事務? 糸井さんと坂口恭平さんとの共通点とは。 2024年10月11日
カルチャー 人生はユーモアに満ちている。 『レッド・ロケット』のショーン・ベイカー監督にインタビュー。 2023年4月20日 © 2021 RED ROCKET PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED. 『タンジェリン』『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』で世界を圧倒したショーン・ベイカー監督の新作『レッド・ロケット』が公開される。主人公はLAでポルノ男優として活動しながら、とある事情で地元テキサス州ガルベストンに舞い戻ったマイキー。一見すると人好きのするマイキーだが、実は他人の話に耳を傾けず自分の意見ばかりまくし立てる超自己中。そんな彼が周囲を巻き込んで起こす騒動をコミカルに描いたのが本作だ。作品について、ベイカー監督に話を聞いた。 ーー本作のアイデアはどのように生まれたのでしょうか。 『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』を作る際、リサーチで
「面白さを言語化できたら、 世の中のお笑いレベルの総量が上がる気がする」 昨年の『M-1グランプリ』の敗者復活戦で見た、令和ロマンの漫才「ドラえもん」は熱かった。MOROHAが歌う主題歌とか、大山のぶ代から水田わさびに声が変わるとか、「わかる!」が攻めてくる感じ。決勝進出ならずも、記憶に残る4分間だった。そんな令和ロマンのYouTubeチャンネルを見ていると、「1回戦対策講座」や「敗者復活戦の攻略法を考えよう」といった考察動画が目立つ。もちろんエンタメではあるけれど、根底にはボケの高比良くるまさんの分析力が生きている。 「気温とか音響とか、その時々の環境を考えるのが好きなんです。例えば敗者復活戦の会場は野外の六本木ヒルズアリーナで、東京中の風が流れ込む。日が沈むとめちゃくちゃ寒いんです。寒いとお客さんは笑いづらくなるので、出順が遅いときついんですよ。そうなったらどうしようかなと考えて」 1
みちくさ・はるこ|漫画家。2015年にトーチwebで連載していた自伝マンガ『みちくさ日記』を刊行。続編となる『よりみち日記』を2020年に新潮社より刊行。さらなる続編『よりみち日記2』を新潮社の「考える人web」で2022年9月まで連載。絵描きとして絵画作品も制作し、ギャラリーなどで展示販売も行っている。 twitter @michikusa_hrk さかぐち・きょうへい|1978年熊本県生まれ。2001年早稲田大学理工学部建築学科卒業。作家、建築家、画家、音楽家、「いのっちの電話」相談員など、その活動は多岐にわたる。2004年に写真集『0円ハウス』を刊行。著書に『独立国家のつくりかた』『徘徊タクシー』『躁鬱大学』、画集に『Pastel』『Water』があり、近刊に『継続するコツ』『中学生のためのテスト段取り講座』がある。2023年2月から熊本市現代美術館にて個展を開催。 twitter
カルチャー ピエール瀧さんにインタビュー。 10年ぶり2度目。『ピエール瀧の23区23時 2020-2022』刊行記念! 2022年10月19日 『ピエール瀧の23区23時』は、今から10年前に発売された、読むラジオのような一冊だ。舞台は東京23区の、どこか1区。ピエール瀧さんが夜の目線で街を歩き、時に自分の思い出を吐露したり、100円自販機に一喜一憂したりしながら、小さな発見を重ねていく。瀧さんの散歩を追体験できる、368Pの分厚い本だった。その『23区23時』が、なんと10年の時を経て復活!noteでの連載をまとめた『ピエール瀧の23区23時 2020-2022』として、600Pにパワーアップして帰ってきたのだ。23区を再び歩き終えた瀧さんに話を聞いた。 人と会話してるから違う視点が生まれるし、長く歩ける。 ーー今回、10年ぶりの『23区23時』ですね。 テクノロジーが進化して、not
カルチャー チバユウスケさんにインタビュー。 著書『EVE OF DESTRUCTION』刊行記念! 2022年10月14日 遡ること20年以上前。中学生の頃に今はなきシネマライズで観た『青い春』の衝撃が今も忘れられない。内容もさることながら、開始早々爆音で流れるTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTの「ドロップ」が、もうとにかく最高なのだ。以来、今に至るまでそのボーカルであるチバユウスケさんの歌は、僕の心の支えであり続けている。いつか会いたい。だけど、音楽に詳しいわけでもないし、難しいよなぁ……なんて思っていたら、なんとチバさんが『EVE OF DESTRUCTION』という本を出したという! チバさんが若い頃に聴いて影響を受けた音楽について、私物レコードを通して語ったヴィジュアルブックだ。この本を通してだったら何か聞けるかもしれない。そんな思いを胸に秘め、取材させていただ
photo: Takeshi Abe styling & grooming: Yumi Nabeta text: Keisuke Kagiwada 2022年9月 905号初出 夢破れた若き青年が、 “軌道修正”を繰り返しながら たどり着いた劇団という場所。 カーディガン¥11,000(ジャーナルスタンダード/ジャーナルスタンダード表参道☎03·6418·7961) その他は私物 自由劇場に衝撃を受け、 演劇人生の幕が開ける。 「思うに、人はいつもベストの道を選択できているわけではない。だから、心に陰りが生じたり、疑問を持ったりする。そういう時に、自分の納得いく軌道修正がきちんとできるかどうかが肝心なんだと思う」 自伝の中にそう綴るのは高田純次さんだ。“日本一のテキトー男”の異名を取る高田さんらしくない透徹な人生哲学ではあるが、実際、高田さんの20代は“軌道修正”の連続だったらしい。 「ア
私が生まれ育った町は東京都板橋区の高島平というところです。おそらく住んでいる人はみんな思っていると思うので恐れずにいうと、高島平にはこれといってなにもないです。かといって「なにもないがある」みたいなことが言えるほど田舎でもない。番組収録が始まる前の前室なんかで共演者と出身地の話になった時には「東京です。板橋区の、高島平……あっ、そーです。自殺の名所の。はい。団地の。えへへ」と、いつも微かに場を盛り下げてしまう。それなら東京以外で生まれて同郷の人と話に花を咲かせたかったなぁとか、リアクションの取りやすい東京の真ん中出身だったらよかったなぁって、人生で7回ぐらいは考えました。 そんな故郷にも思い出す情景はあるんです。平日に小学校の通学路にお漬物を売るトラックが来ていて、優しそうなおじちゃんがきゅうりを味見させてくれた。放課後遊んだお山の公園のそばにはたまにおでん屋さんが来て、10円とか20円と
カルチャー 鈴木涼美さんにインタビュー。【前編】 デビュー中編『ギフテッド』刊行記念! 2022年7月28日 大学在学中にキャバクラのホステスやAV女優を経験し、日本経済新聞の記者を経て、作家となった鈴木涼美さん。『娼婦の本棚』(中央公論新社)、『「AV女優」の社会学』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ』(幻冬舎)など、自らの体験に基づいた視点で数々のエッセイや書評を世に送り出し、初となる小説『ギフテッド』を書き上げた。主人公の「私」は、歓楽街にあるビルの、重たい二重扉の付いた部屋で暮らしている。そして突然始まった、病に侵された母との同居生活。忍び寄る死の気配のなか、ぼんやりと見え始める詩人である母の姿。そして「私」の頭の片隅にあるのは、自ら命を絶ったホステスの友人のことだった。淡々した文体から立ち上がる夜の情景は、様々な主題を孕みながら、読む者をそっと包み込む。なんだかギフトのような
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