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文: 喜久井伸哉 年末年始が、もっともさびしい。 一年のうちで、ひときわ孤独を感じる時期だ。 年の瀬になると、街はクリスマスと忘年会の喧噪を経て、あわただしく年越しのしたくを始める。 大きな駅は帰省客であふれ、大みそかや正月を家族と過ごす人が行きかう。 新年を祝う華やかな雰囲気のなか、あちらこちらで親子連れやカップルの幸せそうな姿が目につく……。 世の中の年末年始と言えば、大みそかの紅白歌合戦、年越しそば、除夜の鐘から、年が明けての初日の出、初もうで、おせち料理、子どもへのお年玉、と慣習的・文化的な催しがつづく。 だが一人暮らしの私は、実家に帰省することもなく、友人と過ごすあてもない。 年末年始らしい、おめでたい予定はひとつもない。 大みそかの雰囲気が、どうもいけない。 好きな落語でも聞けば気がまぎれるだろうか、とも思うが、それはそれで哀しい。 「芝浜(しばはま)」、という落語を思い出す。
私のアパートに滞在していたインド人カップル 文・山添博之 www.hikipos.info 以前の記事に書きましたように、私は十代前半から約10年間重度なひきこもり状態でした、当時はほとんど部屋から出る事なく日々を過ごしていました。自室には決して誰にも入ってきて欲しくありませんでした。 しかし、40歳を迎えた今、私の部屋では海外の様々な国から日本にやってきた外国人達が毎日のように行き交うようになりました。なぜなら、とあるユニークなプロジェクトを行うようになり、海外の旅人に自宅を滞在先として提供するようになったからです。 そのため、自宅アパートには他者が日常的に存在する状態となり、私の個人的空間は無くなったも同然となりました。しかし、その事に特段ストレスを感じていません。様々な国籍の人々と異文化交流ができ、学びが多く、充実した幸せな生活環境であると感じています。 不思議な変化です。自室に閉じ
写真・ぼそっと池井多 文・ぼそっと池井多・なお 殴られるのがこわくて中学校へ行けなかった ぼそっと池井多 なおさんといえば、関東のひきこもりや精神障害の界隈では「生きづらさJAPAN」を立ち上げた人として、また、それに附属する当事者会運営者ネットワークを作ってくれた人として広く知られています。私も後者でお世話になってるわけだけど、今までどういう人生を送ってきたかを体系的に聞いたことがなかったんだよね。 だから今晩は、おいしい日本酒を飲みながら、それを聞かせていただこうと思って。 なお あ、いいっすよ。 ぼそっと池井多 まず、どういう家庭に育ったんですか。 なお うちは普通のサラリーマンの家庭だったんだけど、親父がすんごい遊び人だったんすよ。 俺が小学2年の時に父親が女を作って家出しちゃって、帰ってこなくなって、両親が離婚するんですね。自分は母親についていって、東京に引越して、転校した先がす
画:ぼそっと池井多 with Adobe Photoshop 文・ぼそっと池井多 ・・・第2回からのつづき www.hikipos.info 「生きづらさ」と無差別殺傷事件 このシリーズの前回、第2回は「生きづらさ」という日本語ができた1981年から、就職氷河期が到来した1993年までの「生きづらさ」の内容を比較してみた。1980年代の「生きづらさ」は、こんにちの「生きづらさ」とはある意味、反対の内容であった。 今回は1981年以前の「生きづらさ」へ筆を進めるに当たって、無差別殺傷事件という視点を導入してみたいと思う。 なぜ無差別殺傷事件なのか。 それは私が、「このような犯罪は加害者の内部に蓄積された『生きづらさ』が爆発して発生する」と考えているからである。 このような私の捉え方は、 「無差別殺傷犯を起こすような者は、もともと精神を病んだ狂気の人間だったのだ」 という考え方とは立場を異にす
文・宇場崎 一郎(仮名) hbol.jp ※掲載元の記事(現在、Yahoo!ニュースのページは削除されています】 はじめに 『ひきこもり当事者が仕事に就いて社会復帰を果たす』それ自体は素晴らしい事だろうし、私自身もそうなって良かったと思う。 今回、私がこの手記を書こうと思ったのは、ある種の成功談の裏に、ひきこもり当事者として大切な何かが見落とされている。そんな違和感が消えなかったからだ。一人のひきこもり当事者が抱えるネガティヴな側面を表現したいと思った。 途中、過激な表現もあって、書くのを控えようかと思った。だけど、言葉を我慢して(又は、言葉にできなくて)対人関係で強いストレスを感じた事が、ひきこもりになった要因の一つだと思っている。黙って部屋の中に居ても、誰も助けてくれないし、我慢していても何も起こらなかった。だったら多少の誤解や批判を覚悟してでも、声を発した方が良いと思った。 小難しく
画:ぼそっと池井多 with Bing Image Creator + Adobe Photoshop 文・小山由香 編集・ぼそっと池井多 「見えない子どもたち」とは何か 「境界知能」とは、IQ70〜85のグレーゾーンの知能の人たちを指しています。 日本の人口の約14%、約1700万人もの人たちが該当します(*1)が、周囲どころか、自分さえも気づかない場合が多く、さまざまな生きづらさを抱えています。 *1.宮口幸治「ケーキの切れない非行少年たち」新潮選書, 2019, p.99 当然のことながら、結婚して家庭をつくり、子育てをしている女性たちもいます。 そうした境界知能の母親たちは、控えめに見積もった推定値で人口の5%ほどになると言われています。 「見えない子どもたち」というのは、そうした境界知能の母親から生まれた子どもたちを指しています。 境界知能じたいが気づかれにくい障害ですから、その
最新の調査によれば、「不登校」の小中学生は約30万人となり、統計をとりはじめて以来過去最多を記録しました。増加率は前年度比22%で、コロナ禍の緊急事態宣言以降、急増しています。新たな局面に至った「不登校」を、どのように考えればいいのでしょうか。今回は、幼少期から学校に行っていない「不登校経験者」の声をお届けします。 (文 喜久井伸哉 / 画像 Pixabay) 私は、世の中で語られている、「不登校」の話が、よくわからない。 私自身は、八歳の頃から、「不登校」が、あった。 大人になってからは、『不登校新聞』というメディアで、ライターをしている。 この数十年、「不登校」について、けっこう、考えてきたつもりだ。 しかし、しばらく前から、「不登校」の報道や、語られ方が、どうも、よくわからなくなってしまった。 理由は、いくつかある。 まず一つ目。言葉そのものが、おかしいのではないか。 そもそも、「不
めちゃくちゃな形にぐちゃぐちゃな絵の具……〈現代アート〉っていったい何?なぜ「わからない」作品を作っているのか?どうして高額な値段がつくのか?今回は「わからなさ」をテーマにした〈現代アート〉入門をお届けします。 現代アートが「わからない」のはなぜ? ポイント① そもそも楽しませるために作られていない ポイント② 「美術品」ではなく「知術品」を作っている ポイント③ むしろ「わからない」ものを作っている ポイント④ 本当は「わからない」のではなくちょっとだけ「わかって」しまっている ポイント⑤ 作品は「答え」ではなく「問い」を求めている 最後に ポイント① そもそも楽しませるために作られていない 遊園地や、サーカスや、スポーツの観戦会場は、人を楽しませるためにあります。 お金を払って来てくれた「お客様」へのサービスがあり、面白さを「わかりやすく」伝えるための趣向が凝らされています。 見どころ
(文 喜久井伸哉) 「子どものことがわからない」とき、親はどうすればいいのでしょうか。今回は不登校とひきこもりの経験者が、「親にしてほしかったこと」を伝えます。 「寄り添う」だけでいいのか 子どもが引きこもっているとき、多くの親は、どうしたらいいのかわからなくなります。 安易な「原因」を求めたり、子どもにきつく当たったりすることもあるかもしれません。 市販の解説書を手に取る人も多いでしょう。 教育者や精神科医は、「どうすればいいのか」という親の声に応じて、あれこれの「解決策」を書きつづっています。 そこには、「寄り添いましょう」、「待ってみましょう」といった穏当なものもあれば、 「刺激を与えるべきだ」、「無理にでも就労させるべきだ」といった、不安が増すような主張もあります。 中には、強引に引き出すべきだという主張を見つけるかもしれません。しかしそれは暴論というべき、極めて浅薄で危険な判断で
(文 喜久井伸哉) 今回は、近年発表された〈ひきこもり〉に関する本19冊をご紹介します。ベストセラーになったエンタメ小説から、時間をかけて作られたマニアックな論文まで。最新の「ひきこもり」ブックガイドです。 《一般書》 ひきこもりの真実 「ひきこもり」から考える 小説8050 コロナ・アンビバレンスの憂鬱 名著の話 僕とカフカのひきこもり 《当事者向け》 ひきこもれ HSPとひきこもり 《記録・報道》 「独り」をつないで ひきこもっていても元気に生きる ふすまのむこうがわ 《研究・支援》 生きづらさを聴く 「ひきこもり当事者」の社会学 ひきこもりと関わる 見過ごされた貧困世帯の「ひきこもり」 ひきこもり白書2021 《親向け》 ひきこもり “心の距離”を縮めるコミュニケーションの方法 お金のプロに相談してみた! 息子、娘が中高年ひきこもりでもどうにかなるって本当ですか? 《その他》 たびだ
Photo by PhotoAC, Reprocessed by Vosot Ikeida 文・ぼそっと池井多 支援者と当事者の対話が断絶するとき 先日、喜久井伸哉さんが本誌で 「ひきこもり問題に関わる人々は今まで『未来志向』であることによってひきこもり当事者との対話を断絶させてきた」 という主旨のことを書いていた(*1)。 私はそこで語られている演劇は見ていないが、その主旨に関してはまことに鋭い指摘だと思った。 *1. 喜久井伸哉「俳優座の『演劇8050』はひきこもりと向き合う重要なヒントを……」 www.hikipos.info そう言われてみれば、 「こういう支援者はちょっと……」 と敬遠したい人ほど、やたら当事者に 「未来志向」 「前向きに」 「ポジティブ」 といった言葉をつかう傾向があることを思い出したのである。 ひきこもりは、たいてい過去の精算に時間がかかっているからひきこも
※こちらの記事には一部、まとめサイトの怖さを伝えるためにあえてヘイト・暴力的な内容を含む文章をそのまま掲載している部分があります。お読みになる場合、そういった内容が苦手な方はご注意下さい。 (文・かっしー 編集・Toshi) きっかけとなったのは、私こと「かっしー」のこんなツイートでした。 久しぶりに怒りで涙止まりませんでしたし、色んなパニック発作が出ました。 しばらく通院してみて、それから診断書を書いてもらえないか相談してみるという選択肢も提示しましたが、次回の診察日も薬の相談もなく追い返されました。 https://t.co/A3yoUNJKQm — かっしー (@cassyie_r) 2022年7月27日 私が当初、障害年金を受けたくて精神科を受診した時、私が不安障害である事を知りながら診察すらしてもらえなかった・・・という嘆きのツイートをした事に端を発します。 これは後日、私も治療
「正岡子規三十六、尾崎紅葉三十七、斎藤緑雨三十八、国木田独歩三十八、長塚節三十七、芥川龍之介三十六、嘉村礒多三十七」 「それは、何の事なの?」 「あいつらの死んだとしさ。ばたばた死んでゐる。おれもそろそろ、そのとしだ。作家にとつて、これくらゐの年齢の時が、一ばん大事で、」 (太宰治「津軽」) 老い。 もともと厳しいこの人生を、こいつがさらに厳しくさせているように思えてならない。 「人生百年時代」などというが、何事かを成すなら早い方がいいに決まっている。 脳の研究によると、細胞やらシナプスやらの活動ためには、幼いうちから経験を積むことが必要だという。 プロの演奏家を目指すのに、年をとってからでは遅すぎる。 一流のスポーツ選手になりたいなら、子供のうちから競技に取り組んでいることが必要だ。 中年以降に名声を得るクリエイターたちにしても、十代・二十代から力を発揮し、評判の基礎を固めている。 早い
写真提供:ひきこもりUX会議 以下同 文・スミレ 編集・ぼそっと池井多 一般社団法人ひきこもりUX会議が2022年1月16日に埼玉県所沢市で開催した いま、見つめ直す「ひきこもり」のこと。 より、スミレさんの講演をお届けします。 ひきこもった理由はわかりにくい スミレと申します。今日はこんなに大きなホールで、聞いてくださっている方の人数も多いのでとても緊張しています。でも今の実家が東村山で、所沢はお隣さんなので、親近感もあり少し気を楽にして話せるような気がしています。 いま私は32歳です。 ひきこもっていたのは、だいたい24歳から29歳の間です。 その間は、比較的気持ちが落ち着いていて外に出られる状態と、不安定でぜんぜん出かけられず布団のなかで泣き続けるような状態のときが、交互に繰り返しやってきました。なので、ひきこもりの正確な期間というのは自分でもわからないです。 外に出られる状態のとき
文・パントー・フランチェスコ ぼそっと池井多 写真提供 パントー・フランチェスコ ・・・第5回からのつづき www.hikipos.info 文化精神医学から見た日本のコミュニケーション ぼそっと フランさんがもうすぐ出版される本のことを、もう少し教えてください。 その本は、フランさんがずっとお好きである日本のアニメ文化にも多くのページを割いているのでしょうか。 フラン いいえ、今年度出る予定の本の内容は、ふだん私が興味の対象としてきたアニメーションとはまた違うものです。しかし、自分にとって非常に大事なプロジェクトです。あまり詳しくは言えませんが、僕は日本に来てからコミュニケーションで悩むことが多く、 「対人関係や人間同士のコミュニケーションは、もしかすると文化によって違うのではないか」 と思うようになりました。 そして、日本でのさまざまなコミュニケーションの体験をノートに記録してきたので
文・パントー・フランチェスコ ぼそっと池井多 写真提供 パントー・フランチェスコ ぼそっと 読者の皆さまには、今回からまた新しいシリーズが始まったように見えるかもしれませんが、お気づきのように今日が第1回ではなく、第4回なのですね。 じつは、このシリーズは2年以上前に始まっています。 ちょうどフランさんが、研修医をスタートする2019年4月に第1回を配信させていただきました。そして、第1回から第3回までの間に、故郷であるイタリアのシチリア島でひきこもりであった少年時代、日本のアニメ文化にあこがれ懸命に日本語を勉強した大学時代、そして日本の筑波大学に留学したというライフ・ストーリーを語っていただきました。 第1回www.hikipos.info 第2回www.hikipos.info 第3回www.hikipos.info 元ひきこもりから異国の精神科医へ ぼそっと めでたく研修医の2年間を
文・パントー・フランチェスコ Believe your light(ビリーブヨーライト) 私は、ひきこもりを専門とする精神科医となるべく、筑波大学の後期博士課程で研究しているイタリア人のパントー・フランチェスコと申します。以前、HIKIPOSからインタビュー記事を配信していただきました。 www.hikipos.info 現在、「物語作品と対話を用いたひきこもり支援のための介入方法の開発」という研究に取り組んでおります。 その一環として、今回ゲームの鑑賞とその精神的な影響に関して調査を行いたいと考えております。 ひきこもりや不登校を体験した方で、もしこの研究にご興味がありましたら、調査にご協力いただけませんか。 プログラムに参加し、アンケートをご記入いただいた場合には、ご協力いただいた謝礼として、2500円分のamazonギフト券をメールで差し上げます。 個人情報が漏洩する心配はございませ
ソウル市のなかでも最も外国人観光客が訪れるという梨泰院(イテウォン)地区 Photo by PhotoAC 文・ぼそっと池井多 最近、韓国のひきこもり事情についてお話をうかがう機会が増えた。 知れば知るほど、それは日本のひきこもり事情について考えることだ、と気づかされる。 このシリーズでは、まず第1回目の今回、韓国のひきこもりが生み出されている背景を、日本と比較しながら見ていこうと思う。 日本とよく似た発生構造 ひきこもりの様子が日本ともっとも似ているのは韓国だ、ということはあちこちで言われている。 ある意味で、日本のいろいろな所を極端にしたのが韓国だ、とも。 社会の構造や文化が似ているということがあるが、なかでも厳しい学歴社会、受験戦争が共通点に挙げられる。 ところが、韓国の学歴社会や受験戦争は、日本よりもずっと厳しいようである。 日本の大学入試センター試験にあたるものが韓国では大学
(文 喜久井ヤシン) 今回は、2020年1月以降に発売された〈ひきこもり本〉14冊をご紹介します。長期間の取材をまとまた硬派な一冊から、世界の〈ひきこもり小説〉を集めたアンソロジーまで。最新の「ひきこもり」ブックガイドです。 コンビニは通える引きこもりたち ひきこもりは“金の卵" 中高年ひきこもり いじめとひきこもりの人類史 ひきこもり図書館 部屋から出られない人のための12の物語 ひきこもりのライフストーリー ひきこもり×在宅×IT=可能性無限大! 株式会社ウチらめっちゃ細かいんで 「あたりまえ」からズレても ひきこもり経験者が綴る ひきこもり国語辞典 特別講義「ひきこもり大学」 当事者が伝える「心のトビラ」を開くヒント 扉を開けて ひきこもり、その声が聞こえますか いまこそ語ろう、それぞれのひきこもり 世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現 改訂版 社会的ひきこもり コンビニ
不登校やひきこもりの子をもつ親にとって、テレビゲームは悩みの種です。「ゲーム脳」や「ゲーム依存」の報道を聞いて、子どもの将来を心配している人も多いでしょう。今回は、「十代のころゲーム漬けだった」という当事者が語ります。「子どもがゲームをしなくなる最良の方法」とは何か。斬新なアイデアにご注目ください。 ゲームがなければ自殺していた 「意味になる」ゲームと「意味にならない」ゲーム ゲームの最大の意味は「無意味」なこと 子どもがゲームをしなくなる方法 問題は「奪うこと」ではなく「与えること」で解決すべき 「犯人探し」に終わりはない ゲームがなければ自殺していた 私は小学2年生から学校に行かなくなり、子ども時代はゲーム漬けの毎日でした。 当然親からは非難されましたし、「将来どうするのか」と叱られました。 私自身、「ゲームばかりして青春を失ってしまった」という喪失感があります。 他のことに時間を使っ
原画 Ramakant Sharda / Unsplash 文・ ルシアン・クエイリュー 翻訳・註解 ぼそっと池井多 ひきこもりと存在 ひきこもりは存在しない。 ひきこもりは日本語の「自分をある所へに閉じ込める」といった意味の「引き籠もり」から来ているわけだが、文字通りに解すれば、ひきこもりは存在できないのである。 なぜならば「存在する」とは、「自分を現す」「自分を見せる」「自分から出てくる」という意味のラテン語の動詞 ex-sistere から来ているからだ。 ひきこもりは存在を逃避するか、存在を還元不可能な最小値にまで減少させる。じっさい、存在を放棄することはそう簡単ではない。僧、隠者、自殺者、狂人、詩人など多くの人間たちがそれを試してきた。 存在は主張する。 しかし、ひきこもりは存在の外にあるものとして主張しない。というのは、存在している個人はひきこもりであることに失敗するからだ。人
Photo by Pixabay 文・ぼそっと池井多 ネズミたちのユートピア アメリカの動物行動学者ジョン・B・カルフーン(*1)は、飼育箱の4つの居室に、それぞれ8匹ずつオスとメスの実験用のネズミを放った。 *1. John Bumpass Calhoun (1917 - 1955) : 姓の日本語表記を「カルホーン」としている専門家もいるようだが、以下のサイトによれば長母音は food の[oo]と同じとしているので、カルフーンが正しいと思われる。 How to Pronounce Calhoun - PronounceNames.com https://www.youtube.com/watch?v=iHms6BgzIu0 4つの居室は橋でつながっていて、ネズミたちにとっては、ちょうど4つの空間に分けられた1つの「社会」のようになっている。 この飼育箱に最適な生息数は48匹である。
今回は、2000年代前半に発行された「ひきこもり当事者のための雑誌」3点を紹介します。まだ「ひきこもり」という言葉が広まったばかりの時代、当事者たちは何を考え、何を発信していたのか。知られざる「ひきこもり」の歴史を発掘します。 Ⅰ 2000年創刊の文通情報誌『ひきコミ』 最初に紹介するのは『Hiki♡Com`i(ひきコミ)』です。 不登校情報センターの活動から生まれた雑誌で、サブタイトルは「不登校、ひきこもり、対人不安の人から発信する個人情報誌」。 創刊号の発売は2000年の12月で、「20世紀に出版されたひきこもりの雑誌」というレアな存在です。 斉藤環の『社会的ひきこもり』が出たのは1998年であり、まだ「ひきこもり」という言葉が広まったばかりの時期でした。 『ひきコミ』の中心となっていたのは、当事者たちの文通希望欄です。 当時はインターネットで交流する文化が根づいていなかったため、一般
前回のおはなし www.hikipos.info 「人への恐怖心があり、アルバイトをしてないときは家にいるので、今もひきこもりだと考えている」 そう語るともやんさんが、今年1月に郡山市スモールスタート支援事業の後押しを得て「大人のひきこもりの話を聞く日 中高年・長期ひきこもりについて考える」と題したイベントを開催し、大きな評価を得ました。企画や開催の経験がゼロであったひきこもり当事者として、このイベントを開催するまでについてお話を伺いました。 ともやん(左)ぼそっと池井多(右) 写真・写道家朔丸 文:ともやん 文・編集:尾崎すずほ 文・監修:ぼそっと池井多 目次 前回のおはなし 「失敗してもいい」 寛容な人たちとのつながりを活かして 「大変だけど嫌じゃない」 地方の中高年ひきこもり 親御さんからの不穏な質問 メディアが取り上げないと存在しないことになる ひきこもっていた経験をただのマイナス
(文・南 しらせ) 私は大学時代に就活の不安から抑うつ状態になったことがきっかけで、ひきこもり始めた。卒業後はしばらく家にいたが、母の勧めで、不登校やひきこもりなどを支援するNPO法人に不定期ながら通い始めた。 就労移行支援事業 当時通っていたNPOのスタッフから「就労移行支援事業」の存在を教えてもらったのは、その法人に通いだしてしばらくしてからだった。 「就労移行支援事業」とは、ざっくりいえば、病気や障害をもっていて一般企業に勤めることが難しい人を対象に、就労に向けた支援する公的な制度である。期間は原則2年間で、「作業所」と呼ばれる場所で、色々な作業(一般の会社でいう仕事)などを経験しながら、一般就労を目指す、といったものだ。 当時私は精神科に通っていて(現在も通っているが)、精神科での診察料が1割になる制度、「自立支援医療」を利用していた。この制度を利用していることで「就労移行支援事業
(文 喜久井ヤシン 画像 Pixabay) 助けになった「サードプレイス」 私は十代のほとんどの期間、「不登校」であり「ひきこもり」だった。 現在は仕事をしているが、たまに不登校に関するイベントへ行くことがある。 そのさい、私が経験者だとわかると、悩みをもつ親御さんから相談されることがある。 「子どもが学校に行かない」 「部屋から出ず、家族との会話もない」など、苦しさのこもった言葉が向けられる。 親子関係を模索するなかで、「どうすればいいのか」という迷いは強い。 当然、それぞれの人によって環境や関係性が違っており、一概に答えることはできない。 しかし解答の方向として、「子どもがサードプレイスを見つけること」というのは、それほど的外れにはならないのではないかと思う。 サードプレイス。 この言葉はアメリカの社会学者が提唱したもので、 「家か学校か」だけではない、心地よく過ごせる第三の居場所を表
いまや情報は電気・ガス・水道に準じるライフライン 文・写真・ぼそっと池井多 前(プレ)コロナ時代のひきこもり支援 今年の2月ごろ、ひきこもり界隈ではこんなことが言われていたものだ。 「就労支援の時代は終わった。 これからのひきこもり支援は、居場所支援だ。」 そこへコロナ禍が始まった。 緊急事態宣言は解除の方向へむかっているが、それでコロナがきれいさっぱり終息するとは思えない。元のような世界に戻るまで、あと二年ぐらいはかかるなどと言われている。 その間、ひきこもりの関連のイベント開催も、前(プレ)コロナ時代のようには開けないということだろう。 こうなると、前コロナ時代に語られていた「居場所支援」なるものを、はたしてそのまま唱えていればよいのか、という問題がある。 もっとも、ほんらい居場所とは、ひきこもり当事者本人が「居場所」と感じるところの概念であって、自分のひきこもり部屋でも、行きつけのカ
(文・編 喜久井ヤシン 画像 Pixbay) 人間の不幸などというものは、どれも人間が部屋にじっとしていられないがために起こる。部屋でじっとしていればいいのに、そうできない。そのためにわざわざ自分で不幸を招いている。 (哲学者 ブレーズ・パスカル) 序 ひどい気分だ。 いきなり私事だが、ここのところ、私はひどく落ち込んでいる。 新型コロナウイルスのせいで息抜きになるものがなく、 仕事もなければお金もない。 このままの生活でいいのか? (前からだが)家にいてばかりでいいのか? 不安だらけだし、先行きが見えない。 しかし、さまざまな本を読んでみると、 古今東西の偉人たちも〈ひきこもり〉生活に悩んできたのだとわかる。 哲学者や詩人たちのパワーワードを集めたら、 読む人の時間つぶしにもなるし、ちょっとしたブックガイドにもなるかもしれない。 というわけで、今回は〈世界ひきこもり名言集〉だ。 混迷する
雲母書房が潰れた。 雲母(きらら)書房という珍しい名前の出版社が、しばらく前になくなってしまった。 今どき出版社が潰れるなんて珍しくもないが、ここがなくなるのはいけない。 評論家の芹沢俊介さんという方の本を多数出していたところなのだ。 『引きこもるという情熱』、『引きこもり狩り』などの本を出していた。 これらは、私が自分自身の「ひきこもり」を考えるうえで、かけがえのない本だった。 中でも、『「存在論的ひきこもり」論』(2010年)が特別だ。 私の「ひきこもり」のイメージを一新した本で、人生の深くに影響している。 版元が潰れたということは、もうこの本が書店で手に入らなくなるということだ。 しかも今『「存在論的ひきこもり」論』を買おうとすると、古本で6000円もしている。 電子版も出ていない。これでは忘れられてしまう。 これはいけない。 今回は、失われつつある一冊『「存在論的ひきこもり」論』を
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