「書物蔵」氏が言及している赤堀又次郎という人物は、わしも「2008年10月29日」に三田村鳶魚と交遊のあった一人として言及していた。そのほか、どこかで見たと思っていたら、市島春城の日記であった。更に、森銑三『明治人物夜話』所収の「斎藤精輔氏の自伝」に出ていることを発見。森のは、斎藤*1の自伝『辞書生活五十年史』「第八章辞書編輯奮闘時代」の「(C)東五軒町時代」からの引用である。 「是より先、若宮町時代に、赤堀又次郎入所し、種々有益なる助言を与へ、東五軒町時代に引続き来所し、其薀蓄を傾けて余を援助せられたり。余一日帝国図書館長田中稲城氏に会したるに、氏曰はく、赤堀氏は頭脳明晰、博覧強記、当世に冠絶す。君が同氏を得たるは、劉邦の張良を獲、劉備の孔明を獲たる以上に君の事業に光明を与ふるならんと」 続いて、森は次のように書いている。 赤堀翁は、『百科大辞典』の執筆者の一人だつたのであるが、同辞典に