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blogと2chに関するstr017のブックマーク (10)

  • なぜ2ちゃんまとめブログが好まれるのか - ぼくはまちちゃん!

    ってことを、さっきの記事を書いたあと、ちょっと考えてみました。 …こんにちはこんにちは!! ニュース系の2ちゃんまとめブログの記事ができあがるまでのコンテンツの流れって、だいたいこんな感じですよね。 テレビや新聞で元になるニュースが発表される ↓ 2ちゃんねる上にそれをコピペしたニュース速報とかのスレッドが立つ ↓ ある程度コメントがつく ↓ 元のニュース+コメントがまとめブログに掲載される で、タイトルにある「なぜまとめブログが好まれるか」なんだけど、 もちろん嫌っている人もたくさんいますが、それは置いといて…、 なぜ元のニュースではなく、2ちゃんねるでもなく、まとめブログなのか。 それはもしかしたら、世の中には自信がない人が多いからなのかなー、と思いました。 どういう意味かというと、 (元ニュースに対しては) このニュースに、どう反応するのが正しいことなのか自信がない。 皆はどう思って

    なぜ2ちゃんまとめブログが好まれるのか - ぼくはまちちゃん!
  • あんたジャージでどこ行くの: いわゆる「VIPブログ」運営者のほとんどは人間のクズだという話 - コメント欄

    VIPブログ以外にも糾弾すべき対象はあるんじゃないの? まあ、どうでもいいんだけど。 ぼくはいわゆる「2chまとめサイト」の管理人っていうのは十中八九、品性下劣な人間だと思っているわけです。 で、いちばん腹の立つ部分というのは、「みんながこう言ってるんですよ」という形式で、自分の主張を押しつけている部分でして、まあ人間の中でも最低の部類だね。書いてても驚くほど下品な人間です。 新聞テレビ週刊誌の方がまだマシだと思うのは、いちおう「文責」ってのがあるから。2chまとめサイトには「文責」がない。ないわけじゃないが、これは読む側の問題か。 ああいうサイトを、金のためでなく、自分のために運営している人間がいるとしたら、これはちょっとびっくりする話だ。まあさすがに、金のため以外で、あそこまで下品なことをする人間はいないだろうが。

  • 「世間」は祭っていない

    松田勇治さんの連載記事については、連載が終わってからコメントをつけようかと思っていましたが、いつ連載が終わるのか分からぬまま、ネット上で話題騒然となってきましたので、この辺でちょっとコメントをつけてみようと思います。 松田さんのレトリックの肝は、連載の第4回目に端的に表れているようです。 松田さんは、 では、いったい「祭って」いるのは誰で、その目的は何なのか? 一般的な了解として、「祭って」いるのは「2ちゃんねらー」ということになるだろう。 とした上で、 では、「2ちゃんねらー」とは誰のことか? もしくは何を指すのか? と問題提起をします。そして、松田さんは、次のように述べます。 しかし、第2回でも触れたように、いまや2ちゃんねるを利用しているのは種々雑多な一般(とは呼べない層も含んでいるだろうが…)の人々であって、何か共通した意図や目的を持った集団などではない。wikipediaの定義も

    str017
    str017 2005/11/13
    けど「一部の人」の結論を出すのは無理だと思う
  • 世界の片隅でネガティブに見つめる: ぷぷろぐ

    (注意;この記事は記事の内容そのもので無く、私の考え方に 不快感を持つ可能性がありますので、もしその症状が出た方は 即刻戻るボタンでお戻りになった方がいいです) 祭という現象を見る ブログで自滅する人々(第4回)~「祭って」いるのは誰なのか / デジタルARENA 祭という現象は、確かに怖い だが、ここで勘違いしてはいけないのは現代の魔女裁判的な 異端を排除するという社会の閉塞したシステムとは異なる点を持つことである 祭というのは悪意をもって行っている人間もいるが 来祭られている人間というのは何だかの「罪」を持っているのであって そこで「罰せられないといけない」という意識下からくる人間の意識 さらには、罪とか罰とか関係なく、ただの好奇心や 一体感を持って参加する人間もいるだろう (ただ、この一体感と2ちゃんねるのイデオロギーとはまた別なのをここに記しておこう) ようは、社会のシステムに反

  • 煩悩是道場 - 「ブログで自滅する人」は何故書かれたか

    http://arena.nikkeibp.co.jp/col/20051110/114204/ 記事を読んだ最初の感想は「大変残念な纏め方」であったが、暫く時間が経過してみると、4回にもわたって書かれた「ブログで自滅する人」が何故書かれなければならなかったかがおぼろげにわかってきたように思う。 結論を先に書こう。「ブログで自滅する人」を書いた松田勇治氏および記事を掲載したデジタルアリーナ(日経BP)は、祭られる事に対して極めて敏感であり、世間や世論に対する祭りが持つパワーが大きくなりつつある事を懸念したが為、「祭り」を擁護し、容認する形で自分たち以外のブロガーを「売った」のである。 自分のブログが何らかの理由で「祭り」の対象になった場合の対処法は「ブログで自滅する人」の二回目に書かれている。最も賢明なのは、問題視され批判されている行為について、サイト上で反省の意を示すことだ。また、問題視

  • ブログで自滅する人々(第4回)〜「祭って」いるのは誰なのか / デジタルARENA

    前回、「『祭り』が起こる原因は、あくまで祭られた側にある」という、当り前過ぎて書くのも気恥ずかくなるような事柄を記した。 しかし、特に一般の個人が「祭り」で受けるダメージの大きさを考えた時、それを「自業自得」のひとことで切り捨ててしまっていいのだろうか? といった疑問も生じる。 ということで、今回は「祭っている側」について触れてみたい。 では、いったい「祭って」いるのは誰で、その目的は何なのか? 一般的な了解として、「祭って」いるのは「2ちゃんねらー」ということになるだろう。この言葉自体は、すでに一般用語として定着している感があり、筆者も便宜的に使ってしまっている。 では、「2ちゃんねらー」とは誰のことか? もしくは何を指すのか? 「wikipedia」には、以下のように記されている。 1. 2ちゃんねるの常連ユーザー 2. 2ちゃんねるから生まれた独自の新語やAAを駆使する者をいう

  • 木乃伊と木乃伊とり - EKKEN♂

    たとえ相手が犯罪者であったとしても、それを糾弾する為に、自らが法を侵すのは良くないんだよね。 どうもネット上だと匿名性の弊害が発生するのか、いわゆる「祭り」「炎上」となった時に、自分でわかっているのかいないのか、簡単に違法行為や、限りなくそれに近い事がなされていると感じます。 最近では「のま問題」がソレに当たるのですけど、殺人予告があったとかなかったとかで、「アレはデマだ」だとか「avex側の自作自演だ」とか騒がれて、その真偽は僕にはわからないのものの、そうした噂が出る事自体が、既に異常さを感じるわけでして。 avex社長の顔写真を勝手に公開したり、それを差し止められると、今度はそのやり取りのメールをブログ上にコピペしたりと、ああいうことをやっている人たちには、そうした行為が法やブログサービスの規約に反するっていうことが分かっていないんだろうなぁ。 これ、のま問題に限った話じゃないんで

    木乃伊と木乃伊とり - EKKEN♂
  • ekken?

  • ekken?

    ekken?

    str017
    str017 2005/10/04
    前から暴走気味だった2chに対し、はてなダイヤラーが待ったをかける 要チェキ
  • 「のまネコ」騒動に見るネット社会の倫理意識 - NKN:ノータリン感想ノート(閉鎖)

    サボテン観察日記さんより。 すばらしい 603 名前: ( ´∀`)さん [sage] 投稿日: 2005/09/17(土) 13:13:43 id:MBH4yrAH0 まじレスすると、今までネット媒体での表現は甘やかされてた。 紙媒体や映像音楽での表現は厳しく規制され、モラルもある程度 できあがっているが、ネット上の表現はそうではなかった。 (もちろん映像や音楽は外国のパクリは山ほどあるww) 今回なぜこれが問題になったかといえば、今までの流れでは 紙・映像・音楽媒体→ネットへ ↑これが主流だった。 しかし今回の騒動は ネット→紙・映像となってしまったために起きたもの これが意味するものはなにかというと、これからはネット媒体も他のメディアと 同じようなモラルと規制を受けるってことだよ。 つまりおまいらが騒ぎ立ててることはそのまま2ちゃんに降りかかってくるということ。 モナーはみんなのもの

    「のまネコ」騒動に見るネット社会の倫理意識 - NKN:ノータリン感想ノート(閉鎖)
    str017
    str017 2005/09/19
    AAなんて文字の塊なんだから著作権保護なんてしようという2ch側の考え方は浅はかだと思う
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