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*interviewとwebに関するwebmarksjpのブックマーク (11)

  • 「サービスは半日で完成させる」—— SETAKE・たつをさん

    「有名人身長推定サイト SETAKE」「EREK」などのサービスを作ったたつをさんはドメイン取得からサービスリリースまでは半日でこなすという。飲み会で生まれたアイデアをもとにサービスを開発することもあるため、ペンはどこにでも持ち歩く工夫をしている。 「ひとりで作るネットサービス」第11回目は、Web APIを活用して次々と小粋なサービスを開発するたつをさん(35)にお話をうかがった。「ドメイン登録からサービスリリースまで半日が目安」と言い切る彼は、どのように企画・開発・運用を行っているのか。その秘訣に迫った。 飲み会の会話から「有名人身長推定サイト」が生まれた 「作ったものはたくさんの人に使ってもらいたいですよ。エンジニアですから」と話すたつをさん。彼が作るサービスはWeb APIを使ったシンプルなものが多い。ちょっとしたアイデアが、情報の見せ方を工夫することで“意外と便利”なサービスにな

    「サービスは半日で完成させる」—— SETAKE・たつをさん
  • 「日本はWeb 2.0を飛び越すかも」--ティム・オライリー、伊藤穣一と語る:モバイルチャンネル - CNET Japan

    初開催となる「Web 2.0 Expo」が11月15日、東京都内で開幕した。ウェブの最新技術と、それ可能にした新しいビジネスについて語られるカンファレンスは、Web 2.0提唱者として知られるO'Reilly Media 創業者でCEOのTIm O'Reilly氏とネオテニー代表取締役社長の伊藤穣一氏の対話セッションでスタートした。 まず、O'Reilly氏が1人で登壇。Web 2.0の定義を振り返ったうえで、「Web 2.0は、その形態はもちろん、ビジネスモデルも、どれだけ多くの人を巻き込んでいるかという点でも、まだ発展途上にある」と付け加え、伊藤氏を壇上に招いた。 日でのWeb 2.0の広まりについて、伊藤氏は「日もWeb 2.0のトレンドに向かって動いているが動きは遅い」という見解を述べた。 変化が起きにくい背景として、日ではベンチャービジネスの展開が難しいこと、国内市場規

    「日本はWeb 2.0を飛び越すかも」--ティム・オライリー、伊藤穣一と語る:モバイルチャンネル - CNET Japan
  • ひとりで作るネットサービス:【番外編】「高校生がもっと出てきてほしい」――「ねみんぐ!」を作った現役高校生3人組からのエール (1/3) - ITmedia Biz.ID

    【番外編】「高校生がもっと出てきてほしい」――「ねみんぐ!」を作った現役高校生3人組からのエール:ひとりで作るネットサービス(1/3 ページ) 「ねみんぐ!」というネットサービスを作ったのはなんと現役の高校生。熊在住の草野さん、東京在住の安野さん、三重在住の倉世古さんが勉強の合間に作り上げた。“現役高校生”しながら「ねみんぐ!」を作り出した経緯についてアツく語ってくれた。 「ひとりでつくるネットサービス」第22回は番外編として、現役高校生3人がつくっている「ねみんぐ!」を取り上げる。「ねみんぐ!」は画像をアップロードするとユニークな名前を付けてくれるというサービスだ。プログラミングコンテストで出会った、遠隔地に住む3人。彼らがネットサービスを作り上げるに至った経緯はどういったものだったろうか。 3の糸を結ぶ、運命のスピーチ 「国民全員にプログラミングの楽しさを知ってもらいたいと思ってい

    ひとりで作るネットサービス:【番外編】「高校生がもっと出てきてほしい」――「ねみんぐ!」を作った現役高校生3人組からのエール (1/3) - ITmedia Biz.ID
  • ドワンゴ開発者が語る「ニコニコ動画」の中身 ― @IT

    2007/11/01 ニワンゴが運営する「ニコニコ動画」の評判がうなぎのぼりだ。動画の再生に合わせてコメントを表示するスタイルが受けて、アクセスが急上昇。日発のサービスとして世界での活躍を期待する声も増えてきた。都内で11月1日に開催されたアドビ システムズのイベント「Adobe MAX Japan 2007」で講演したニコニコ動画の開発元、ドワンゴの研究開発技術支援セクションの戀塚(こいずか)昭彦氏は「それなりに工夫しています」と話す。 「ニコニコ動画のメインコンテンツはコメント」と戀塚氏は語る。動画に興味を持ったユーザーがコメントを登録し、そのコメントに刺激を受けた別のユーザーがまたコメントを投稿という形で、遊び心に満ちたコンテンツが出来上がっていく。戀塚氏は「各ユーザーができる形で少しずつ参加し、その結果を全員が享受できる」と説明した。 戀塚氏はコメントを管理するメッセージン

  • 「日本へのメッセージ――グーグル、若者、メディア、ベンチャー精神について」梅田望夫(後編)(1)

    コンテンツブロックが有効であることを検知しました。 このサイトを利用するには、コンテンツブロック機能(広告ブロック機能を持つ拡張機能等)を無効にしてページを再読み込みしてください。 なお、Microsoft Edgeをご利用のお客様はプライバシー設定が影響している可能性があるため「追跡防止を有効にする」の設定を「バランス(推奨)」にしてご利用をお願いいたします。詳細は下記のFAQページをご参照ください。 https://help.toyokeizai.net/hc/ja/articles/33846290888345 ✕

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  • なぜmixiはこれほど成功したのか--笠原社長が明かす開発秘話

    9月14日、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)のmixiを手がけるミクシィが東証マザーズに上場し、インターネット上のみならず、テレビや新聞など各メディアで大きく報道され、話題となった。 サービス開始からわずか2年半で会員数は500万人を超え、上場への原動力ともなったmixi。なぜこれほどまでに成功したのか、その秘けつとmixiの誕生秘話をミクシィ代表取締役社長の笠原健治氏に聞いた。 チャンスがなくなったときこそがチャンス --mixiをスタートさせる以前、イー・マーキュリーでは求人サイトのFind Job!やプレスリリース配信代行サービスの@Press(2005年9月にネットエイジキャピタルパートナーズへ譲渡)といった企業向けのBtoBサービスを行っていましたが、なぜコンシューマー向けのサービスであるmixiを始めることになったのですか? 2003年の夏に、会社としてより成長を目

    なぜmixiはこれほど成功したのか--笠原社長が明かす開発秘話
  • ティム・オライリーとTwitter創業者が振り返る「失敗」つづきの道のり

    1999年、Williams氏は創業したてのPyra社に加わる。ブログブームの火付け役となった初のレンタルブログサービス、Bloggerを開発したベンチャーだ。 Williams氏が、「実はPyraはBloggerを始める前に別の事業に取り組んでいた」と明かすと、O'Reilly氏は「Pyraもまずは失敗から始まった。最初の事業を進めながら、これは柱にはならないだろうと思って始めたBloggerが、あっという間に広がり、『これこそ僕らがやるべきことだ』と気がついたんだ」と補足した。 ドットコム・バブルの終焉とともに、Pyraは資金を使い果たし、社員を大幅削減したが、その後も7人体制で頑張り続けたところ、2003年、Googleに買収されることが決まった。 こうしてWilliams氏は、Pyraでの失敗を経て、Google社員となった。当時のGoogleは社員数800人で、今と比べると小さい

    ティム・オライリーとTwitter創業者が振り返る「失敗」つづきの道のり
  • 「住みたいところに住む」ためのネットサービス――やわなん・りもじろうさん

    コミュニティ型の英単語学習サイト「やわなん」を手がけるりもじろうさん。小さい頃から海外が身近な存在だったこともあり、ITを使って「住みたいところに住む」ために英語学習サイトを開発した。 コミュニティ型の英単語学習サイト「やわなん」では、Web上で簡単に単語帳を作ることができたり、友達を誘って習熟度を競うことができる。携帯やiPodでも利用が可能だ。個人が作ったとは思えない充実したサービスである。 「学生のとき、みんなで英単語をどれだけ覚えられるか競争していました。そうしているうちに、驚くほど英文がすらすら読めるようになったのです。やわなんを使えば、ネットを使ったグループ学習ができます」やわなん作者のりもじろうさんはそう話す。 また、やわなんを作った理由は「住みたいところに住める自分になりたいから」だという。 「やわなん」トップページ。やわなんは「やわらか軟骨」という近くのホルモン屋のメニュ

    「住みたいところに住む」ためのネットサービス――やわなん・りもじろうさん
  • 有馬あきこのはじめましてインターネット:ベーマガ抱えたダメっぽい女子高生――でもルーズははいていた

    ベーマガ抱えたダメっぽい女子高生――でもルーズははいていた:有馬あきこのはじめましてインターネット(1/2 ページ) ブログにmixi、ケータイ、Wiiと、もはや生活の一部になっている、インターネット。でも10数年前は、そんなこと想像もできなかったですよ。PC-9801シリーズからMacへ移行、PC-VANやニフティサーブなどのパソ通にハマり、そしてインターネットに初めて触れたのが1994年。この10数年の出来事を、ヨタ話を交えてお届けします。 ご存知の方はこんにちは。そうでない方は、はじめまして。有馬あきこといいます。まずは簡単に自己紹介。あのライブドアの前身にあたるオン・ザ・エッヂの創業をして、その前から、Webデザイン仕事をしていたので、経験としては今年で13年目くらいになる、Webデザイナーというか、Webのナンデモ屋です。今はクリアキューブという会社をやっています。 さすがに1

  • 現役エンジニアが語る、YouTube旗揚げの知られざる秘話

    最大規模のネット動画サイトとして定着した「YouTube」。2005年にサービスを開始し、2006年10月にはGoogleの傘下入りを決めた。そして2007年6月には9カ国の言語に対応するなどサービスを拡大し、利用者は増え続けている。開始からわずか2年間。これだけの影響力を持つ動画サイトに成長するまで、どんな軌跡をたどってきたのか。エンジニアリングマネージャーのスグ・マラン氏と、YouTubeの黎明期からエンジニアとして籍を置いているマット・リッツォ氏に聞いた。 ●YouTubeのサービスはどんな形で生まれたのでしょうか。 リッツォ氏(以下R氏):元々、スティーブとチャド(YouTube創業者のスティーブ・チェンCTOとチャド・ハーレーCEO)と僕ら(リッツォ氏とマラン氏)は、オンライン決済サービスを手がけている米PayPalの社員でした。スティーブとチャドが独自のサービスを始めたのは20

    現役エンジニアが語る、YouTube旗揚げの知られざる秘話
  • Google様に、勝てるとしたら?:日経ビジネスオンライン

    (前回から読む) (この座談会の模様は「ほぼ日」でも紹介されています。リンクはこちら) ―― ネットは今、Googleモデル的なビジネスモデルで回っている。その先があるのか、もうそれ以外は絶対にないのか。 糸井重里(糸井) 分からないというのが当に正直なところだと思うんですけど、これはレイヤーの問題だと思うんですよ。 現実に道を歩いているときに、自分の肉体だとか、街の様子だとか、あるいはレストランの繁盛だとか、芝居小屋の人の出入りだとか、そういうのを見ていると、どこでどことつながっているかが現実に見えないんですよ。 例えば僕が土曜日の夜に「パイレーツ・オブ・カリビアン ワールズ・エンド」を、六木に見に行くと、お客さんが見事にいっぱいなんです。つまり300~400人はいる。あの“愉快なだけの海賊映画”を観るために、席がたーっと埋まっていく。 映画の中にある整合性のなさ、それを見に来るお客

    Google様に、勝てるとしたら?:日経ビジネスオンライン
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