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古楽に関するushiwatatのブックマーク (67)

  • Concerto Palatino

  • ヴェネツィア楽派とガブリエリの音楽: 音楽史探訪

    ヴェネツィアではイタリアの音楽復興のため、フランドルからアドリアン・ヴィラールト(1480~1562)が聖マルコ教会の楽長として招聘されて以来、アンドレア・ガブリエリ(Andrea Gabrieli 1510?~1586)らの、ヴェネツィア楽派と呼ばれる優れた音楽家群を輩出していました。 特に、アンドレア・ガブリエリの甥にあたるジョバンニ・ガブリエリ(Giovanni Gabrieli 1557~1612)は、初めて楽譜に強弱記号が書かれ、また演奏すべき楽器の指定がされた最初の曲である<ピアノとフォルテのソナタ>の作曲者として知られています。 ジョバンニ・ガブリエリの曲では、音量大小の対比、声楽と器楽の対比、小合奏と大合奏の対比といった様々な対比効果、二重合唱によるステレオ的な効果などを用いたダイナミックな表現が、ふんだんに盛り込まれています。ガブリエリがこのような音楽を創り出したのには、

  • ポール・オデットインタビュー | The Lute Society of Japan

    きき手:エドワード・ダーブロウ訳:渡辺広孝 (会報8号掲載:インタビューは2003年11月にEメールですべての質問を一括して送る形式で行なわれた。そのため内容が重複していたり、回答を見出せない部分もあるが、そのまま訳出してある。文中、訳者が補った言葉はブラケット[……]で囲み、敬称は略した。同インタビュー英語版は、アメリカリュート協会会報の2004 年9 月号に掲載されている。) 実は私、1973 年か74 年のマリン大学でのコンサートで弾かれた後に、あなたに話し掛ける機会があったのです。コンサートのレポートを提出する課題が出ていたのですが、私はレポートに、あなたがきっとリュートという楽器を有名にするに違いない、と書きました。あのときのコンサートのことを、今でも覚えていらっしゃいますか? 「そのコンサートのことだったら、良く覚えています。あれは74年ですね。バーゼル留学中だったのですが、

    ポール・オデットインタビュー | The Lute Society of Japan
  • 趣味的偏屈アート雑誌風同人誌

    趣味的偏屈アート雑誌風同人誌とは、 3人の筆者が書く同人誌ブログです。 音楽映画、文学に美術、政治・社会・教育、旅や散歩、発見や修理まで、 面白いこと気になることをなんでも、思いつくままに…。 (画像のリサイズのついでに、少し加筆:2月1日) ウィリアム・バード(William Byrd: 1543?~1623)の名前を知ったのは、しばしば天才・鬼才と称されるグレン・グールドというピアニストの演奏を通してだった。若者の知的内面世界が爆発的に拡大する「学生時代」のことだ。生物的には第二次性徴と言われる時期が「二回目の誕生」なのかもしれないが、そして確かにその時期に経験する主に性的な出来事は誰の個人史にとっても相当に大きな意味を持つのだろうけれども、自分の個人史の中では学生時代という「モラトリアム」こそが最も重要な意味を持っていたように思う。実に多くのことを知って、世界は高校時代と比較になら

    趣味的偏屈アート雑誌風同人誌
  • シリーズ【大指揮者列伝】音楽の革命家ニコラウス・アーノンクールの偉業を讃えて - エンターテイメント日誌 

    2016年3月5日に指揮者のニコラウス・アーノンクールが亡くなった。享年86歳だった。彼が引退を表明したのは昨年12月5日。直筆で「聴衆のみなさまへ。私の身体の力が及ばないため、今後の計画を断念いたします」「舞台に立つ私たちと会場のお客様の間には特別の深い関係が生まれました。私たちは共に幸せな発見をして来ました」とメッセージが綴られていた。それから丁度3ヶ月。僕は宮﨑駿(脚・監督)映画「風立ちぬ」のヒロイン・菜穂子のことを想い出した。菜穂子は自分の死期が近いと悟ると堀越二郎の元を離れ、サナトリウム(富士見高原療養所@長野県)にひとりで戻り、ひっそりと息を引き取る。真に美しい最後であった。 アーノンクールってどんな人?と尋ねられたとしよう。一言で言うなら「古楽器演奏のパイオニアのひとり」であり、「モダン・オーケストラによるピリオド・アプローチ(ピリオド奏法)の創始者」である。彼はクラシック

    シリーズ【大指揮者列伝】音楽の革命家ニコラウス・アーノンクールの偉業を讃えて - エンターテイメント日誌 
  • エール・ド・クール - Wikipedia

    エール・ド・クール(仏語:Air de cour)は、1570年代から1650年まで、すなわちルネサンス音楽の末期から初期バロック音楽にかけてフランスの上流階級に人気のあった、世俗歌曲の一ジャンル。ルイ13世の治世にあたる1610年ごろから1635年ぐらいまでがこの楽種の頂点であった。 「エール・ド・クール」という語が初めて使われたのは、1571年に出版されたアドリアン・ル・ロワの『リュート伴奏つきの宮廷歌曲集( Airs de cour miz sur le luth )』においてである。リュートに伴奏された独唱曲という演奏形態の例は、16世紀末までに現れたもので、それ以前は四重唱や五重唱が一般的で、時どき伴奏が付くこともあった(あるいは器楽伴奏は選択可能なものでよかった)。17世紀半ばまでに、たいていのエール・ド・クールが再び伴奏付き独唱曲の体裁をとるようになった。 音楽的に言うとエー

  • http://tao.jp.org/report/pg162.html

  • File:Bourrée d'Auvergne.jpg - Wikimedia Commons

  • (10)パガニーニハ:24の奇想曲 作品1 | クラシック音楽への第一歩

    ヴァイオリンという楽器をたどっていけば絶対に外すことの出来ない作曲家、それがパガニーニです。 ただし、クラシック音楽歴史においてパガニーニの評価はそれほど高くないように見えます。とりわけ、精神性が優先されるこの国においては、名人芸だけの、中味が何もない音楽を書いた人という見方がまかり通っています。 例えば、彼の代表作の一つであるヴァイオリン協奏曲に対して、音楽之友社発行の「名曲解説全集」では「難しい技巧を十分に使った華やかな巨匠的協奏曲」であり、「いたるところに歌うような美しい旋律を見せている」としながらも「ただそれだけのことで、深みもなければ、新鮮な和声もなく、形式は単純である。(門馬直美氏)」と一刀両断されています。 精神性が優先されるこの国では、「高い精神性を持った崇高な音楽」であるクラシック音楽というものは、聞いていても何が面白いのか分からないよう時間をひたすら我慢して、それ

  • SpinNet : Notice of Service Termination

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  • ジョン・ブル (作曲家) - Wikipedia

    ジョン・ブル(John Bull, 1562年または1563年 - 1628年3月12日)は、16世紀末~17世紀初頭のイングランドの作曲家でオルガン建造家。卓越した鍵盤楽器の演奏家として知られた。 生涯[編集] おそらくウェールズの出身。1573年にヘレフォード大聖堂の聖歌隊に加わり、翌年からロンドンの王室礼拝堂の少年聖歌隊員となる。同地でウィリアム・ブリズマンやウィリアム・ハンニスに師事。また、この頃から鍵盤楽器の演奏を学び始める。 1586年にオックスフォード大学より学位を取得し、王室礼拝堂のジェントルマンに任命される。1591年には王室礼拝堂オルガニストに就任した。翌年にオックスフォード大学より博士号を取得、1596年にはエリザベス1世のお墨付きでグレシャム・カレッジの音楽科教授に着任する。同女王の死後は、ジェイムズ1世に仕官。この間に独力で、卓越した作曲家や鍵盤楽器奏者(とりわけ

    ジョン・ブル (作曲家) - Wikipedia
  • 【聴き比べ】モンテヴェルディ/聖母マリアの夕べの祈り | mixiユーザー(id:6540144)の日記

    モンテヴェルディ/聖母マリアの夕べの祈り(晩課)聴き比べです。 クリスマス鑑賞会に向けて、音盤選定と抜粋作業のため聴いていたら、こんなことになりました つい最近モーツァルトのピアノ協奏曲の聴き比べをやったばかりだったのに。聴き比べの楽しさに目覚めちゃったんでしょうか。 モーツァルトのときは推薦盤を挙げるだけでしたが、今回はもう少し踏み込んだ内容になりました。ここまでやって公開しないままというのももったいない気がするので、誰が読むんだと思いつつ、日記で公開させていただきます。色々調べたけど、この曲についてはこうした聴き比べ記事みたいなのはネット上にも少なく、もしかしたら貴重な記事になったりして。(笑) はじめに簡単な曲目解説。 後期ルネサンス〜初期バロックにかけて活躍したモンテヴェルディ(1567-1642)の代表作で、カトリックにおける夕刻の祈りの儀式(晩課)のために作曲された音楽。バッハ

    【聴き比べ】モンテヴェルディ/聖母マリアの夕べの祈り | mixiユーザー(id:6540144)の日記
  • モンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」事前解説

  • モンテヴェルディ:《聖母マリアの夕べの祈り》楽曲解説

    モンテヴェルディが生まれた時代は、フランドル派の音楽理念がヨーロッパ中に相変わらず広く行渡り、厳格な対位法に基づく、パレストリーナ風の合唱様式が主流であった。事実モンテヴェルディの初期の作品はこの様式に沿ったもので、《サクレ・カンティウンクレ》などはその好例である。 一方で、この時代には新しい音楽的な芽吹きとして、フィレンツェのカメラータを中心とした、歌詞の鋭い表現を目指した音楽の試みが現れ始めていた。 モンテヴェルディも徐々にこの新しい流れにのった作品を作り始め、1605年出版の《マドリガーレ集第5巻》などでは、それまでも古い様式から脱却を試みている。 この新しい音楽の思想は、”言葉は音楽之召使ではなく、音楽の主人である”という考えに基づいて、簡素な通奏低音に支えられた朗唱風の旋律が特徴であった。 モンテヴェルディはこの2つの潮流を前者の古い様式を「第一の手法」と呼び、後者の新し

  • 聖母マリアの夕べの祈りの解説

    曲目、作曲家などの紹介ページ 第13回公演、第17回公演(参考解説) C.モンテヴェルディ 「聖母マリアの夕べの祈り」 【解説:ラ・ヴォーチェ・オルフィカ 杉村 泉】 1 モンテヴェルディと聖母マリアの夕べの祈り 1567年に北イタリアのクレモナに生まれたクラウディオ・モンテヴェルディは,同地でマルカントニオ・インジェニエーリに作曲を学んだ後,1590年からマントヴァのヴィンチェンツォ・ゴンザーガに仕えるようになる。マントヴァ時代には,《マドリガーレ集》第3巻〜第5巻を発表するなど,活発な作曲活動を行っていたが,彼が確固たる名声を得たのは意外に遅く,マントヴァ時代末期,1607年の《オルフェオ》初演後のことであった。《聖母マリアの夕べの祈り》が作曲されたのは,おそらくその翌年の1608年から1610年の間であると推測される。 1610年9月,《聖母マリアの夕べの祈り》は,《“イン・イッ

    ushiwatat
    ushiwatat 2015/07/16
    |標準ピッチが半音高かったとすれば,サクバットもA管またはD管という当時のスタンダードな調子として説明がつく。実際に現代の金管楽器の多くがB管であることの由来はトロンボーンにあるが,それが400年も昔のピッチ
  • 佐藤豊彦氏 リュート・ソロCD | CHOKA

    「名器「グライフ」によるバッハとヴァイスの音楽」 2014年4月録音 2015年4月10日発売  HMV特集ページ 【レーベル・型番】 Nostalgia Nostalgia-1401 CARPE DIEM CD-16305 【使用楽器】 ラウレンティス・グライフ1611年製作オリジナル11コース・バロック・リュート(総ガット弦) 【収録曲】 S.L.ヴァイス:シャコンヌ ミ♭長調(Es-Dur) J.S.バッハ(佐藤豊彦編):チェロ組曲第1番ド長調 BWV.1007(C-Dur) S.L.ヴァイス:シャコンヌ ラ長調(A-Dur) J.S.バッハ(佐藤豊彦編):チェロ組曲第3番ソ長調(G-Dur) S.L.ヴァイス:シャコンヌ ソ短調(g-moll) S.L.Weiss: Ciacona E flat Major J.S. Bach: BWV 1007 Suite C M

    佐藤豊彦氏 リュート・ソロCD | CHOKA
  • (5)バッハ:ゴルドベルグ変奏曲 BWV988 | クラシック音楽への第一歩

    ベートーベンからショパン、そしてリスト、ドビュッシー、プロコフィエフと辿ってきて、いきなりどうしてバッハなんだ、と思われるでしょう。 でも、この順番は決してイレギュラーではないのです。 良い音楽だけを演奏するピアニスト 生物学は、生き物は常に新しい道を模索するということを教えてくれます。 可能性が模索されつくし行き止まりにあるかのように見えても、その行き止まりと思えた地点から、生き物は必ず思いもよらなかった新しい道を探し出します。 ピアニストも一種の生き物である以上、その行き止まりと思えたところから新しい道を模索し、そして新しい道を探し出しました。 それが、「良い音楽」だけを選び出して演奏するピアニスト、「良い音楽」だけでプログラムを組むピアニストの登場です。 リストの項でも述べたように、ピアニストは演奏家であると同時に作曲家であり、彼らは基的に自分が演奏するために音楽を書きました

    (5)バッハ:ゴルドベルグ変奏曲 BWV988 | クラシック音楽への第一歩
  • 『アレグリ「ミゼレーレ」』

    久しぶりに音楽の記事です。 古楽、クラシックです。 アレグリの「ミゼレーレ」 ご存知の方は聴いたことがおありと思います。 おそらくは、イギリスの混声の声楽アンサンブル、 タリス・スコラーズの演唱が、もっとも日人には馴染み深いのではないでしょうか。 グレゴリオ・アレグリ(アッレーグリ) Gregorio Allegri は、17世紀初頭に活躍した、ローマ楽派の音楽家です。 彼は、16世紀イタリア最大の音楽家、パレストリーナの弟子であるナニーノの弟子にあたります。 教皇庁礼拝堂、すなわちシスティーナ礼拝堂で歌手として活躍しました。 「ミゼレーレ」は、 旧約聖書の詩篇第51篇(カトリックの伝統的な聖書の数え方では50篇)「神よ、私を憐れみたまえ」に作曲されています。 この詩篇は、家臣ウリヤのバテシバに欲情したダヴィデ王が強行な手段により人を我がものとしたのを、預言者ナタンに諌言され、神に自

    『アレグリ「ミゼレーレ」』
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  • 通奏低音弾きの言葉では… – アルテス電子版

    音楽用語のなかでも、“わかったようなわからないような言葉”の筆頭といえば、「通奏低音」。2種類の鍵盤楽器──チェンバロとオルガンのあいだに挟まれて、チェリストはなにを考えて演奏しているのでしょうか。バロック音楽を中心にチェリスト、指揮者として旺盛な活動を展開する鈴木秀美さんが、「通奏低音弾き」の立場から、音楽に新しい視点をあたえてくれる連載です。 →この連載がになりました! 鈴木秀美『通奏低音弾きの言葉では、』 神戸生まれ。チェロを井上頼豊、アンナー・ビルスマに師事。18世紀オーケストラに在籍。ラ・プティット・バンド、バッハ・コレギウム・ジャパンの首席チェロ奏者を務める。2001年にオーケストラ・リベラ・クラシカを結成。ハイドンをはじめ古典派を中心とする演奏活動を展開している。第37回サントリー音楽賞、第10回斎藤秀雄メモリアル基金賞受賞。山形交響楽団首席客演指揮者。著書に『「古楽器」よ

    通奏低音弾きの言葉では… – アルテス電子版