初めて取材に応じ、死刑判決に至った経緯を明かす熊本典道さん=2007年2月25日、撮影/小石勝朗 1966年6月に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」をめぐり、元プロボクサー袴田巖さん(84歳)の公判で一審・静岡地裁の主任裁判官だった熊本典道(のりみち)さんが11月11日、福岡市の病院で死去した。83歳だった。退官後の2007年に「私は無罪を主張したが2対1で有罪に決まった」と死刑判決の内幕を告白していた。 「告白」に感情を高ぶらせる場面も 熊本さんが「袴田巖さんの再審を求める会」に自筆の手紙を寄せたのは、2007年1月のことだ。「判決の日から今日まで心痛はつづいています」と気持ちを吐露。合議の経過と自分が無罪を主張した理由を挙げ、「有罪の結論の3分の1と、他の2名の先輩(裁判官)を説得しえなかった責任は免れえず、そのまま今日に至ったことは残念でなりません」「できれば早く、(袴田さん姉