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ブックマーク / yaneurao.hatenadiary.com (5)

  • 古くて新しい自動迷路生成アルゴリズム - やねうらおブログ(移転しました)

    最近、ゲーム界隈ではプロシージャルテクスチャー生成だとか、プロシージャルマップ生成だとか、手続き的にゲーム上で必要なデータを生成してしまおうというのが流行りであるが、その起源はどこにあるのだろうか。 メガデモでは初期のころから少ないデータでなるべくど派手な演出をするためにプロシージャルな生成は活用されてきたが、ゲームの世界でプロシージャル生成が初めて導入されたのは、もしかするとドルアーガの塔(1984年/ナムコ)の迷路の自動生成かも知れない。 なぜ私が迷路のことを突然思い出したのかと言うと、最近、Twitterで「30年前、父が7年と数ヶ月の歳月をかけて描いたA1サイズの迷路を、誰かゴールさせませんか。」というツイートが話題になっていたからである。 この迷路を見て「ああ、俺様も迷路のことを書かねば!俺様しか知らない(?)自動迷路生成のことを後世に書き残さねば!」と誰も求めちゃいない使命感が

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  • ピアノの運指を自動生成するには? - やねうらおブログ(移転しました)

    一般的に言ってピアノの初見能力は訓練次第でかなりのスピードにまで向上する。一つの音符を1つの文字だと考えてみると想像しやすい。文字を読む速度は子供のころは遅いが、大人になるころには1分間に1000文字ぐらい読めるようになっているはずで、ピアノを10年か20年ぐらいやっていれば、1分間に1000音符ぐらい読めるようになっていても不思議ではない。 しかし、どれほど初見能力があってもミスタッチなしに正確に演奏できるか、そして、リアルタイムに運指を導き出せるかと言うと話は別である。 例えば、フランツ・リストは「どんな難曲でも初見で弾ける」と豪語していたが、ショパンのエチュードに至っては初見では弾けなかったと言われている。私が思うに、ショパンのエチュードは運指がすこぶる嫌らしいのだ。 知らない人のために説明すると「運指」というのはどの音符をどの指で押すのかということなのだが、運指は無数に考えられ、数

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  • ゼビウスに関する音楽的考察 - やねうらおブログ(移転しました)

    「スペースインベーダー」(1979年/タイトー)が発売されて以来、他のゲームメーカーがこぞってシューティングゲームを製作した。そのなかの代表作品としては「ゼビウス」(1983年/ナムコ)が真っ先に挙げられると思う。 「スペースインベーダー」の翌年に発売された「ギャクシアン」(1979年/ナムコ)ではなく、「ゼビウス」をここでまず第一に挙げるのは、「ゼビウス」の売上が「スペースインベーダー」に次ぐ売上を記録したという理由である。 要するに「ゼビウス」は間違いなく大ヒット作であり、ゲーム性のみならず音楽性も高く、当時の時代背景を色濃く反映したものになっているのではないかということで、「ゼビウス」に関して少し音楽的な考察をしてみたいと思う。 まず「スペースインベーダー」のほうのBGMだが、たぶん、次のようなベースラインになっている。 ※ 私の耳コピなので間違っているかも知れません。 シ♭→ラ→ソ

    xef
    xef 2013/01/06
  • ゲームROMの吸出しの歴史 - やねうらおブログ(移転しました)

    ゲーム史はインベーダーゲームを嚆矢とする。インベーダーゲームゲームセンターから消えて10年ぐらい経ったのちも、中学校の校則には「インベーダーゲーム店への入店を禁ずる」とか書かれていたケースも少なくはない。それほどインベーダーゲームの影響は絶大だった。 「インベーダーゲーム」とはタイトーが1978年に出した「スペースインベーダー」とこの類似ゲームおよびクローン(模倣品)に対する総称である。タイトーがスペースインベーダーを発表すると同時に一大ムーブメントが巻き起こり、各社一斉にシューティングゲームを作りはじめた。 例えばナムコ(現ナムコバンダイ)は翌年(1979年)にギャラクシアンを発表し、その2年後(1981年)にギャラガ、1984年にギャプラスを発表している。 このころの著名な作品のROMを吸出し競合他社がリバースアセンブルして研究するのは普通であった。 えー、要出典? うーん。そ

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    xef 2013/01/06
  • 多次元メモリ空間プログラミング - やねうらおブログ(移転しました)

    新年会で酒を飲み過ぎて頭が痛くて眠れないので、新年の挨拶代わりにプログラミングの話でも適当に書き散らしておく。 以前、私の知り合いのラノベ作家である土屋つかささんが、「プログラミングのソースコードって当に1次元(plain text)でいいんですかね?」みたいなことを言っていた。 例えば、フローチャートは普通、二次元上に表現する。条件分岐(菱形の図形)が何箇所もあるようなフローチャートを描く場合、来のソースコードよりも流れが見やすいということは多々ある。それは何故だろうか? 「条件が成立したらソースコードのXXX行目に移動する」というような1次元的な移動より、「条件が成立したら下に移動、成立しなかったら右に移動する」というような2次元的な移動のほうが可視化する上ではわかりやすいというのがあるのではないかと私は思う。 こう考えると、ソースコードは最終的に直列化(1次元化)するにせよ、頭の

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    xef 2013/01/02
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