あれから十数年が経ったいま、もうひとびとの口の端に上ることはなくなってしまったが、千葉島の歓楽街のひとつである馬頭銀座の入り口には、かつて毎日のようにひとりの少女が立っていたものだった。年のころは十四、五歳だったろうか、いつもお下げにした黒い髪に白いワンピース、そして肩からは小さなポシェットをかけて、朝から晩までアーケードのはしっこにひとりぽつねんと佇んでいた。彼女がそこに立つ目的と言えばただひとつ、馬頭銀座に出入りする男たちにかたっぱしから声をかけることだった。どんな相手にでも決まって一言だけ、「コウビサセロ」というのがその少女が唯一発する言葉であった。 当時の馬頭銀座といえば、職にあぶれた労務者たちが昼間から密造酒で酔いどれたり、背中に色鮮やかな刺青を背負った暴力団の男たちが猫の額ほどの縄張りを巡って流血騒ぎを起こしたりと、堅気の人間は滅多に近づくことのない一種の無法地帯というべき場所