その時、わたしは、ケーキを選んでいた。 爆裂においしいケーキのために、わざわざ隣の市まで車を走らせ、行列に並んだのである。 「なー、なー!どれにする?」 一緒に来たはずの母を振り返ると、なにやら電話をしていた。 「良太が……」 電話を切った母が、わが弟の名前を出す。 「いなくなったって……」 ケ、ケーキを目前に、よりにもよって今、そんな面倒くさそうな事件が。モンブランに後ろ髪を引かれながら、うわの空で状況を聞いた。 弟は月に二度、移動支援ガイドヘルプというサービスを受けている。ヘルパーさんに付き添ってもらい、映画やカラオケなど、好きな場所へ行けるのだ。 今日は、神戸の中心街・三宮に行っていた。地下街の人混みのなかで、ヘルパーさんが弟を見失って、うっかりはぐれてしまったそうだ。 迷子。 いや、28歳ともなれば、もはや子ではない。 迷男。 「まだ見つからへんねんて」 青ざめる母。 「電話や、電