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ブックマーク / wallerstein.hatenadiary.org (11)

  • 出来の悪い小学生の言い訳 - 我が九条

    「何でそう思うんだ」 「みんながそう思っているからです」 「僕にはそう読めたからです」 こういう論理的思考の苦手な小学生は実在する。これでは困るので根拠を問われれば具体的に論拠を出すように指導する。自分の感じたことがそのまま結論になるのは、論理的な思考ができないことを示している。作文を課する中学校はそういうところをみている、はずである。しかし実際の作文教室などの添削をみているとひどいもので、「私はこう思いました。だからこうです」というのが見逃されている。それどころか自分がそう思ったことをそうだと無根拠に結論に持ってきても「素直に自分の言いたいことが書けました」と褒める。これではだめだ。これでは優劣はつかない。結局添削者の好みになってしまう。学校ならば教師の好みに合わせた作文を書けば点がいい、ということになる。 少し前の話だが、小レポートを課していた。ある留学生がレポートを持ってやってきた。

    出来の悪い小学生の言い訳 - 我が九条
    umeten
    umeten 2009/12/14
    ※欄>「小論文」ならぬ「感想文」を書かせる、という国語教育の弊害/その「感想」が思想チェックとして現実的に機能する/作文教育をふくむ国語教育は現代の「修身・道徳」科目/しかもその偏りに極めて無自覚
  • 鎌倉幕府はいつ開かれたのか - 我が九条

    昨日、結石の発作で医者に行ったが、そこの医者の待合室には「サピオ」「週刊文春」「週刊新潮」が置いてあって、かなり繁盛していたので「文春」「新潮」「サライ」と読んでもまだお呼びがかからないので「サピオ」を手に取った。折しも小林よしのり氏が「天皇論」を書いていて、そこに書かれたことに一々反応するほどこちらも天皇論に関してまともな知見があるわけではない(偏向しまくった論もどきならいくらでもあるが、不特定多数の目に触れる場所に公にするべきではない内容)。ただ一つ目についたのは小林氏の「陰謀論」全開の認識、というよりも小林氏がいかに歴史を知らないか、ということを知った。 小林氏は教科書で鎌倉幕府が開かれたのが1192年から1185年に変更されていることを天皇の影響力を小さいと考えたい左翼の陰謀、という趣旨で批判していた。1185年に守護・地頭が設置されて西国にまで頼朝の力が及んだことを以て幕府開設、

    鎌倉幕府はいつ開かれたのか - 我が九条
  • 北海道旧土人保護法成立の経緯 - 我が九条

    エスノサイドは何も武力のみで成立するのではない。一番効果的なエスノサイドは同化政策である。言語を奪い、文化を抹殺する。その時に完全に同化するのではなく、その文化に「未開」という劣等性を刻印したうえであたかも博物館か何かに残すような形で「保存」し「保護」する。チベット問題で中国の愛国ブロガーが書き残す「行儀良くしていれば、文化と恩恵を守ってやるのに」「お行儀が悪くても、それでも文化は面倒を見てやる。博物館に収めてね」というような言葉は、その典型例である。あくまでも「保護」される対象として少数民族を見なす。これがもっとも効果的な文化的虐殺である。我々がなさねばならないのはこのような文化的虐殺を否定することである。少数民族の文化を「劣等性の刻印」から解放することである。 アイヌ問題を象徴する法律の代表的なものである北海道旧土人保護法に関してmuffdiving氏が非常に当を得たまとめをしてくださ

    北海道旧土人保護法成立の経緯 - 我が九条
  • チベット問題をどういう視座で分析するべきかー教条左翼の限界ー - 我が九条

    どこからかのリンクで「比較的マシなサヨでもこの程度なんだわなあ/「アリバイ的」ってw 」(「http://c.2ch.net/test/-/asia/1205846520/297」)と言われた。「マシなサヨ」と言われたのは光栄なことだが(笑)、反省すべき点もある。そもそも共産党という既成左翼に「アリバイ的」にでもチベット問題に関する声明を期待した私がバカだった、としか言いようがない。少し考えれば分かることだが、そもそもロシアマルクス主義を止揚できていない日共産党にチベット問題を考えることなどそもそも期待するだけ無駄だったのだ。 比較的チベット問題に関する事柄を主張している共産党の支部(「ポラリス-ある日共産党支部のブログ チベット自治区暴動への対応 中国政府の対応は誤り!」)でも「中国政府は、この「暴動」を単なる暴力行為として警察権を行使して取り締まれば済むはずではなかったか? 何故「

    チベット問題をどういう視座で分析するべきかー教条左翼の限界ー - 我が九条
  • チベット問題を取り上げる「主体的契機」 - 我が九条

    世の中に人権弾圧問題は数知れずある。それを全て論っていけばきりがない。このブログは人権弾圧問題を取り上げるブログでもなく、当はここのところ増備されている車両とか、新しく入ったシパリウィニとか、今読んでいる『日中世のNATION』の感想とか、書きたいことが一杯あるのだ。ここのところ「昭和の鉄道模型をつくる」のネタ書いてないな、とか。 私がチベット問題を取り上げるのは、私自身の関心として少数民族問題があり、その上でダライ・ラマ14世のあり方に感銘を受けたからである。従って私は別に個人ブロガーがチベット問題を取り上げなかったからと言ってそれを問題視するつもりはない。例えば私が「左翼ブロガーよ、なぜチベット問題に沈黙するのか」と吠えたとする。吐いたつばは速攻私に返ってくるだろう。「お前はパレスチナ問題に何か発言したか?トルコによるクルド人問題に何か発言したか?」と。もちろん私は何も言っていない

    チベット問題を取り上げる「主体的契機」 - 我が九条
    umeten
    umeten 2008/03/22
    無差別テロは自らの命をも無差別に破壊する、か。なるほど然り。
  • 日本共産党と社会民主党はチベット問題について早急に声明を出すべき - 我が九条

    チベット問題についての日国政府の声明が腰が引けている、という批判が主として反中を主張するブロガーから出ている。その主張は正しい。しかし政府与党の腰が引けているのもある意味仕方がない。おつきあいもある。民主党もまあ仕方がない。おつきあいもある。問題は日共産党と社会民主党だ。はっきり言って中国政府から見れば日共産党とか社会民主党など取るに足らないものだろう。実際ほとんど国会内でも存在感の無い小政党だ。北京五輪や上海万博に出入り禁止をらったとて、日之交易には何の影響も及ぼさない。そもそも彼らが中国から出入り禁止をらっても大勢には影響がない。だからこそ反虐殺という視点から中国政府を批判すべきだと思うのだが、とりあえず日共産党、社会民主党の公式サイトにはない。志位和夫委員長、福島瑞穂党首、辻元清美議員、保坂展人議員のブログやサイトをみたが、やはりない。この辺の有名人はとりあえず何か言及

    日本共産党と社会民主党はチベット問題について早急に声明を出すべき - 我が九条
    umeten
    umeten 2008/03/19
    まさに欺瞞の城だな。「自己批判」くらいできなくてどうするよ。
  • 厚顔無恥な連中を無敵ならしめないために - 我が九条

    「荒らし」対策として、匿名での批判を禁ずる黒木ルールや、匿名のものは議論対象と見なさないという津村ルール。これらは「匿名」の定義に差はあれど、ネット上でのフェアな言論を保証するという観点からは尊重されるべきルールであろう。しかし黒木ルールには弱点がある。ekken氏が指摘する黒木ルールの弱点は以下の通りである(自覚のない荒らしにとって「黒木ルール」は全く非力です:ekken)。 黒木ルールでは「匿名でも有意義な情報(批判)は認められる」のだから、あらゆる匿名批判を無視するものではないわけでして、要するに古くから伝わる「荒らしへの対応方法=相手にしない」ということだと思います。これは自分の存在を明らかにして(恥をかく場所をもって)まで他者のサイトを荒らす人がいるはずが無い、という前提があるからこそ有効な決め事です。 「荒らし」の自覚がない人は、書き込んだコメントによって自分が恥をかくなんて事

    厚顔無恥な連中を無敵ならしめないために - 我が九条
    umeten
    umeten 2007/06/12
    >「レスをしないことであなたを卑怯者扱いしたり負けを認めたと思う人は、「おまえの母ちゃんでべそ」発言をした人以外には恐らくほとんどいない」という指摘は非常に有益
  • 珍しいことではない - 我が九条

    伊吹文明文部科学大臣「大和民族がずっと日の国を統治してきたのは歴史的に間違いのない事実。極めて同質的な国」(2007年) 麻生太郎総務大臣「一文化、一文明、一民族、一言語の国は日のほかにはない」「今は(世界各地で)人種、地域、宗教でいろんな争いが起きている。日は一国家、一文明、一文化圏で、そういう国はあまりない」(2005年) 鈴木宗男衆議院議員「(日は)一国家、一言語、一民族といっていい。北海道にはアイヌ民族がおりますが、今はまったく同化されておりますから。」(2001年) 平沼赳夫衆議院議員「小さな国土に、一億2600万人のレベルの高い単一民族できちんとしまっている国。日が世界に冠たるもの」(2001年) 中川義男参議院議員「(日は)小さな国土に、1億2千6百万人のレベルの高い単一民族でぴちっと詰まっている」(2001年) 山崎拓元副総裁「一民族、一国家、一言語の日の国の

    珍しいことではない - 我が九条
  • 間違っている論理展開 - 我が九条

    間違っている論理展開によって人びとは容易にだまされる。ここでは具体例を挙げて間違っている論理展開について考えたい。人をだます時には論理展開の約束事を破って己が望む解を導き出す。そしてそれは一見論理的であるだけに容易にだまされてしまう。この稿をそうするに当たっては以下のエントリを参照した。「間違っている論理展開」と「わら人形論法」に耐性の無い人々 - 模型とかキャラ弁とか歴史とか。非常に勉強になったので私自身のメモのために自分流に事例を置き換えて考察したい。 まずは間違っている帰納的論理展開。帰納的に論理を展開し、解を導き出すには「適切な事例の選択」が必要である。以下は恣意的な事例選択により、間違った解を導き出した例。 うらやましいほど優雅に生きた平安貴族も、じつは短命でした。貴族の代表である歴代天皇の寿命を見てみると、平安前期には54歳だったのものが、中期には44歳、後期には33歳とじつに

    間違っている論理展開 - 我が九条
  • 非正規雇用 - 我が九条

    非正規雇用者の問題は大学教員に限らず、現在の格差社会問題の根幹をなしている。格差社会論批判としてよくあるのが、現在の低所得者もパソコンを持ち、それなりに生活していけている、という議論だ。しかし問題となっているのは、非正規雇用の拡大による将来への不安と数字上における貧困層の増加である。 現在大学では非正規雇用の教員がかなりを占める。特に文学部史学科というあまり実学的でない学問の置かれた現状は厳しい。現在語学教師くらいしか雇用の道筋は描けない。留学生に日語を教えるのである。しかし語学教師自体が非常に雇用は不安定である。需要に波があるため、非正規雇用者を多く雇用することで、人数の調整を行おうというのである。さらにその年限を限定することで需給関係を調整している。さらに現在某大学では人材派遣業の会社を作り、そこから派遣する、という形態をとろうとしている。現在大学の語学担当常勤講師はおおむね年収60

    非正規雇用 - 我が九条
    umeten
    umeten 2006/07/31
    非正規雇用者の増加が雇用の不安定につながると同時に、正規雇用者の負担を増大させ、結果として崩壊に向かっている
  • 塾講師のつぶやき: [国語受験術]国語の特性

    石原千秋氏は『国語教科書の思想』(ちくま新書)の中で次のように述べる。 国語はすべての教科の基礎になるような読解力を身に付ける教科だとか、豊かな感性を育む教科だとか、そんな風に考えている人がいるとしたら、それは「誤解」である。現在の国語という教科の目的は、広い意味での道徳教育なのである。したがって国語ができるということは道徳が身に付いているということを意味し、読解力が身に付いたということは道徳的な枠組みから読む技術が身に付いたということを意味するのだ。 国語で点を取らせるには、そういうことを徹底させる必要がある。国語における「正解」とは、学校教育で「道徳的」とされることに沿った解答のことなのだ。 対策として二通りのアプローチがあるだろう。一つは学校教育で「道徳的」とされる考え方を完璧に身に付けさせるやり方だ。骨の髄まで「道徳」を身に付ければ、苦労なく「正解」にたどり着ける。その前提としての

    塾講師のつぶやき: [国語受験術]国語の特性
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