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原著表題・刊行年 Memoria y globalización (2004) The Convolvulus and the Lily. A Case-Study in the History of Reception (2021) Lectures de Mauss (2010) L’étranger qui n’est pas de la maison (2014) Mircea Eliade’s Ambivalent Legacy (2010) Leggere tra le righe, scrivere tra le righe. Strauss/Cantimori (2023) Occhiacci di legno. Dieci riflessioni sulla distanza (2019) Mechanical Traces. On the Implications of
著者 エイミー・スタンリー 監訳 原直史 訳者 石垣賀子 判型 四六判 頁数 352頁 定価 3,740円 (本体:3,400円) ISBN 978-4-622-09750-1 Cコード C0021 発行予定日 2026年3月16日予定 歴史日本史 紀伊國屋書店ウェブストア Amazon.co.jp オンライン書店e-hon セブンネットショッピング 楽天ブックス Yodobashi.com 将軍の都の客人 *著者・訳者名検索はこちら
「日本の自然」は自然の実態そのものではない。それは自然を表象したものであり、長い歴史のなかで文化的に構築されてきたものである。それはいかにしてつくられてきたのだろうか。 古代日本では稲こそが自然であり、収穫の秋はかなしみではなく喜びの季節だった。『万葉集』『古今和歌集』が育んだ四季概念。武士の枯山水。江戸時代の版画に描かれた富士山、水田、桜。こうした表象を「国有化」し、軍国主義に利用した近代。そして「自然」を消費する現代へ。 「自然」という作為を人類学の視座から描く。 序章――人類学理論における「自然」 第一章 日本人の宇宙に住まう者たち 第二章 清らかな水田――奈良時代初期における「日本の自然」の誕生 第三章 農耕民族の四季から文化的に定義された四季へ――奈良時代と平安時代 第四章 「日本の自然」としての枯山水――中世 第五章 「日本の自然」としての水田、桜、富士山――江戸時代 第六章
〈もはや自由と民主主義が両立するとは思っていない。自由至上主義者が取り組むべき大仕事は、あらゆる形態の政治から逃れる方法を見つけることだ〉。テック業界の世界的な大立者で、リバタリアンとしても有名なピーター・ティールは、民主主義なき資本主義という夢をこうぶち上げた。 だが、大仕事に着手したのは彼ではない。徹底的な市場原理に基づいて経営されていた香港。十全の経済的自由を実現しながら民主主義的には不完全な領域……。この「ゾーン」に心酔したのは、新自由主義の偶像ミルトン・フリードマンだ。新自由主義知識人らは、香港をテンプレートとして、ゾーンを世界中に広めることを夢見た。 この夢想は、タックスヘイブン、自由港、経済特区など、さまざまな姿をとった。既存国家の規制から自由な海上都市というSF的構想すら真剣に取り組まれている。ロンドン、シンガポール、南アフリカ、米国、未承認国家ソマリランド、ドバイ、メタバ
〈敵意も、利己的な目標もなく戦い、自らのためには何も求めません〉。1917年4月の米連邦議会、その後1世紀にわたって踏襲される調子で、ウィルソン大統領は第一次世界大戦参戦への理解を求めた。 輝かしい大義とは裏腹に、国内では権力者が移民への敵意を煽り、出版物を検閲し、兵役を拒む人びとを虐待した。多くの民間人も暴力の潮流に積極的に掉さし、黒人(ブラック)がリンチされ、司法省の補助部隊として非愛国者を取り締まる自警団的組織(APL)も現れた。 戦場の砲声は1918年11月に止んだ。だが、国内の暴力と抑圧は収まらなかった。民主党の候補者として大統領選出馬を目論む司法長官パーマーは苛烈な弾圧を行なった。後にFBI長官として暗躍することになるフーヴァーも、このとき出世の糸口を摑んだ。共和党からの出馬を目指す有力者ウッド将軍は、指揮下の兵士を駆使して共産主義者を「S・O・S――送り返すか撃ち殺す(シップ
ピケティ『21世紀の資本』のナラティブを超える、格差研究の最前線。 「本書は、格差が自然の法則でも、経済の法則でもないことを示している」 ダロン・アセモグル(2024年ノーベル経済学賞受賞) 「本書を無視できる者はいない」 ブランコ・ミラノヴィッチ(ニューヨーク大学教授) 「豊富な新データで、不平等をめぐる新たな歴史を提示している」 グレゴリー・クラーク(カリフォルニア大学デイヴィス校教授) 「ここ数十年で、西欧世界の私有財産は何倍にも増えて、わたしたちはかつてなく豊かになった。しかし、億万長者(その一部は同時に国際的な有名人)の急増を目にすると、すぐにこんな疑問が浮かんでくる――わたしたちが生きている時代は比類のない不平等の時代でもあるのではないだろうか? 広く受け入れられているナラティブは、そう、そのとおりだと主張する。このストーリーは、富を権力と不平等の道具として描き出す。その道筋は
米中対立の高まりを背景として、近年、「台湾有事」の可能性が現実味をもって議論されている。在日米軍基地の7割を抱える沖縄では、自衛隊の「南西シフト」構想のもと、さらなる軍事化が進む。前線に押し出された沖縄の人びとは、戦時には攻撃対象となるリスクを背負わされている。一方、中国による併合の意図に抗い、自主独立の現状を守りたい台湾にとって、日米の参戦は自らの防衛に有利にはたらく。このような地政学的構造から見たとき、台湾と沖縄は明らかに対峙する関係にある。 だが、歴史的に見れば、両者は、日本と中国という二つの大国の狭間で相似した運命をたどってきた。いまそれぞれが直面する危機も、元をたどれば、帝国による植民地支配や中央集権的包摂/排除に起因する側面が大きい。リアルな戦争に備えて生活空間の軍事化が進展している点においても、こうした境遇の自力での解決が困難な立場にある点においても、共通の課題をもつ。 台湾
博識にして、ゴキゲンな租税史だ… 税金は払うより、読んだほうがずっと楽しい… 税理士にぜひ確認してほしい――この本は控除対象かもしれない。 ダニエル・アクスト(『ウォールストリート・ジャーナル』) これ以上タイムリーで、愉快な歴史は想像できない。 バリー・アイケングリーン(カリフォルニア大学バークレー校教授) 読んで、学んで、楽しむ、ご準備を。 クリスティーヌ・ラガルド(欧州中央銀行総裁) 愉快で、同時に、ためになる。 ローレンス・サマーズ(ハーヴァード大学教授) 「本書でとりあげるのは数千年の期間に生まれた物語の数々である。シュメールの粘土板、カリグラ帝の奇抜な税制から、パナマ文書で暴露された狡猾な租税回避や、ブロックチェーン技術で可能になる税務の仕組みまで。…とはいえ、この本は税金の歴史をまとめた歴史書ではないし、税金の原則を教える入門書でもない。その両方の要素を少しずつ持っている。…
エッシャーの代表作である《物見の塔》《滝》《上昇と下降》などのだまし絵。これらの作品は、一見しただけではそこに錯視図形があるとわからないほど自然に見える。しかし、少しの間をおいて「これはありえない立体だ」と気付いた瞬間、鑑賞者に大きな驚きをもたらす。 この劇的な鑑賞体験はどのようにして作られたのか。エッシャーはまず、絵のあちこちに鑑賞者を誘導するトリックを仕掛け、さらにそれらを手品師さながらに覆い隠していった。そしてトリックの存在を生涯隠し通し、決して語らなかったのだ。 本書は100点を超える図版でだまし絵の制作過程を分解し、エッシャーがかつて5つの作品に仕掛けた視覚のトリックを明らかにしている。エッシャーが制作中に何に悩み、何を大切にしていたかにまで踏み込んでいく。謎解きの楽しさに満ちた1冊。
「痛み」の本質の理解はここ十数年で大きく変わった。17世紀のデカルト以来、「痛みの経路」で多くを説明しようとする古いパラダイムが浸透していたが、最近は脳神経科学と認知心理学を組み合わせた巧みな実験の数々によって知見が深まり、痛みに対処するためのさまざまな実践的アプローチが視野に入ってきた。 痛みは脳でつくられるが、その存在は脳の中だけに閉じてはいない。脳・身体・痛みの関係の本質が新たな常識になれば、より多くの苦痛を軽減することにつながる。本書が啓蒙するのは神経科学以上にそうした本質の認識であり、読み終わるとたしかに、「痛み」と自分の関係が変わっている。 本書では痛みのきわめて多様な側面が取り上げられる。持続性の痛みに対処するために必要なのは、全体論的アプローチだからだ。痛がる脳の最新科学、情動や共感の役割、痛みの社会性、「無痛」の研究、鎮痛薬以外の対処法の展開(認知行動療法から編み物セラピ
3000ページの達成を250ページに凝縮。 「格差に対処する野心的な計画を提示している。…政治の未来についての議論の出発点だ」 マイケル・J・サンデル(ハーバード大学教授|『実力も運のうち』) 「ピケティにとって、歴史の弧は長く、しかも平等に向かっている。…平等を成し遂げるには、つねに無数の制度を[再]創造しなくてはならない。本書はそれを助けるためにやってきた」 エステル・デュフロ(2019年ノーベル経済学賞受賞者) 「不平等から平等へと焦点を移したピケティが示唆しているのは、必要なのは鋭い批判だけではなく、回復のための治療法だということだ」 ジェニファー・サライ(『ニューヨーク・タイムズ』) 公正な未来のために、経済学からの小さな贈り物。 「〈あなたの著書はとても興味深いです。でも、その研究について友人や家族と共有できるように、もう少し短くまとめて書いてもらえるとありがたいですが、どうで
2015年チャールストン、18年ピッツバーグ、19年パウウェイ、同年エルパソ――近年米国では極右による銃撃事件が多発している。さらに、大統領選挙結果を受け入れないトランプ支持者による2021年1月6日の連邦議会議事堂襲撃は、世界中に衝撃を与えた。しかしこれらは、決して新しい事象ではない。米国の極右テロリズムは1970年代後半にさかのぼる歴史があり、なかでも95年のオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件は168人もの犠牲者を出した。 こうした暴力は、過去の平穏を取り戻すという使命の下の結束と、反政府主義を特徴とする。彼らにとっての平穏とは、人間を人種、性別、宗教で分類し、キリスト教徒の白人男性が最高層を占める世界を指す。暴力を駆動するのは極右流の加速主義であり、憲法修正第2条の保障する銃所有権の死守は、至上命令である。決定的な銃規制の導入は、この場合何を意味するだろう。 約3億3000万の人口
歴史家である著者は、フィレンツェ国立古文書館でカフカス出身の奴隷カテリーナの解放証書を発見した。起草者は公証人ピエロ、すなわちレオナルド・ダ・ヴィンチの父であった。 持つものすべて、身体、自由、未来を奪われたチェルケス人の女奴隷。彼女がレオナルドの母なのか。関連史料を総動員して謎を解く、壮大な歴史小説である。 15世紀、光と闇が交錯する地中海世界。少女はカフカスの高原で捕縛され、ドン川河口の古都ターナへ。黄金色のドームが輝くコンスタンティノープルをへて奴隷交易の中心地ヴェネツィア、そしてルネサンスのフィレンツェからヴィンチ村に至る。各章の語り手は、東方を夢見た商人、ガレー船の船長、ロシア人の女奴隷、典籍収集家の騎士、破滅の縁を経験した実業家など、実際に歴史の中に生きた人びとである。 レオナルドは幼少期をカテリーナと過ごした。自然や宇宙の見方、生きとし生けるものへの愛、部族の神話や伝説、天使
ドイツの一般大衆は当時、ナチ恐怖支配についてどこまで知っていたのか。実際には、戦争の進展とともに強制収容所は次々と増設されて身近な存在になり、被収容者が公開処刑にされる様子まで日常的に見ていた。政府が「非社会的分子」や外国人労働者を排除することを、国民の多くは誇りとし、積極的に協力した。一方で、ヒトラーは「敵」には容赦ない強制手段をとりながら、国民を味方につけることには細心の注意を払った。情報操作を徹底し、事実を隠すよりは公開したのである。「強制」と「同意」は一貫して縺れ合っていた。 著者はこの分野の卓越した研究者である。廃棄を免れたゲシュタポ調書等と、当時の新聞雑誌をていねいに読み、1933年のヒトラー権力掌握から1945年の敗戦までの「同意と強制」の真相をさまざまな方向から明らかにする。同時に、反ユダヤ主義は最初から国民に浸透していたのではなく、戦争突入が契機となったことを実証した。
約3億年前に爬虫類の祖先と分かれたグループが、幾多の絶滅事件を乗り越えて私たちに至るまでの、途方もない歴史を描く書。 今、地球には約6000種の哺乳類が生息している。この動物たちは、哺乳類というグループが織りなしてきた豊かな系統樹のごくごく一部にすぎない。過去には、車のような大きさのアルマジロ、犬のような小ささのゾウ、マメジカのような華奢な四肢を持つクジラの祖先など、奇想天外な動物たちがいたことが化石記録から明らかになっている。 哺乳類の系統樹の枝は、小惑星の衝突や火山の噴火、気候の変動などに起因する絶滅事件により、大半が刈り込まれてしまった。しかし絶滅哺乳類が獲得した進化の遺産は、私たちの身体に確かに引き継がれている。たとえば、耳や顎の骨の形状、妊娠や乳児の成長の仕方、咀嚼を可能にした臼歯の形状や乳歯・永久歯のしくみは、私たちの祖先が3億年の間に一つ一つ獲得したものだ。 古生物学者たちは
ロシアのウクライナ侵略、イスラエルによるパレスチナ占領、自治区ガザへの大規模攻撃。世界は国際法が堂々と破られるさまを見続けてきた。国際法はなぜこれほど無力なのだろう。しかし、国際法の実効性が脆弱なことは以前から明白であったし、そもそも国際法と呼ばれるものの中味も統一的ではない。にもかかわらず、そうした問題が真摯に議論されることはあまりなかった。本書が国際法を「奇妙な法」と呼び、国際法学を「奇妙な学問」と呼ぶのはそのためである。 とはいえ、国際法学の内部で国際法の批判的検討が皆無だったわけではない。それはマルティ・コスケニエミ、アンソニー・カーティ、ロザリン・ヒギンズ、デイヴィッド・ケネディらによって担われてきた。本書では、こうした研究者の議論を整理・検討し、その成果を糧とすることで、既存の国際法の〈後〉に来るべきものについて、筆者独自の展望を切り拓いている。 実効性なき国際法の構造的問題は
〈日記を読んで心を動かされる。これは今のぼくに、もはや少しの確信もないせいだろうか? あらゆるものがぼくには仮構であるように見える。他人のどんな言葉も、ぼくがたまたま見たどんな光景も、ぼくのなかのすべてのものを、忘れていたものやまったく無意味なものですら、別な方向へ転がしてしまう。ぼくは前にそうだったよりも確信がなく、ただ生命の力だけを感じている。そしてぼくは意味もなく空っぽだ。ぼくは本当に、夜、しかも山のなかで迷ってる羊か、もしくはその羊のあとを追いかける羊のようなものだ。こんなに見捨てられていながら、それを嘆き悲しむ力を持っていないのだ〉(1913年11月19日) カフカの研ぎ澄まされた五感が捉えた日常、それを受けとめるカフカの心の世界。書くことへの思い、フェリーツェはじめ女性への苦悩、父との葛藤、不眠の苦しみ、ユダヤ人社会のこと、詳細な夢の描写、さまざまな創作スケッチ… そのすべては
博物館・美術館、図書館、公民館、劇場・ホールが 居場所となり、出番をつくる。 文化施設を社会的共通資本として営む、 成熟社会のまちづくり新スタンダード。 成熟期にあるこれからの日本では、博物館や美術館はもとより、図書館、劇場・ホール、公民館、福祉施設、教育施設、アートプロジェクトなどの文化的な営みや文化資源の集積が、地域づくりの重要な役割を果たすのではないだろうか。文化活動が地域に新たな価値をもたらし、住民の自治を育み、地域づくりの基盤をなすことが期待される。 その流れにあって、近年、文化施設の総体を「文化的コモンズ」と捉え、議論をする機運が生まれている。この概念が分野の境界を越えて人びとを結びつけ、地域の活動に新たな価値をもたらしている。 本書は、日本の文化施設の成り立ちをふりかえり、役割や意義を論述するとともに、過去の例に学び、成功例を示し、新たなパースペクティヴを得ることをめざしてい
17世紀以来の漢族系移民の入植地であり、清帝国の省であった台湾は、日清戦争後に日本へ割譲され、51年にわたりその植民地支配下に置かれた。本書は、植民地台湾において、ナショナリストたちがいかにしてその空間を自らのネーションとして想像するにいたったのか、それがなぜ祖国復帰を目指す中国ナショナリズムではなく「台湾ナショナリズム」として発展したのかを、その領域的基盤の形成とイデオロギー形成の両面から論じるものである。 日本の植民地主義は、地理的、人種的、文化的に近接する人々を支配し、国民的共同体に従属的に包摂することを目指すものであった。西洋への反動として生じた明治以来の日本の国民国家形成の延長であったそれは、西洋によって再び植民地化されることへの恐怖に囚われていたがために、植民地臣民に同化を迫りつつも、差異を保ち、自らの優越性を維持する必要があった。それは、類似性と差異性を恣意的に操作し、周縁の
「タイムトラベルの物語では、過去の小さな行動が現在の極端な変化につながることが多い。しかし、今日の小さな行動が、未来に劇的な影響を及ぼす可能性について考えることはめったにない」(本文より) 本書の主眼は、こんな可能性を真剣に捉えるべき理由を提示することだ。そしてさらに、いまを生きる一人ひとりが「いますぐ」行動するよう説得することにある。 気候変動、高度なAIや全面核戦争がもたらす脅威・リスクについて、できるだけ正確なデータ、〈長期主義〉的フレームワーク、そして数学的ツールで詳細に検討し、数世紀から100万年先までの不確実な未来の形をできるだけ正確に描き出していく。そのうえで、「そもそも人類の絶滅は悪いことなのか?」「幸福とは何なのか?」といった根源的な問いにまで踏み込むことで、議論は深みを増している。 科学をはじめ、歴史、哲学と使える知見は何でも使い、熱意にあふれた筆致で読者を巻き込んでい
「政治体制にかんする、近年でもっとも重要な書だ」 スティーブン・レビツキー(ハーバード大学教授|『民主主義の死に方』) 「民主主義の長い歴史を学ぶために……この魅力的な本は最良の選択肢だ」 ダロン・アセモグル(MIT教授|『国家はなぜ衰退するのか』) 「刺激的な説得力が、本書の魅力の一つだ」 『エコノミスト』誌 「わたしたちが今どこにいて、これからどこへ向かうのかを理解するためには、視界を広げてデモクラシーのディープ・ヒストリー deep history に目を向ける必要がある……わたしが疑問に思ったのは、なぜヨーロッパは中国や中東と比べて根本的に異なる政治軌道をたどってきたのか、ということだった……皮肉なことだが、ヨーロッパの後進性こそが、近代デモクラシーの起こる基盤となったのである……」(本文より) ニューロン族や中央アフリカなどの初期デモクラシー(民主)を、古代中国、メソポタミア、ア
インサイダーだけが知る、空転するアルツハイマー病研究の現状。 「アルツハイマー病研究の歴史は、急いで治療薬を求めるあまりに袋小路に入り込み、道を見失った物語でもある。……アミロイドカスケードというたったひとつの仮説になぜここまでの勢いがついて、当時議論にのぼっていたさまざまな代替モデルをロードローラーのようにことごとく押しつぶすまでになったのか。」(本文より) この分野で実績のある研究者が、アカデミズム・製薬産業・研究助成機関三つ巴の迷走の驚くべき裏事状を明らかにする。良心的な告発の書であり、アルツハイマー病についての直近数十年間の認識自体を根本から問い直す、真摯な総括でもある。 著者はアミロイドやタウタンパク質とアルツハイマー病の関連を全否定するような極端な立場ではない。だが、アミロイドカスケード仮説を主軸にした直線的なメカニズムへの一辺倒が、この分野を機能不全にしていると明かす。たとえ
ベストセラー『21世紀の資本』を発展継承する超大作、ついに邦訳。《財産主義》という視点から、三機能社会、奴隷制社会、フランス革命、植民地支配から現代のハイパー資本主義まで、巨大なスケールで世界史をたどり、イデオロギーと格差の関係を明らかにする。さらには《バラモン左翼》と《商人右翼》の連合に囚われつつある現代民主政治を分析。労働者の企業統治参画と累進年次資産税など、新たな公正な経済システムを提示する。 序文と謝辞 はじめに イデオロギーとは何か/境界と財産/イデオロギーを本気で考える/集合的な学習と社会科学/本書で使った情報源――各種の格差とイデオロギー/人間の進歩、格差の復活、世界の多様性/格差の復活――最初の方向性/エレファントカーブ――グローバル化をめぐる冷静な議論/極端な格差の正当化について/歴史から学ぶ――20世紀の教訓/イデオロギーの凍結と新しい教育格差/複数エリートの復活と平等
通訳者は通常、原発話の内容やその結果とは無関係であるとされ、それを目標言語で忠実に伝達することについて法的責任を問われることはない。また、職務倫理においても公平性と中立性が要求され、業務上知り得た事柄については守秘義務が生じる。しかしこうした平時の規範は、戦争や紛争のような暴力を伴う敵対状況下の通訳にも通用するのだろうか? 本書は、実際に通訳者が戦争犯罪に関与したとして訴追され、有罪判決を受けた歴史的事例としてアジア太平洋戦争後の英国による対日BC級戦犯裁判を参照し、そこから今日の通訳者の責任と倫理を論じるものである。第I部では、通訳被告人(台湾人、占領地市民、日系二世を含む)の動員経緯や業務内容、裁判中の供述、抗弁、判決等を詳述し、通訳者がどのようにして罪に問われたのかを精査する。同時に、同裁判で通訳者が業務中に目撃した雇用主(日本軍)の行為について証言を行ったことにも着目する。第II部
沖縄県で発行されている日刊紙を発行する新聞社。戦時中の唯一の新聞「沖縄新報」の編集同人を中心に1948年7月1日、那覇市で創刊。「鉄の暴風」と表現された熾烈な沖縄戦など戦争の反省に立ち、県民とともに平和希求の沖縄再建を目指したのが出発点になった。27年間に及んだ米軍統治下では自治権の拡大や復帰運動で、住民の立場から主張を展開した。1972年の日本復帰後も、在日米軍専用施設面積の7割以上が沖縄に集中することによる過重負担や、基地があるゆえに起きる事件・事故、騒音などの被害、日米地位協定の問題などを追及する。また、県民生活に寄り添い、子どもの貧困問題の解決などに向けた論陣を張る。2023年に創刊75年を迎えた。 1941年、台湾宜蘭市生まれ、沖縄県那覇市首里出身。沖縄国際大学名誉教授。沖縄の生活史、戦争体験などの研究。主著は『虐殺の島――皇軍と臣民の末路』(晩聲社、1978)。『大密貿易の時代
まえがき 岸政彦 あの時の東京はね、お店の正面に「沖縄者お断り」って書いてあったんだよ。野蛮人と言ってから 聞き手=安里優子(五七) 語り手=母・池原春子(八四) 「おい、比嘉君ね、これからが僕らの時代だよ」って言うんだよ 聞き手=安里百合香(六一) 語り手=安里繁雄(九一) おじー必ず、運転したいって言ってさ、どうしても運転したいって 聞き手=東春奈(三六) 語り手=父(七二) 爆弾の破片とか、買いに来る業者がいたわけ。家にね。そこの業者さんに売ったりしてた。小遣い稼ぎ。一キロ売ったらいくらだよということで 聞き手=安谷屋佑磨(二九) 語り手=父(六二) 耕運機買うのも、吉本家が初めて。開墾するのも、吉本が初め。みんなやらないわけよ、こんなの 聞き手=荒井聡(三九) 語り手=吉本良子(九七) なんでないのって聞いたら一番上の兄が(給料を)そっくり持っていってあるわけよ 聞き手=新川真奈美
〈西洋が主導権を主張しえない前近代において、それぞれの地域ないし文明は個々別々に存在していたのか、世界の一体化の端緒は西欧の拡大にあるのか。[…]依然として我々を強く規定している西洋中心主義的な世界史の見方に対し、中央ユーラシア史は大いに見直しを迫る。その象徴がモンゴル帝国とその時代である。モンゴル時代は、ユーラシアが一つの世界像を結んだ時代であった〉(序章より) 13世紀、チンギス家の下にユーラシア大陸を席捲したモンゴル帝国(1206-1368年)。現在の中国から中央アジア、ロシア、イランにまで拡大し、各地の民族・言語・宗教を包み込んだ史上最大の陸上帝国の実像とは、いかなるものだったのか? ペルシア語史書『集史』とマルコ・ポーロ『世界の記』の「中国」をめぐる記述の比較から、イランと中国の天文学者による「天文対話」、黒死病伝播の鍵を握る古気候データに至る史料/資料/試料を横断し、統一期から
世界観の変わり方を語ることで、世界を変えてしまった本である。新しい読者への案内としてI・ハッキングによる「序説」を巻頭に付した新版(50周年記念版)。クーンの語りをこまやかに掬い上げたクリアな新訳でお届けする。 原著初版刊行から半世紀以上が過ぎ、その影響はあらためて意識しがたいほど私たちの社会に広く深く浸透している。今日の読者の読み方は、著者の想定をはるかに超えて多様だろう。あなたはどんな動機でこの本を手に取るだろうか。科学の進歩とは何かを、根本から見つめてみるためだろうか。「パラダイム」「通常科学」「危機」といった概念装置についての、クーン自身の洞見に触れるためだろうか。ニュートンの「革命」、ラヴォアジエの見た「アノマリー」など数多の歴史的事例を手がかりに、著者の目の覚めるような理論的謎解きを追ってみるためだろうか。20世紀のもっとも影響力の偉大な書に数えられる本を読むという体験を求めて
「本書は、悪い習慣を直すための「簡単なコツ」を紹介したりするものではない。むしろ、他の本で紹介されている習慣を変えるための魔法のような解決策のほとんどが、本物の科学の前では意味をなさなくなることを明らかにしていく。……行動を変えやすくするための、科学的な裏付けのあるアイデアも得られるはずだ」(本文より) 過食やスマートフォンの使いすぎから、飲酒や喫煙、果ては依存性のある薬物の使用まで、一度習慣づいた行動をやめたくてもやめられずにいる人は多い。一方私たちは、交通ルールや道具の使い方、毎日のルーチンなどが習慣になっているおかげで、いちいち立ち止まって考えずに行動できている。本書では、こうした習慣のありようを最新の科学的知見に基づいて定義づけ、その詳細に立ち入っていく。 全二部構成の第I部では、習慣的行動の性質やその形成メカニズムを脳神経科学や心理学に基づいて解説する。第Ⅱ部では、習慣を変えるた
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