武蔵大学の北村紗衣氏の映画「猿の惑星」評を見かけてしまったのだが、北村氏の作品理解に疑念があるので指摘したい*1。𝕏/Twitterで「今回は映画のことなので、本気でやっています」と宣言していたが、読解能力に疑念が出てくる作品理解となっている。映画が公開されてから半世紀。多くの人が指摘してきたであろうことを、指摘したい。 猿含めてみんなが英語を話している時点で無粋な突っ込みかもしれないんですが…ただ、こういうストーリー上の矛盾やおかしなところを「プロットホール」といって、そこに注目すると映画を見る際に脚本の問題点などに気づいたりできる…英語の話をしたので、ついでに無粋な突っ込みを続けると「言語の設定」も重要になることがあります…言語でコミュニケーションを取れないことが作品の中で重要になったり…この言語の設定がけっこう英語中心的であることも昔のSFだなぁという感じですね。 と、映画「猿の惑